第21話 素直になって
リリアの店では、今日は閉店の看板を掛けて確認作業中。
「四十三、四十四、良かった。揃ったわ!」
ザザッ!
リリアの喜びの声と警備隊員が一斉に敬礼した靴音が重なった。
「それでは、これにて我々は失礼いたします」
回収した魔法石を届けた隊員たちが去っていく。その背を見送ってから、リリアとレギウスは浄化の準備を始めた。と言っても、今回の浄化はいつもとは方法が違う。
魔法石の中に入るのでは無くて、石をもう一つ増やすこと。
ふうっと一呼吸して、魔法除けの手袋をする。
レギウスが魔法石職人から借りてきた工具と、比較的大きめのシンフリアンが取り付けられたネックレスを手に取る。真ん中に亀裂を入れて石だけ二つに分けるために。
緊張でガチガチのリリアの手に、レギウスが己の手を添えた。
「一緒にやる?」
「ええ、お願い」
後ろからリリアを抱き込むように指を添え直す。
「いくよ」
「お願い」
リズムを合わせて打ち下ろした―――
「四十五になったことで、アウラさんの絶望は消えたと思う。後はこれを全部一緒に嵌め込んだティアラを作ったら、素敵なんじゃ無いかしら」
「ティアラ、いいね」
今回のお手柄に対する報奨金の代わりに、リリアはこの魔法石を願い出た。
買い取り費用の件と共に、ユリウス皇太子はあっさりとそれを認めてくれたので、自由に加工ができるのだ。
今度は手袋を外して石に手を翳す。レギウスが慌てて赤い糸を結ぼうとするが、リリアは笑顔でそれを止めた。
「大丈夫よ。ほら、もうアウラさんは怖がっていないし、喜んでくれているわ。本当はウォルシェ国に戻してあげられたらいいんだけれど……」
『リリアさん、色々ありがとう。パパのところに戻りたいって気持ちは今も変わらないけれど……でも、私、思い出したの。パパが最後に私のためにジラート様に祈ってくれたこと。もう一度素敵な出会いがありますようにって祈ってくれたんだ。その想いを私がわかっていなかったから、ちょっと時間がかかってしまったけれど』
『アウラさん……』
吹っ切れたような明るい声で、アウラが続ける。
『ここでリリアさんに出会えたから、幸せな出会いがあったから、大丈夫だよ! きっとパパ、喜んでいると思う』
感極まったリリア、今度は嬉し涙を浮かべている。
『アウラさん、そう言ってくれて嬉しい。ありがとう』
『ありがとうはこっちのセリフだよ』
すっかり仲良くなった二人は、まるで昔からの友のように気軽に語り合う。手を通じて交わされる会話。それは女性だけの秘密の話。
最初は心配そうにチラチラ見ていたレギウスも、楽しそうなリリアの笑顔にほっと安堵の息を吐いた。
『ねえ、ティアラになったら、結婚式とかで使ってもらえるのかな?』
『あなたさえよければ』
『じゃあ、私、それがいい。リリアさんの結婚式で私を使って!』
『え、ええ。私の結婚式! そんなのいつになるかわからないわよ』
『ふーん。リリアさんって実は鈍いんだ』
『え!』
魔法石の中で、アウラは子犬姿で寛いでいる。シンフリアンに手を翳しながらふわモフの感触を楽しんでいたリリアは、一気に冷や汗を流す羽目になった。
『隣に素敵な男性がいるのに。もったいない。早くしないと誰かにとられちゃうわよ』
『……そう、だよね』
『素直になって。でないと、後悔するよ。死んじゃったら一緒にいられるかわからないんだからね。私のように』
アウラの言葉に、リリアははっと目を開く。
そうよね。死んじゃったらね。わからないよね……でもね……
色々と思い悩むことは多い。
ずっと保護者の顔をしてきたのに、今更恋人になりたいなんて虫が良すぎるのでは無いかとか。二十一歳を繰り返していることとか。彼が去った後、自分がもし不死を続けているのなら、アウラのように寄り添い続けることができるのかとか。
二十一歳を繰り返している理由。それがわからないうちは前に進める気がしない。もし、何か良くない理由があったとしたら、レギウスを巻き込むことになるから。
ぐるぐると、答えの無い問いをし続ける。
でも、ふと気づいた。
危険なのは今も同じか……魔法石鑑定に付き合わせているんだから。
既に私は彼を危険に晒しているんだわ。
それに、先のことなんてわからない。いつかふっと繰り返しの呪いが解けるかもしれない。
だったら、今を大切にするってこと。ダメじゃないよね。
そんな私の我儘を、レギウスだったら赦してくれる気がする―――
リリアの顔が穏やかになっていった。
七日に渡って続いた鎮魂祭の最終日。リリアの店は駆け込みのお客様のために、ギリギリの時間まで開けていた。一年で一番太陽の時間が長い季節だが、もう一欠片の光となっている。
鑑定台で、アウラのシンフリアンに手を翳して語り合っていたリリア。
覚悟を決めたように頷くと、緊張した顔をレギウスに向けた。
「ねえ、レギウス。もうあんまり時間無いけれど……一緒に公園に行ってみようか」
その言葉の真意を測りかねたように、レギウスが一瞬止まる。
「……リリア、その……シンフリアンを渡してもいいかな?」
切実な瞳で確認をしてきた。
「もちろん。私も渡して……いいかしら」
「当たりまえだろ。やった! やったー!」
一拍置いて喜びを爆発させたレギウス。リリアに駆け寄ると抱き上げたままくるりと一回転した。狭い店内でリリアのドレスの裾が広がる。それを器用に魔法石にぶつけないように回してから、レギウスがリリアを見上げてきた。
「それって、OKってことでいいんだよね。俺の気持ち、リリアは受け取ってくれるんだよね!」
リリアも問い返す。
「それは、私のセリフよ。こんな年上のおばさんで良いの? レギウスだったらもっと若くて可愛い子が一杯……」
その言葉は途中で消えた。レギウスの唇がみなまで言わせてくれなかったから。
「俺はリリアが好き。リリアだけだ」
「レギウス……」
「ちゃんと言って。リリアも。俺のこと好き?」
レギウスの腕の中。真っ直ぐな曇り無き蒼の瞳を見下ろしながら、なんて美しいのだろうとリリアは思った。この瞳にふさわしい女性になりたい。
そう切望する心は、もう、素直になるしかなかった。
「好き。私、レギウスのこと好きよ。本当はずっと前から好きだったの。でも、言えなかった。私の方がずっと年上で姉のような存在でしかないと思っていたから。それから……」
「リリアの馬鹿。俺のことを一番良く知っているのに、俺のことを全然わかっていない。俺は出会った時からずっとリリアのことが好きだったよ」
店の中に再び静寂が訪れる。
夜の帳が下りた途端に一気に暗くなる店内。
だが、ぴったりと寄り添った二人が、互いの存在を疑うことは無い。
アウラの四十五個のシンフリアンがキラキラと輝き出した。
まるで二人を祝福するかのように。
淡いピンクの光が壁に写し出すのは重なり合う長い影。
恋人たちの甘い口づけは続く―――
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