第11話 異国の記憶
「こんな小さな魔法石なのにね」
「だから心配なんだよ。こんな小さいのに大きな呪いを発動しているとしたら厄介だよ。相当力の強い石だと言えるからね」
「そうね。気をつけるわ」
いつもの通り、レギウスと向かい合って座る。小指には赤い糸。
深呼吸をして精神を集中させると、リリアは石に語り掛けた。
今行くからね。
ここは……息苦しさを感じて思わず藻掻く。
ぷくりと泡立つ様子を見て、自分が水の中にいることに気づいた。
大丈夫。今の私は
『大丈夫?』
ほら、直ぐにレギウスが心配してしまう。
『大丈夫。いきなり水の中だったから驚いただけ。ん? これ塩っぽい。ってことは海の中ってことなのかな』
その時、少し先で水の中を揺らめく影を見つけた。
その影は藻掻きながらもどんどん底へと落ちていく。
『あ、男の子! まだ幼い子だわ』
『……だから、石が小さかったんだね』
レギウスが声を詰まらせた。
リリアは必死で少年に辿り着こうとするが追いつけず、結局暗闇の中へと消えてしまった。
これでおしまいなのかしら?
そう思った瞬間、ぐわっと水底からの力に押されて地上へと戻された。
リリアが打ち上げられたのは海岸。
そっか……彼は石になって、長い年月波にもまれてここに辿り着いたのね。
そしてルークさんに拾われたんだわ。
目の前に、先ほどの少年が泣きながら立ち尽くしているのが見えた。
よく見ると、肌の色は褐色で黒い髪。ヴァンドール王国の人では無いことが分かる。
『きっと、海の向こうのハルバラド国の子じゃないかな』
レギウスが早速推理し始める。
『そうか! だからか』
『何が、だからなの?』
『いや、古代ビダーヤ王朝はハルバラド国の辺りにあったと言われているんだ。最近になって、次々と遺跡が発掘されているんだよ』
『へぇ、そうなんだ』
レギウスの博識ぶりに改めて感心しながら、リリアは異国の少年を見つめ続ける。
海の向こうを見据えて涙を流す少年。彼の記憶が、徐々にリリアの中に流れ込んできた。
目の前に広がるのは、薄茶色の渇いた大地。網の目のように整然とした都は、日干し煉瓦で作られた建物がひしめき合っている。中央の少し小高い丘には、大きな柱に囲まれた宮殿が見えた。
これがハルバラド国?
『凄い、海の向こうには砂漠の国があると本に書いてあったけど、本当にこんな国があったんだ!』
少し興奮気味のレギウスは、それでも冷静に情景を観察しているようだ。
『多分だけれど、これはハルバラド国よりももっと古い時代のものだと思う。だって、スティクリーメナスの装飾を施された建物が見当たらないから』
『スティクリーメナス?』
『そう。ハルバラド国はガラスの一大生産地でもあるんだよ。だから、国の主要な建物には、そのグラスで作られたアート、スティクリーメナスがたくさん飾られているはずなんだ』
『きっと綺麗でしょうねぇ』
思わずうっとりと想像してから、慌てて意識を戻す。
『と言う事は、彼のこの記憶は、かなり古い時代の物ってことね』
『リシェット商会が作った保存食『ラヴィム』が兵糧に採用されるようになったのは、ガラスの瓶に詰めて携帯できるようにしたから。そのガラスは、多分ハルバラド国の物だろうね』
やっぱり、クレアのお兄さんを成功に導いたのは、このへリオスタイトの記憶で間違いないわね。でも、記憶の持ち主は幼い頃に海で亡くなっているみたい。
一体どんな人生だったのかしら?
そう思った瞬間、景色が切り替わった。
街角で食べ物を配る夫婦。その服装は華美では無いが上質な物で、豊かな財力があるようだ。その横で手伝っている石の主。誇らしげに両親を見上げている。
貧しい人々が列をなして、その前に並んでいた。みんな拝みながら食料を受け取っていった。
どうやら飢饉が起きた年のようね。
彼のご両親は私財を使って食物を無償で配っていたのね。とても立派なご両親だったんだわ。
突然、穏やかな光景は人々の悲鳴で打ち壊された。
兵士が押しかけてきて、彼の両親を捕まえて行ったのだ。
罪状『民心を惑わし謀反を
結局、彼の両親は投獄され、拷問死させられたのだった―――
リリアの心に、少年の悲しみと怒りが荒波のように押し寄せてくる。
それは両親を死へ追いやった国に対して、助けてくれなかった民衆に対して、理不尽な現実に対して。
そして、微かに両親への怒りも……
全ての財産は没収され、彼は奴隷商人へと売り飛ばされた。
辛くて悲しい彼の人生は、その後アッと言う間に終わりを迎える。
売られた奴隷船が難破して、海の藻屑となってしまったから。
なんて酷いことを―――
リリアはしばらくその場から動けなかった。
彼の両親は貧しい人を助けていただけだ。それなのに、反逆罪で捕まえられて殺されてしまった。
こんなことって! 許されないわ!
リリアの怒りが伝わったようだ。相槌を打ちながら、レギウスの声も震えていた。
『ここにも、横暴な国家に酷い目にあわされた人がいたのね。こんな目に合っていたら、財産を独り占めして、権力を握ってやるって思うのも無理ないわよね』
『そうだね。……それが彼の目的なのかな? 彼の居た国はもう血脈ごと滅びていそうだから、もう復讐は出来ないだろうし』
二人であれこれ話し合っているうちに、リリアの意識は元の浜辺に戻って来ていた。
目の前の彼は、もう泣いてはいなかったが、拳を握って海を見つめ続けている。
『レギウス、私やっぱり、彼に直接聞いてみるわ』
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