第14話 石の生涯
目を開けたリリアの眉間に皺が寄る。
今のは、何?
ぞわりと悪意が背を駆け上がった。
カルマは隠している。本心を!
やっぱり、彼は浄化しなきゃいけなかったんだわ。私のミス。
慌てて石に手を翳す。
「リリア?」
不思議そうなレギウスの声。
答える時間も惜しくて、リリアは必死でヘリオスタイトへ意識を集中させていく。
だが、何度やっても跳ね返される。そのガードは固かった。
「リリア!」
「レギウス、どうしよう! 私のミスだわ。彼はクレアを助けようとして言ったわけでは無かったの。レイク公爵を狙っていたのよ」
「リリア、落ち着いて」
焦りまくるリリアを落ち着けようと、レギウスが何度も呼び掛ける。
「リリア、リリア!」
「レイク公爵が危ないわ。あの石を渡してはダメよ」
「だったら、クレアはどうなるんだ?」
「え……」
リリアの瞳が初めてレギウスを捉えた。
「クレアは……」
「クレアを助ける方法が、他にある?」
「それは……無い。思いつかない」
「だったら、彼に頼るしかない」
冷静なレギウスの眼差しに、リリアはようやく気付いた。
レギウスはカルマの本音をわかっていたんだわ!
わかっていて、敢えて私に彼に尋ねさせた。そして選ばせた―――
リリアは酷く傷ついた。
目の前に立つレギウスが、急に全然知らない人のように見えてくる。
一途で無邪気で情に篤くて……そんなリリアの知るレギウスの姿が、ガラガラと崩れ去ってしまった。レギウスの声が遠くに感じる。
「時には悪を持って悪を征するしかない時もある」
「でも、それがいいと言う訳では無いわ」
「そんなことはわかっている。でもリリア、他に方法はある?」
「……無い……わ」
がっくりと肩を落としたリリア。その肩を抱き寄せるか否か、逡巡しているレギウス。結局伸ばした手を下へ降ろした。
「リリア。納得がいかないのも分る。本当はカルマを浄化して、悪意の無いヘリオスタイトにすることが必要なことも。でも……もう少し、カルマを信用してあげてもいいんじゃないかな?」
「!」
リリアが顔を上げた。
「カルマ、言っていたよね。石の力は持ち主の心の隙に付け込むだけだって。だから、持ち主の心がしっかりしていたら、彼は幸運と富をもたらすヘリオスタイトの力を存分に発揮してくれるんだよ。ルークの時のように。だから、レイク公爵の心が善なら、彼は何もしないよ。それは信じてもいいんじゃないかな」
「確かに……そうよね。きっと、彼なら」
ようやく安堵の光を宿したリリアを見て、レギウスも肩の力を抜いた。
「……ごめん。リリアの信頼を裏切って。でも、これしか解決の方法は無いと思ったんだ」
いたたまれない気持ちになって、レギウスは背を向けた。
リリアに嫌われた……
寂しげな背を見つめながら、リリアは怒りと悲しみがないまぜになった感情を、先ほどレギウスにぶつけてしまったことを後悔し始めた。
カルマが言っていたわね。
私は守られているって。悪意に晒されることもなく、大切にされているって。
それはきっと、レギウスが陰で引き受けてくれているからに違いないわ。
私が傷つかないように。人を真っ直ぐに信じられるように。
この世は白黒はっきりしているわけでは無い。善意も悪意も、立場を変えればひっくり返る。
だから、曖昧さを飲み込んで生きて行かなきゃいけない時もある。
そんな悩みを持たずに済むくらい、私はレギウスに守られていたのね。
私が真っ直ぐな正義感を持ち続けられるように、浄化の光を絶やさずに済むように。
レギウスが支えてくれている―――
感謝の心が沸き上がってきた。
「レギウス。私のほうこそ、ごめんね。それから……」
レギウスの背をぎゅっと抱きしめる。
「いつもありがとう」
小刻みに揺れる背。
「これからもよろしくね。私はレギウスがいないとダメだから」
コクリと頷く振動が伝わって来た。
力を緩めてレギウスの向きを変えようとして、未だ赤い糸を外していなかったことに気づく。リリアは小指を上げるとニコリと微笑んだ。
「ね、私たちは運命の糸で繋がっているのよ」
なんとか笑顔を取り戻したレギウスの胸に飛び込んだ。
これからは、私も陰を引き受けよう。
ううん。陰を飲み込んでも輝けるくらい、大らかで温かな光になろう!
戻ってきたクレアとテオに、リリアはカルマからの提案を伝えた。
二人は真剣な顔で頷くと、ヘリオスタイトと共に帰って行った。
再び二人が手を携えてやってきたのは、それからしばらくたってのこと。
クレアは兄のルークと話し合って、互いの思いを伝え合うことができたことを喜んでいた。レイク公爵との交渉も上手くいって、ヘリオスタイトの石が授けてくれた幸運を心の底から喜んでいた。
その様子を見ながら、リリアはカルマを思った。
捻くれた彼は、きっとルーク一家のことなんかなんとも思っていないと言い張るに違いない。
でも、こんな風に感謝されていることを知ったら、やっぱり嬉しいだろうな。
そして、きっと……彼らと離れたことを寂しいと思っているはず。
これからのカルマの石としての生涯が、少しでも温かさに恵まれることを願わずにはいられなかった。
レイク公爵が心神喪失によって自らの胸に剣を突き立てたのは、更にそれよりも後の話―――
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