Case 8 黄色の石 ヘリオスタイト

第10話 裕福な少女と貧しい青年

 黄色の石、ヘリオスタイトは富を授ける石と言われている。


 生きていくためには、衣食住が不可欠だ。それは全て対価無しには得られない。

 だから、より多くの財産と成功を求める人々にとって、ヘリオスタイトは喉から手が出るほど欲しい魔法石だった。


 そんなヘリオスタイトの鑑定を依頼しに来たのは、美しく可憐なドレスに身を包んだ少女と、ボロボロの服を着た青年と言うアンバランスなカップルだった。


 少女の名はクレア・リシェット。

 リシェットと聞いて直ぐに、王都で有名な新興貿易商、リシェット商会を思い出した。まだ年若き経営者ルーク・リシェットは、古代ビダーヤ王朝の小魚の保存食レシピを復活させて人気となり、王国の兵糧に採用されたことで財をなした。

 今では様々な物品を取り扱う大きな商会になっている。


 なるほど。急速な成功の裏にはヘリオスタイトの魔宝石が関わっていたのね。


 リリアとレギウスは顔を見合わせて頷き合った。


 予想通り、彼女はそのリシェット商会当主の妹だった。

 裕福な彼女とは違って、その後ろに佇む青年は貧しい漁師の姿。

 二人は身分違いの恋人なのでは無いかと思って、リリアはなんとなくわが身と重ねて切なくなった。



 可憐な少女をエスコートするように、ツギハギだらけの青年がリリアの前にやってきた。


「あの、こちらでは魔法石の鑑定と浄化をやってくれるって聞いてきたんですが」

 リリアが頷くと青年も少女に頷いてみせる。


 おずおずと差し出されたのは小石サイズの小さなヘリオスタイトが嵌めこまれた、男性用ブレスレットだった。


 こんな小さなサイズの石じゃ、大した効果は無いはずなのに……


 リリアは一目見て不思議に思った。

 とりあえず、クレアと青年に椅子をすすめる。


「どうぞ、おかけになってください。どのようなご相談ですか?」


「あの、私はクレア・リシェットといいます。彼は私の幼馴染でテオ・ブライト。私一人では心細くて付き添ってもらいました」


 リリアは静かに頷いて先を促す。


「お気づきのことと思いますが、私の兄はリシェット商会の当主です。これは兄の物で、普段は肌身離さず身に着けているのですが、今日は王宮に呼ばれていて。それで珍しく外して私に預けて行ったのです。私は以前からこの魔法石が心配で。だから思い切って鑑定をお願いしに来ました」

「何が心配なのですか?」

「それは……兄の人格を変えてしまったから」

「お兄様の人格を?」

「はい」


 クレアの語るところによると、以前のルークはとても優しくて真面目な働き者だった。貧しい家族を支えるために幼い頃から漁師をしていて、特に両親の死後は、家計を担うために一人で働き詰めだった。

 そんなある日、海岸で見つけたと言って嬉しそうにヘリオスタイトを持って帰ってきたのだ。


 当時まだ六歳だったクレアは、あまりの美しさにドキドキしたそうだ。


 その直後、ルークは突然思いついたように小魚の保存食を作って販売し始めた。

 それはアッと言う間に人気になって、あれよあれよという間にサクセスストーリーに発展。今のような大きな貿易商にまで成長したのだった。


「兄はとてもまじめで優しい人だったのです。だから、私は兄の成功が嬉しくて自慢でした。それなのに……最近の兄は守銭奴のようなんです。会社を支えてくれる人々に厳しい労働を課しているし、もうけを優先して狡いこともしているみたいだし」


 話ながらクレアの声が震えていく。涙が溢れだした。


「それに、クレアにうーんと年上の貴族のじじいの後添えになれとまで言い始めたんだぜ。そんなの許せねえ」


 クレアの背を撫でて慰めながら、テオが怒りの声をあげた。


 貴族との繋がりが欲しくなったのかもしれないわね。

 二人の仲を知らないのかしら? それとも知っていながら言っているのかしら?

 

「このままでは、いずれみんなが離れていってしまいます。何より、私、あんな兄になってしまったことが悲しいのです。兄が必死に働いているのは、今も変わらず私たち兄弟のためなのはわかっています。そのおかげで今の生活があることも。でも、やっぱり悲しいんです。だから、この石を鑑定していただきたくて」


「わかりました。もしかしたらこのヘリオスタイト。祝福よりも良くないものが多いのかもしれませんね。本来はお預かりしているのですが、今回は直ぐに鑑定した方が良さそうですね。でも、魔法石の鑑定は決して安全とは言えないんです。ここに一緒にいて巻き添えを食うと危険です。どこかで時間を潰して戻ってくることはできますか?」


「はい、もちろんです。受けてくださるのですか?」

「私の力の及ぶ限りがんばってみますね」

「よろしくお願いします!」


 クレアは深く頭を下げると、ほっと力を抜いた。その肩をテオが力強く抱き寄せる。


「あ、でも私、こんな格好」


 クレアの表情が曇った。


「兄さんが出かけている間と思って急いでいたから、お屋敷の恰好のまま来てしまったわ」


 いつものテオとの密会は、町娘の恰好でこっそりと抜け出して来ていたらしい。


 そんなクレアをリリアは好ましく思った。

 

 女の子はみんな綺麗な洋服が好きで、いつしかそれに夢中になってしまう。 

 でもクレアは飾らない姿でテオと会い、裕福になっても変わらずに貧しい彼を愛しているのだ。

 そしてテオもまた、嫉んだり避けたりすること無くクレアを大切に思い続けている。


 ついつい、二人を応援したくなってしまった。


「私の洋服で良かったら」

 

 リリアの洋服に着替えたクレアは、嬉しそうにテオと手を取り合って出かけて行った。


「あの二人お似合いよね。それなのに……お金持ちになると色々大変ね」

「だな。でも、こっちも大変だよ。時間が無いからな。リリア、大丈夫か?」

 

 リリアはニコリと微笑み返すとレギウスへ手を差し伸べた。


「大丈夫。一緒にがんばりましょう」 

  


 

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