第44話 抱擁

「エリウス王、もう悔やむのは終わりにしてください。母は幸せだったと思います。あなた様から愛をもらい、私を得て、亡くなるその瞬間まで……魔法石になるほどの強い愛と感謝を持ち続けていられたのですから」


 レギウスはそう言って笑顔を見せた。


 エリウス王はその言葉に少しばかり安堵の表情を見せたが、『あなた様』としか呼べないレギウスに、寂しさと申し訳ない気持ちを隠し通すことができなかった。


「レギウス、一度だけで良いから、私にそなたを抱きしめる栄誉を与えてはもらえまいか?」


 意外な申し出に、レギウスの目が大きく見開かれた。逡巡の色が消えない。

 気づかわし気にユリウスに視線を向ける。


 そんなレギウスの気持ちを落ち着けるように、ユリウスは穏やかに力強く頷いたのだった。


「……御傍に……失礼いたします」


 高い背を丸めるようにして、おずおずと近づいていく。

 立ち上がったエリウス王が迷いなく歩み寄って来た。ほとんど変わらぬ背格好に、親子だとすんなり納得してしまう。


 がしりっと、レギウスの肩に手を置く。


「レギウス、もっと顔を良く見せてくれないか。お前はアムネリアにそっくりだ。銀の髪、明るくて芯のしっかりとした蒼の眼差し。ああ、会えて良かった」


 背に手を回し、優しく抱きしめた。

 

 所在なげに体の横に下ろされたままだったレギウスの両手が、おずおずと上に移動していく。抱きしめるか否か、指先が迷い続ける。

 だが、震え出した王の肩を感じて、レギウスは覚悟を決めたようだった。


「……父上」


 そう呟くと、そっとエリウスの背を抱きしめた。


 しばし互いの体温を感じ合ってから、エリウスが問うた。


「レギウス、幸せか?」


 その言葉に苦悩が滲み出ている。

 自分の理想を、アムネリアにだけでは無く、レギウスにも強いてしまったのでは無いかと言う後悔。


「父上、俺は幸せです。愛されて育ちました。愛する人にも巡り会えました。だから最高に幸せです」


 一瞬、泣きそうに顔を歪めたエリウス王。


「そう……か。それは良かった」



 軽く頭を下げてその場を去ろうとしたユリウスを見て、エリウス王が言葉を継ぐ。


「実はユリウスがずっと行方を追ってくれていたんだ。私の代わりに」


「別に……私もアムネリア様には幼い頃優しくしていただきました。だから気になっていただけです。ちょっと急ぎの用を思い出しましたので、しばし席を外させていただきます。良ければリリア嬢も一緒にいかがでしょうか」


「え、あ、はい」


 エリウス王とレギウスを二人きりにする配慮だろうと気づいたリリア。レギウスに目配せすると速やかにユリウスの後を追った。



「ユリウス様、色々ありがとうございました」


 隣室に移った後丁寧に頭を下げるリリアを見て、ユリウスが切ない顔になる。


「リリア嬢はいつもレギウスのことばかり考えているんだね。本当に妬けるな。何度も思いましたよ。順番が違っていたら良かったのにって。あなたに出会ったのが、レギウスより私の方が早かったら……とね。でも、それは今さら言ってもせんないことです。いつまでもうだうだ言ってないで、私も運命の女性ひとを探すとしましょう」


「ユリウス様……絶対に居ます。ユリウス様を心から大切に思ってくださる方が」


 ユリウスがいつもの調子を取り戻して、屈託のない笑顔を見せた。



 エリウス王が退出した後ユリウスの部屋に戻れば、穏やかな笑みを浮かべたレギウスがユリウスに頭を下げた。


「お気遣い、ありがとうございました。に……ユリウス様」


 その様子に、ユリウスが芝居がかったポーズをする。


「おお、レギウス。我が弟よ。お前は立派な魔法石鑑定士の相棒だよ。誇りに思うよ」


 そう言いながら両腕を広げた。戸惑うレギウスを強引に抱きしめると耳元に囁く。


「ようやく名前を呼べた」


 レギウスの顔が照れくさそうになる。


「そうだよ。いっつも『相棒』だった」

「そう言うお前は生意気だった」

「ごめん。なんか素直になれなかった」

「はっ、似たもの兄弟だな」


 ユリウスがくすくすと笑い出した。


「俺も意地になって名前を呼ばなかった。だってさ、名前を最初に呼ぶときは、弟として呼びたかったんだよ。だからずっと言いたくなかった」

「……ユリウス……兄さん」

「おお、弟よ!」


 そう言って再度大げさに抱きしめたユリウス。一気に迷惑そうな顔になるレギウス。

 でも、そうっと、その肩を抱きしめ返した。


「お前には弟も妹もいる」


 そう言って隣室から連れて来たのは、まだ少年の面影を残す男の子と可愛らしい女の子。

「下の弟のカルロスだ。十八歳になったばかり。それからティアナ。十六歳だ」


 二人の異母弟妹も、嬉しそうにレギウスを受け入れてくれた。必死で感謝の涙をこらえているレギウスを見て、リリアも込み上げる思いに堪えていた。



 

 夢のような一時を過ごして、魔法石店へと帰ってきた二人。


 夕食の後、アウラのシンフリアンも加わっておしゃべりタイムだ。

 ティアラに手を翳すリリア、左の小指に繋いだ赤い糸を通してレギウスも一緒に参加。時々こうやって過ごしているので、アウラもすっかり寛ぎモードだ。 


「あ、母さんが喜んでいる。きっと父さんと一杯話せたんだろうな」


 胸のユーラテォオンに熱を感じて、レギウスが声をあげる。


「エリウス王って、魔法石と話せるのかしら?」

「多分、話せるんじゃないかな。だって、王様の魔力量なんて凄いだろうからね。なんでもできるんじゃないかな」


「二人で積もる話ができるといいね」

「ああ」

「邪魔しない方が良さそうだよね」

「だな」


 二人で顔を見合わせてから、胸元のユーラテォオンを見つめた。


「一国を背負うと言うことは、大量の魔力量をも背負うこと。普通はコントロールするだけでも大変なんだろうな。だから、母さんと会えた時、父さんは凄く嬉しかったんだと思う。癒し、支えてくれる半身のような存在にようやく出会えたって思えたんだろうなって。それなのにさ」


 レギウスはそこで言葉を一度切って、不機嫌そうな顔になる。


「あの二人は似たもの夫婦なんだよ。父さんも母さんも、俺の人生のためにってやせ我慢してさ。自分の癒しを我慢して別れたんだよ。まったく、大きな恩を着せやがって。文句の一つも言いたいけれどさ。そのおかげで俺はリリアと出会えた。俺にとってリリアとの出会いは、父さんと母さんが俺にくれた奇跡なんだ。だから、おとなしく感謝して、大切にしたいなと思って」


 そんなレギウスを頼もしく見つめながら、リリアも自分の考えを言った。


「私はこの魔法石店に生まれて、代々魔法石と話せる力を受け継いできたのよね。でも、そんな私が国一番なんて言われるくらいの鑑定士になれたのは、レギウスのお陰なの。レギウスの魔力と信頼が私を助けてくれるから、どんな悪意にも負けずに立ち向かっていかれるのよ。だから、この出会いは私にとっても奇跡なんだけれど、きっとそれだけじゃ無くて必然だったと思っているの。私は出会うべくしてレギウスに会えたんだと思ってる。だから……これからも、ずっとそばに居て欲しいの」


「リリア……」


『うわっふぅー!』


 アウラが嬉しそうに大はしゃぎし始めた。


『ね、ね、私の出番も近い? ね、そうでしょ』


『うふふ』


 リリアは幸せそうに微笑むと、すっとシンフリアンから手を離した。


『あん、もう』


 アウラはそう言いながらも、キラキラと光を放ち始める。


 その淡いピンクの光の中、レギウスがリリアへ誓いを捧げた。


「ああ、ずっとそばにいるよ」


 そして、誓いのキス———


「これからは一緒に歳をとっていけるから······もう綺麗なままではいられないけど」

「別に、リリアは皺くちゃでも可愛いと思うよ」

「もう、レギウスったら」


 吹き出したリリア。その顔は晴れやかだった。


 これからもずっと一緒に。人生も、鑑定も。

 シンフリアンとユーラテォオンの立会の元。



 誓う。



         fin.




【作者より】

 最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました!

 今回はとりあえずリリアの謎を回収して終わりと言う感じなのですが、本当はウォルシェ国にいるらしきラスボスチックな悪い魔法石鑑定士の話なんかもちゃんと書いた方がいいのだろうなぁと思いつつ(笑) 今はもう魔法石のネタ切れなので(笑) いつか書けたらいいなぁくらいにボカしておきます。

 お忙しい中、たくさんの応援をいただきましてありがとうございました。

 感謝!

 


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法石鑑定士 リリアの備忘録 涼月 @piyotama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ