第5話 セシリアの真意

 エリュテイアの主、セシリアは、婚約破棄されたばかりでなく、無実の罪で処刑されていた。その上、両親も処刑されて爵位まで剥奪されている。


 なんて酷い!

 今の王家にこんな暗い過去があったなんて……ちょっとショック!


 目の前で起ったことを消化しきれなくて、リリアは思わずレギウスに尋ねてしまう。


『ねえ、レギウス。この記憶って、やっぱり本当に起こったことなのよね?』

『うーん……』


 糸の向こうでレギウスが考えているようだ。



 その時、『あの……』と声を掛けられて、リリアは驚いて意識を振り向けた。


 え! 向こうから話しかけられたのなんて初めて。こんな石の主、今までいなかったわ。


『あの……あなたは? もしかして、ルシアさんと私を繋いでくださるためにいらしてくださったの? ああ、良かった』


 そこには朗らかな笑みを浮かべた美しいセシリアが立っていた。


 ああ、これがセシリアさんの本当の姿なんだろうな。

 とっても明るくて魅力的な女性ひと


 リリアも思わず気が緩む。


『ええ、まあ、そんな感じです』

『うふふ。私の過去をご覧になったのでしょう。自分で言うのもなんだけれど、結構酷いわよね。でも、私ルシアさんに出会えて希望が持てたの』

『どんな希望を持てたんですか?』


 違和感を感じつつもそれが何なのか言葉にならず、リリアはセシリアの答えを待つ。


『実は私、ずっと後悔していたの。あの時、もう少しだけ我慢しておとなしく屋敷へ帰っていたら、別の人生があったんじゃないかって。王妃になんかならなくたって、こんな私を心から愛してくれる殿方と出会って幸せになって、我が一族も安泰だったんじゃないかって』


『……』


『だからね、ルシアさんと出会えてとっても嬉しかったの。ああ、この子に賭けてみようって』

『何をルシアさんに賭けてみようと思っているんですか?』

『私が果たせなかった夢よ。王妃になって愛されて幸せになるって夢』


 キラキラとした瞳で話し続けるセシリアに、悪意は感じられない。リリアは、これがセシリアの願いなのかしらと思った。

 ルシアやエスクード公爵夫人の希望とは違っているかもしれないけれど、決して悪気があってやっていることでは無いようだ。


『でも、ルシアさんは大人しい方だから、王宮での生活には向かないのではとお母様のエスクード夫人は心配していらっしゃるんです』

『あら、それはもったいないことを。ルシアさんは本当はとてもしっかりした素敵な女性よ。私、もっともっと伸びる方だって期待しているの』


 確信を持ってルシアを推すセシリアに、リリアはふとレギウスを思い出した。


 セシリアと同じ思いを、リリアもレギウスに思ったことがあったから。

 

 本当は彼にもっと教育を受けさせてあげたかった。王立学院にだって、彼の頭脳があれば入れるはず。学費のいらない特待生にだってなれるはずなのに。


 でも、それを勧めた時、レギウスは泣きそうな顔で断固拒否した。


『リリアはもう、僕をいらなくなっちゃったの? 嫌だよ。僕はリリアと一緒に魔法石の鑑定を続けたいよ』


 そんなことを言われたら、切なくてそれ以上言えなくなってしまった。


『いらなくなっちゃうなんてこと、あるわけないでしょう。これからも一緒に魔法石鑑定をお願いね』 


 リリアも手放したくなかった。

 だから、そのままにしてしまったけれど、本当に彼の将来のことを思ったら強引にでも行かせるべきだったかも……


 そんなリリアを感じたようで、セシリアは満足げに頷いた。


『あなたも思い当たることありそうね。才能ある子を伸ばすことって幸せよね』



 その時、切羽詰まったようなレギウスの声が届く。


『リリア、セシリアから意識を逸らさずに、俺の話を聞いてくれるかな』

『わ、わかったわ』


 レギウスはきっと何か思いついたのね。


 リリアはニコリとセシリアに笑いかけながら、意識を分散させた。


『さっきの話の続きだけれど、フランドール公爵家のことは歴史の本で記述を見たことは無いから、実際のところはわからない。でもまあ、石の記憶だから改竄されていることは無いと思うんだけれどね。ただ、この時期は多くの貴族が、それも上級貴族が入れ替わった時期に重なっているんだ』


『それって、どういうこと?』


 驚いてリリアは先を促した。


『ヴァンドール王国が建国される前は、各地の有力者が勢力争いを繰り返していたんだ。それを憂いた王家の祖レックス・アルフォードは、統一をすれば争いがなくなると考えて、地道に有力者たちと主従関係を結んでいったんだよ。協力的な有力者とは穏便に、非協力的な有力者は武力で制圧して。そうやって中央集権体制を整えたのが今のヴァンドール王国なんだ』


『へぇ、そうだったのね』


 流石、レギウス!


『で、協力的だった有力者には貴族としての特権を与えたんだけれど、彼らは元から力があるからいつ王家が乗っ取られるかわからない。疑心暗鬼になった二代目のアルゴス王は、少しずつ粛正していったんだ。その対象にフランドール家が入っていた可能性は高いね』


『あ!』

『どうしたの?』

『だからだったのね。私、セシリアが王子に処刑を言い渡された時、アルゴス王はなぜ黙っているんだろうって不思議に思って顔を見たの。そうしたら、ニヤリって笑っていて、背筋がぞーっとしたのよ。あれは、フランドール家を陥れる口実を探していたからだったのね』


 レギウスが確信を得たように言う。


『正に、その通りなんじゃないかな。だから、セシリアは始めは自分のせいでこんな事態になったって後悔していたかもしれないけれど、後から陥れたのは王家の意志だったって気づいたはずだよ。リリアも聞いたと思うけれど、セシリアはアンリールが魅了の魔法や服従の魔法を使っているのかもって思っていただろう』


『ええ。あれはどういうこと? そんな魔法、存在しないわよね。でも、当時の貴族の人たちは使えていたってことなの?』

『そうだよ。昔は今よりも魔法が盛んで、魔法薬や呪文、魔力の研究が盛んだったんだ。それがいわゆる統治の力と直結していたから、どの有力者も熱心に研究していたんだよ。そんな魔法がいつまでも貴族の手にあったらどうなると思う?』


『……王家にとって危険』

『そう、だから当時のアルゴス王は、上級貴族を排して魔法を独り占めしようとしたんだ。生活に役立つような、癒しの魔法とか目に見える形での戦闘魔法は今も残っているけれど、魅了や服従のような、目に見えずに相手を支配するような魔法は固く禁じられて、今ではそのやり方も残っていない。多分王家の『禁書の間』以外にはね』


 レギウスの推理に、リリアは舌を巻いた。 


 やっぱりレギウスは凄いわ!


 でも……待って。

 そうすると、セシリアは相当深く王家を憎んでいるんじゃないかしら。


 王子の婚約者になれるようにルシアを応援しようなんて本気なの?

 純粋に王妃になる夢を叶えたいなんて思えるの?


 もしかして……


『そう、意見が一致したね』


 レギウスが少しだけ緊張を解いたようだった。


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