第30話 存在してはいけない魔法石
なんでこんな魔法石が存在しているの!
こんな危険な石が、なんの疑いも持たれずにここまで運ばれてきたこと自体が信じられないわ。一体どうやったのかしら?
リリアの心が伝わったようだ。レギウスが冷静に言う。
『きっと、何かトリガーになるようなことがあるんじゃないかな』
『トリガー?』
『……その石は令嬢が身に着けていたんだよね。で、今回のパーティーの目的はユリウス皇太子の婚約者探し。きっと積極的に彼に近づくつもりだったんじゃないかな。ユリウス皇太子と近づいた時に発動するような条件……そう、例えば瞳の色とか』
『瞳の色、そう言えば、ユリウス様はこの魔法石と同じ綺麗な碧色の瞳だわ。そうか! ユリウス様と目を合わせたら発動するってことは、狙いはユリウス様ってこと』
『多分ね。王家を危険に陥れるのが目的だろうからね』
『それは怖いわね。でも、ユリウス様が被害を受けなくて不幸中の幸いだったわ』
『あの男、悪運だけは強そうだからな』
『もう、レギウスったら』
ちょっと吹き出したことで、心に余裕が生まれた。普通なら不敬罪で怒られそうだが、魔法石の中ならバレないだろうと高を括る。いつも通りのレギウスの反応に感謝した。
『後……多分この石は、まだ力を覚醒しきってないと思う』
『なんでそう思うの?』
『被害者が眠っているだけで済んでいるから』
『なるほど。じゃあ、今の内ならまだ勝機はあるわね。でも、どうすればいいのかしら。こんなに大きな悪意を浄化するなんて、何かいい方法は……まずはセレスト鑑定士長と、アレス鑑定士を見つけないといけないわね』
『そうだな。きっと、あの渦の中に囚われていると思うよ』
その時ふと、どうして自分は渦の中でこうやって守られているのだろうかと思った。レギウスに守られているのは確かなのだが、そもそもこれだけの悪意を避けることができると言うことが奇跡なのだ。
これって、もしかしてレギウスの魔力のお陰?
小指の糸に目をやる。それはいつもと変わらず優しくて力強い温もりを与えてくれている。
そっか……やっぱり、全部レギウスのお陰だったんだわ。
そして、それが意味することに驚くが、すんでのところで言葉にすることを止めた。今思ったら、レギウスに伝わってしまう……
今は兎に角、目の前のアズライルムに集中しなきゃ。
リリアは周りに目を凝らした。まるで竜巻の真ん中に入って空を見上げているような恰好になっている。目まぐるしく舞い吹き飛ぶ黒い欠片の詳細は全然見えない。
一歩足を踏み出せば、自分の周りの
『全然見えないわ。暗すぎて速すぎて』
『うーん、何かいい方法ないかな?』
流石のレギウスもお手上げのようだ。
『何か……セレスト鑑定士長とアレス鑑定士が気づいて、あちらから見つけてくれるような道しるべになるような物は』
『私、できるところから浄化してみる』
『きっと、キリが無いと思うけど、でもそれしか手が無いだろうな。リリア、なるべく渦の中へ流し込むように。流れに逆らわないように流していけるかな』
『やってみる』
『頑張れ!』
『うん、ありがとう』
リリアは早速、癒しの詠唱を始める。風の流れに乗せるように、優しく語り掛けるように唱え続けた。
イーラ トゥ ラ エルゼ
フェーレ トゥ ラ シエラ
レラーテ!
ナチェ タビーア エクセルテ トゥイ
ナチェ タビーア エクセルテ トゥイ
言の葉は光となって渦の中に吸い込まれていく。闇色の壁は、アッと言う間に輝きを押しつぶしてしまうが、リリアはあきらめずに唱え続ける。
イーラ トゥ ラ エルゼ
フェーレ トゥ ラ シエラ
レラーテ!
僅かずつだったが、細い細い光の筋が回転の中へ練り込まれていく。肉眼では見えなくても、肌で感じる程度の密やかな合図。
『誰か、いるのか!』
その時、しゃがれた低い声が防護壁を震わせた。
『はい! 私はリリア。若輩者の魔法石鑑定士です』
『頼む。もう少し続けてくれ。もう少しで届きそうだ』
『わかりました!』
泳ぐように闇を掻き分けてやってきたのは、老齢の魔法石鑑定士長、セレストだった。
『セレスト様ですね? お探ししていました』
『助力、感謝する』
『リリア、セレスト鑑定士の手を掴むんだ。一気に引き入れるぞ!』
レギウスの声。初めての共同鑑定作業に戸惑いつつも、差し伸ばされたごつくて大きな手を力任せに引っぱった。
大きな衝撃を受けながらも、なんとか保たれた
レギウス、二人分守り続けるのは大変だよね。
出来る限り早く解決しないと。
『リリア殿、ありがとう。お陰で助かった。私とアレスだけではどうにもならなくて、この膨大な渦の中に囚われてしまって抜け出すこともできなくなっていた。重ねて礼を言う。それにしても、この
『いえ、これは私だけでは無くて……』
そこまで言い掛けて、リリアは躊躇した。
レギウスの魔力のことは、あまり知られないようにした方がいいのかもしれない。それに、今そんな話をしていたら、レギウスの魔力も枯渇してしまうわ。
まずは目の前のことよ!
『セレスト様、この石のことなのですが』
『ああ、これは大勢の悪意を集め続けている魔法石。だからこんなに危険な石になってしまっているのだ。だが、必ず核となる元々の石の主がいるはずなのだ』
『あ、確かに。元々の主を癒すことができれば、この悪意の渦もなんとかできるかもしれないですよね』
『理論上はそうなるはず。後は、アレスも探さねばならないのだが……』
二人でまた四方を見回す。リリアの癒しに気づいて、アレスが近づいてきてくれることを願いながら。
その時、渦の頭上がきらりと光った。
二人して見上げる。またきらりと光る。
『きっとアレスだろう。今度は私がやる。そなたは力を温存しておいてくれ』
そう言ってセレストが詠唱を始めた。
サナーティオ エチェ フリーレ メルテ
パルティア エチェ ハイル イーラ
アイレ ラシュテーレ!
荒ぶる風が、一瞬止まったように見えた。黒い小さな欠片たちが、空を漂うようにゆっくりと流れる。
『凄い!』
リリアが喜びの声を上げた瞬間、頭上から一気に落下してき体。
加速したまま防護壁を突き破り、リリアとセレストの手で辛うじて受け止められた。
間一髪、壁が塞がったところで、猛然と風がぶり返した。
『やれやれ、そんなに簡単にはいかないか』
セレストの呟き。落胆の色は隠せない。
だが、リリアにはもっと心配なことがあった。
三人分の負荷がかかって、レギウスが冷や汗を流しているのが伝わってきているから。彼の魔力がどこまで持つのか。早くしなければと焦りが募る。
『ごめんね。レギウス』
そう声をかければ、『大丈夫だよ。それより目の前のことに集中して』と、反対に励まされた。
眼前に尻もちをついているのは、セレストの弟子のアレス。
『セレスト様、申し訳ございませんでした。どうにもこうにも、この渦の中で身動きが取れなくて。でも、これだけは掴むことができました!』
そう言って差し出してきたのは、一枚の記憶の破片だった。
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