第4話 エリュテイアの記憶

「経緯は頭の中に入っているわ。じゃあ、レギウス、行ってくるわね」

「気をつけて」


 レギウスの蒼の瞳に見守られながら、リリアはゆっくりと意識を魔法石に集中していく。

 紅の扉が開かれて、深く深く、時を遡り始めた。

 像を結ばないまま脇を通り過ぎていく景色。

 その多さに焦りを感じる。


 今回はずいぶんと古い記憶のようね……


 その時、リリアの目に眩いばかりの光が飛び込んできた。

 

 辿り着いた記憶の始まりの場所は、王宮のパーティー会場のようだった。

 豪華な料理や高級な酒が饗され、美しいドレスに身を包んだ淑女と、麗しい殿方が談笑し合っている。


「アルゴス王のおなりー!」


 会場内に声が響いて、喧騒が静まった。


 アルゴス王って、二百年くらい前の王じゃ無かったかしら? 


 歴史に詳しくないリリアは、レギウスに尋ねた。


『ねえ、レギウス、アルゴス王ってヴァンドール王国の始まりの頃の王の名前よね?』

『ああ、そうだね』


 レギウスはとても本が好きで、国中の蔵書が集められた『知識の館』へも足繁く通うくらいの勉強家だった。そんな彼なら歴史にも詳しいはず。

 頼れる相棒にリリアはまた安心をもらう。


 アルゴス王って、こんな顔をしていたのね。

 

 ちょっとワクワクする。そんな気持ちは歴史好きなレギウスの方がもっと大きいようで、赤い糸の温もりが一段と強くなった。


 ふふふ。レギウスも喜んでいるわ。

 あら、こんなこと思っている場合じゃ無いわね。

 石の主は……見つけた!



 恐れ多くて普段なら尊顔を眺めるのもはばかられるような存在が、今目の前を通り過ぎて玉座についた。


 会場の皆が、一斉に正式な礼をする。

 華やかな雰囲気が、一瞬で厳かな空気に変わった。


「皆の者、今日は第一王子の婚約パーティーに駆けつけてくれてありがとう。だが当初の予定と少しばかり変更点がある。それはカルロス王子の口から直接語らせる。カルロス」

「はっ!」


 カルロスと呼ばれた第一王子は、アルゴス王の前にひざまずいた後、「それでは失礼しまして」と言って立ち上がり、群衆の中の女性に優し気な視線を送った。

 

 静々と近づいた女性の手を取り、その甲に口づけてから皆を振り返る。


「私は、このアンリール・ガティネ伯爵令嬢と正式な婚約をすることになったことを、皆に宣誓する」


 拍手よりも先に、一瞬空気に緊張が走った。


「よって、セシリア・フランドール公爵令嬢!」


 微かに息をのむ音が聞こえ、次に人々の視線が一人の女性に集中する。

 

「セシリア、お前との婚約は本日この瞬間をもって破棄する。私は高慢で嫉妬深い女は好きではないし、そんな女性が未来の王妃となるのはこの国にとって良くないと思っているのだ。だから、私はふさわしい令嬢と婚約することにする」


 セシリアと呼ばれた女性こそ、このエリュテイアの主だった。


「そんな……カルロス王子、何かの間違いでございます。私はあなた様をお慕いしております。それに、誰かを悪く言ったり見下したりしたことなど、今の今まで一度もございません」


 青ざめて震える声で異議を唱えるセシリアを、冷ややかな眼差しで睨みながらカルロス王子は宣告する。


「口ではなんとでも申し開きできるだろう。だが、そなたの悪事や悪口は、私の耳に届いているのだ。無駄なあがきは止めて、自分の館へと帰れ。今ならなんの咎めだてもぜず見逃してやろう」


「……」

 

 セシリアは唇から血がでるほどに、きつく噛みしめて俯いていた。

 

 嵌められた……あの女に!

 私は小さい頃からお妃教育を受けてきた。そんな私が不用意に誰かの悪口を言ったりすることは無い。それなのに、カルロス王子は私を愛していなかっただけでなく、私を信じてもくれないのだ。なんて酷い人。


 フツフツと沸き上がる怒りに、セシリアは必死で耐えていたが、アンリールが放った言葉に遂に忍耐の緒が切れてしまった。


「セシリアさん、お疲れ様でした。これからはあなたらしく生きて行かれますわね」


「……そう言うあなたは、一生偽りのご自分を生きていかれることになるのですね。おいたわしいことだわ」


 アンリールの目が怒りに燃えた。と同時に、王子も。


 あ! 

 

 気づいた時は、時既に遅かった。


 もしかして、アンリールは魅了の魔法をカルロス王子に使っているのかしら?

 それだけじゃなく、服従の魔法まで使っているのかもしれない。


 魔力で虜にされている王子は、セシリアが投げたアンリールへの言葉を、自分への冒涜と捉えたようだ。


「もう、我慢がならない。この女を捉えよ。私と我が婚約者への呪いの言葉を吐いた者として処刑せよ!」

「な!」


 会場内に恐怖のざわめきが広がる。だが、誰一人として異を唱える者はいなかった。何よりも巻き添えを食うのを避けたかったからだろう。


 近衛兵が風のように現れて、セシリアを捉え引き立てていく。


 呆然としたセシリアは、ただひたすらに、カルロス王子が正気に戻ってくれることを願っていた。

 

 結局、セシリアは王家侮辱罪で斬首の刑に処され、その両親も爵位剥奪された後同じく処刑、一族断絶となってしまった―――



 時の狭間で空気のように揺蕩うリリアは、その一部始終を見ていた。


 リリアが鑑定を行う時、彼女は空気のような存在、意識体アストラータになって石の主の記憶を辿っていく。ただ覗き見るだけで、決して干渉することは出来ないが、石の主の気持ちはせき止める間も無く入り込んでくる。

 

 そうして、石の思念を感じることができるのだ。


 多くの場合は、救いようがないほどの怒り、悲しみ、絶望。


 それがやがて行き所を無くして魔法石になる。


 そんな思念を浄化して救うことは、簡単では無い。


 石の主が救われたいと思わなければ、難しいのだから。


 そんなリリアの様子を、レギウスは赤い糸を通じて見ることができるらしい。

 だから、リリアがわからないことは色々相談できるし、反対に石の主に取り込まれそうになったら、迷わず糸を引いて引き戻してくれる。


 正に一心同体の心強い相棒だった。


 なんと声をかけたら良いのかしら……

 

 セシリアの絶望が、リリアの心を抉ってくる。

 一刻も早く助けてあげたいと思いながらも、リリアにはまだわからないことがあった。

 

 やっぱり、歴史に詳しいレギウスに相談してみよう!




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