第12話 心の隙間
『あの、良かったら少しお話しませんか?』
驚いたように振り向いた少年。
『……あんた、誰?』
『私はリリア。あなたを助けに来た者です』
そう名乗ると、彼はフンと鼻で笑った。
『助けに来ただって? あんたは過去を変える力でも持っているのか?』
『それは……無いけれど』
『じゃあ、助けられるわけがない』
『……』
鋭く放たれた言葉に、リリアは素直に頷いた。
確かに。亡くなった人を助けることなんてできないわね。
私は勘違いをしていたわ。
しょぼんとしたリリアを見て、強く言い過ぎたと思ったのだろうか。
少年がぼそりと呟いた。
『俺の名はカルマ。九才で奴隷として船に乗せられて、嵐で沈没して死んじまったんだよ。今更助けるって言われてもさ、もう遅いんだよ』
『そうだよね』
『わかったら帰れよ。あんたの場所に』
『そうなんだけれどね……』
言い淀むリリアに、カルマ少年は投げやりな調子で言ってきた。
『親が馬鹿正直っていうのも、考えもんだよな。お陰で息子の俺はとばっちりを受けて早死にだぜ』
その言葉の裏に潜む両親への思慕を感じて、リリアの胸がぎゅうっと痛くなる。
『カルマ君、そんなこと言ったら返って辛くなるでしょ。本当はご両親のこと誇りに思っているのに』
『は? 誇りに思っているだって? ああ、そうさ。俺は父上も母上も尊敬していたさ。いつも貧しい人々のことを考えていて。それで貧しい人達が二人のことを同じくらい大切に思ってくれていたって言うんなら、泣けるいい話で終わっただろうよ。でも現実は正反対。時の権力者からは自分よりも人気が出たと嫉妬されてなぶり殺しさ。その時民衆は二人を助けてくれたのか? 誰も声なんか上げてくれなかったよ。日頃散々世話になっていたって、役に立たなくなれば簡単に見捨てる。世の中はそんなもんなのさ。正直者がバカを見る世界なんだよ』
『そんな……』
『反論できる? ああ、一発でわかるよ。あんたはきっと、あまっちょろい世界で生きてきたんだろうな。悪意に晒されることもなく、大切にされて。まあいいさ。世の中そんな不平等も当たり前にあるからな』
『なんか……ごめんね』
リリアはそれ以上何も言えなかった。
確かに、私はずっと誰かに守られてきた。幼い頃は両親に。
今はレギウスに―――
そんな心の内に気づいたように、レギウスが声を掛けてくれる。
『リリア、あの子の言うことを真に受けちゃダメだよ。彼は浄化されないために必死でリリアの心を折りに来ているだけだからね』
『ありがとう。レギウス』
でもね、こうやって私はレギウスに頼りきりだもの。彼の言う通りなのよね。
落ち込んでいるリリアをニヤニヤと見つめていたカルマだったが、ふっと呆れたようなため息を吐き出した。
『あんたって、本当に単純だな。なんか苛めがいが無くて面白くないや』
『な!』
『まあ、世の中非情だって力説している俺が言うのもなんだけどさ、ルークは別だよ』
突然、本題を語り出した。
『別って、どういう意味?』
カルマは口の端をきゅっと上げて、再び意地悪く笑う。
『言葉通りさ。俺はルークには何もしていない』
その言葉に、リリアは素直に安堵することは出来なかった。
別ってどういう意味?
つまり、ルークさんの成功も、守銭奴化も、ヘリオスタイトの力のせいでは無いと言うことなのかしら?
『本当に、何もしていないのね』
カルマの目にまた怒りが沸き上がった。
『全く、あんたたち鑑定士って奴はいつだってそうさ。なんでもかんでも石のせいにしようとする。お陰で俺はいつも無実の罪で浄化されそうになってばかり』
『ごめんなさい。そっか、石になっても嫌な思い、いっぱいしてきたんだね』
馬鹿正直に謝ってくるリリアに、また拍子抜けしたようなカルマ。
イライラと言葉を並べた。
『ほんっと、あんたと話していると調子狂うよ。言っておくけどさ、石の主がいくら悪意を抱いていたとしても、石の持ち主の心がしっかりしていれば影響なんて受けないんだよ。影響されるのは、持ち主の心に隙がある時だけ。だから、つまり』
『そう言うことなのね!』
嬉しそうに叫んだリリア。
『ちっ!』
邪魔されたカルマは眉間に皺を寄せている。
『つまり、ルークさんは心に隙が無いから、カルマ君は何も影響を与えることは無かった。ルークさんの成功はルークさんが頑張った証。あれ? でも、『ラヴィム』のレシピを教えたのはあなたじゃないの?』
思いがけない一言に初めてカルマが怯んだ。
『まあ、それは……俺が懐かしくて食べたくなったからさ』
その答えに、ふわりとリリアの笑顔が咲く。
ひねくれて大人びたことばかり言っているカルマの、子どもらしい一面を感じてほっとしたのだ。
『懐かしい食べ物なのね。よく食べていたの?』
眩しそうにリリアの笑みから目を逸したカルマだったが、直ぐにチロリと視線を戻して話し始めた。
『そうさ。あれは古代ビダーヤ王朝時代から俺たちの地に続く保存食さ。俺のいたアルファトラ王国は砂の大地が海岸線にまで迫っている稀有な地形。乾燥と潮の湿り気に満ちた土地では、作物の収穫が少ないんだ。だから採れた物を大切に保存する技術が発達していったんだ。その一つが『ラヴィム』だよ』
『へぇ、長い間人々の食糧を支えていたのね』
鑑定士と石の主と言う立場を忘れて、リリアは好奇心に抗えない。
きっとレギウスも知らない話よね。
そう思った途端、レギウスの声。
『知らないよ。とても興味あるけど……気をつけて』
『あ、そうだったわ。ありがとう』
慌てて気を引き締めた。だが、目の前のカルマは先ほどとは別人のように、生き生きと『ラヴィム』の歴史を語っている。そこに悪意は感じられなかった。
『元々古代ビダーヤ王朝では、魚醤の部分だけ薬として珍重していたんだ。兵士は遠征の時必ず持っていったんだぜ。で、残りの魚の身の部分は貧しい人達の保存食になった。それがアルファトラ王国に引き継がれて、俺は小さい頃から良く食べていたんだ』
『そうだったのね。ヴァンドール王国で復活できて良かったわ』
『……お前、本当に呑気なヤツだな。あほらしくなってきた』
『え、ええっと』
アタフタとし始めたリリアに、遂にカルマも笑い出した。
『俺はルークにレシピを教えたし、ハルバラド国との縁は繋いでやった。でも、それ以上は何もしていないんだ。アイツは全部、自分でやり遂げたんだよ。その意味がわかるかな?』
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