第31話 素直な熱意
『おお、これは。良くやった!』
セレストに褒められて嬉しそうにはにかんだアレスだったが、ようやくリリアに気づいたようで、慌てて頭を下げた。
『初めまして。アレスと言います。あなたも魔法石鑑定士なのですね。助けていただいてありがとうございます』
『リリアです。もっとお話ししたいのですが時間がありません。まずはこの魔法石を癒すことを優先させましょう』
長時間竜巻の中で、悪意の欠片に翻弄され続けていた彼らも、最後の気力を振り絞っていることが伝わって来る。
きっとセレスト様とアレスさんが浄化し続けていたから、石の覚醒を食い止めていられたんだわ。でも、もう時間の問題ね。
魔力の残っているうちになんとかしないと。
『おっしゃる通りです』
そう言ってアレスが差し出した記憶の欠片は、他の欠片よりも大きく、色も真っ黒になってはいなかった。
『恐らく、これが始まりの記憶かと』
『よし、潜り込んでみるぞ』
そう言ってセレストが手を翳す。だが、見る間に眉間に皺が寄ってしまった。
『頑なだ。どうしたら』
『あの……もしかしたら、お二人の瞳の色、この記憶の主には恐怖と結びついているかもしれません』
『と言うと?』
リリアはレギウスのトリガーの推測を話した。
『なるほど。その推理は合っていると思う。だが、そうすると三人の中で青系の瞳で無いのは琥珀色の瞳を持つリリア殿、そなただけになってしまうが、鑑定をお願いしてもよろしいかな』
『はい。力の及ぶ限り』
『そのかわり、我々でこの
そう言って、セレストとアレスは、それぞれに癒しの詠唱を始めた。
レギウスの負担が限界にきていることを知っているリリアは、二人の協力に安堵する。
みんな、ぎりぎりの状態で闘っていた。
急がないと!
『レギウス、大丈夫? 後少しだけお願い。一緒に鑑定するわよ』
『おう、別に俺は全然平気』
カラ元気を出しているのは明白だった。それでも、彼に頼るしかない。
リリアも明るい声で気合を入れる。
『じゃあ、いくわね』
記憶の欠片に手を翳す。深く深く、石の主に寄り添うように声をかけた。
記憶の始まりは薄暗い部屋の中。計量器やすり鉢など、たくさんの道具が机の上に転がっていて、その真ん中では何かをぐつぐつと煮ているらしく、湯気を吹き出す土瓶が見えた。部屋の隅にはたくさんの薬草が積み上げられていて、苦そうな香りが充満している。
『ここは……薬草の研究をしているところみたいね』
『そうだね』
リリアの呟きにレギウスも同意する。
『部屋の主はどこかしら?』
見回してみると、背を丸めた小柄な男がしゃがみこんで兎の背を撫でている。
「よーしよし。ちゃんと食べられたな。大分元気になってきたかな」
そう言って嬉しそうに見つめる瞳は明るい。およそこのアズライルムの主らしからぬ雰囲気に、リリアは拍子ぬけしてしまった。
『彼が石の主かしら? なんかとても優しそうな人よ』
『まあ、人は見かけによらないって言うから、気をつけろよ』
『うん』
その時、ガチャリと扉が開いて、やせぎすで背の高い男が入って来た。身に着けているものは高価な絹の服、細かな刺繍も施されていて身分の高い人に見える。
「アルガン、まだお前はその兎に関わっているのか。もう、心の臓をやられていて余命は少ない。それよりも今朝頼んだ薬草の選り分けは済んでいるんだろうな」
「あ! すみません。もうすぐ終わります」
「全く。お前は言われたこともできない半端ものだな」
「……すみません。でも先生、この子、だいぶ元気になっているんですよ。診てやってください」
アルガンと呼ばれた青年は、先生と呼んだ人物に怒られてしゅんとしていたが、それでも抱き上げた兎を診てもらおうと近づいて行った。
そのアルガンを見下ろす先生の瞳の色を見て、リリアは背筋が冷たくなった。
碧眼!
そして、そこに宿る冷たい蔑みと微かな憎悪。
きっと、この先生が彼のトリガーになった人物ね!
「バルミーリエ先生、どうですか?」
澄んだ瞳のアルガンが、バルミーリエに尋ねた。形だけ兎を診察したバルミーリエは、一瞬驚いた顔をしていたが、直ぐに引き戻して冷たい声で告げる。
「まあ、一時的には回復しているように見えるが、多分近日中に症状がぶり返すだろう。いつまでも同じことを繰り返していないで、さっさと私の要件を済ましておけ。まったく役立たずな弟子だ」
「……はい。すみません」
アルガンはまたもやしゅんとして、兎の背を撫でながら自身も背を丸めて遠ざかった。バタンと大きな音を立てた扉を、いつまでも悲し気に見つめている。
「ああ、私はいつまでたっても先生に認めてもらえない。役立たずだ。でも……この薬で心の臓の病から救われる人々がいるかもしれないのだから、あきらめてはいられない。時間を作って改良しよう」
そう自分を励ますと、慌てて言われた仕事へと戻って行った。
ところが、それからも彼はバルミーリエ先生に怒られてばかりだった。
アルガンは好奇心が旺盛でアイデアも豊富。思いつくとやってみなくては気が済まない性格のようで、直ぐに確かめようとしてしまう。だが、その度、先生に怒られる。
見ているリリアはいたたまれない気持ちになった。
最初は、アルガンの浅はかな行動にやきもきした。そんなことをしていたら、また先生に怒られると言うことを、性懲りもなく繰り返しているアルガンにイライラもした。
だが、良く見ていると、実はバルミーリエ先生の方がアルガンを邪魔しているのだと言うことが分ってきた。あれやこれや、余分な仕事を言いつけては、アルガンが自分の研究をできないようにする。少しのことで叱責して、アルガンの心を折る。
明らかに嫌がらせのレベルにまで発展していく。
それでも、当のアルガンは新しい薬の開発に夢中で、バルミーリエの悪意には気づいていなかった。
それから記憶は進み、遂に満足な薬が完成したと喜ぶアルガン。
だがそれでも、バルミーリエの評価は辛らつだった。
「もう少し様子を見てみなければ結果はわからない」
確かにと頷いたアルガンは、それからも一生懸命被験の兎の世話をしていた。もうそろそろ大丈夫か……そう思った矢先、兎が冷たくなっていた。
ショックに泣き叫ぶアルガン。
冷ややかに薄ら笑いを浮かべるバルミーリエ。
「だから言っただろう。心の臓の薬は加減が難しい。一見良くなったように見えても、単に負担を大きくかけただけで、結局死を早めてしまう結果にも繋がってしまう。この子も今までの子と同じ末路だったな」
「そんな……そんな……」
「お前は今までに、何匹の兎を犠牲にしてきたのだ。残念だ。もう明日からは来なくていい」
「え!」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げたアルガン。恥も外聞もなく、先生に縋りついて傍に置いて欲しいと頼んだ。
「申し訳ございません。出来の悪い弟子で、先生には迷惑をかけてばかりで。でも、どうかお願いです。私にはここしかいる場所が無いのです。どうか私に、バルミーリエ先生のお手伝いを続けさせてください!」
「才能の無いやつをこれ以上は置いてはおけない。今日を限りに出ていけ!」
それでも、アルガンは一縷の望みをかけて、怒りに歪んだ碧色の瞳に縋り続けていた―――
結局、解雇されたアルガンは、そのまま故郷に帰ることになった。
幼き頃、神童と言われて期待され、意気揚々と王都へやってきた男の、夢破れた時だった。
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