レギウスの誕生日

第8話 リリアの物思い

 今日はレギウスを一人お店当番にして、リリアは料理をしていた。


 甘みを抑えた手作りケーキ。レギウスの好きな若鶏のハーブ焼き。カボチャのスープ。ちょっと奮発して色々用意している。

 それから……読書好きな彼に装丁の美しい異国の本。顔なじみの古本屋で見つけたから、たくさんおまけをしてもらってなんとか買うことができた。


 この国には、『雪の季節』『芽吹きの季節』『太陽の季節』『実りの季節』の四つの季節がある。

 レギウスの誕生日は芽吹きの季節から太陽の季節に移り変わるちょうど真ん中。


 花と緑が溢れる爽やかな季節だ。


 そう、今日はレギウスの誕生日。


 何を隠そう、お店が一番売り上げの伸びる日でもある。


 レギウスは近所でも有名な美青年に成長したので、歳頃の娘さんたちに大人気。

 誕生日には、お店に魔法石アクセサリーを買いがてら、誕生日のプレゼントやメッセージを伝えにくる女の子達がたくさんやってくるのだ。

 いつもは古びて寂れていまいちオシャレに見えない店内が、急に華やいだようになる。


 当のレギウスは照れて固い顔になっているけれど。


 レギウスがモテることを、リリアは純粋に嬉しく思っている。


 そりゃ、私にとってレギウスは大切な存在だし、魔法石鑑定の相棒でもあるし、家族でもあるけれど……だからと言って彼の恋を邪魔したくない。

 

 だって、私は彼より十歳も年上。本当ならもうすぐ三十歳よ。

 そんなおばさん、レギウスが恋愛対象として見ているわけないじゃない。

 慕ってくれているし大切に思ってくれているのはわかっているけれど、それは大切な家族と同じ感覚のはず。


 これ以上は望んじゃいけない。そんなの贅沢過ぎるもの。


 そう思っているから、気にしていないはずだけれど……

 やっぱり、可愛いくて若い女の子達に囲まれているレギウスを見るのは、ちょっと妬けてしまう。


 だから、こんなところに隠れているのだ。


 まあ、この八年間、私はずっと二十一歳のままだから。

 見た目は他の女の子達に負けていないはずなんだけど。


 それはリリアにとって嬉しいことで、もしかしてレギウスとの恋のチャンスが生まれるかもしれないなんて、ワクワクする気持ちが無いわけでもない。


 でも……


 もしこのまま、私が永遠に二十一歳を繰り返し続けるのだとしたら、レギウスはいつか、私の目の前からいなくなってしまう。

 

 それを考えると、リリアはとても悲しくなる。


 だったら、今のまま深入りしない方がいい―――



「リリア、お店混んでるから手伝ってよ」

「ごめんね。今忙しいの」


 レギウスは不満そうに声を掛けてきたが、テーブルに用意されたハーブ焼きを見て、コロリと表情が変わった。


「一つもらい」

 パクリとつまみ食い。もぐもぐと口を動かしながら、更にもう一つ手に持って大人しく店へと戻って行った。


 その背を、複雑な思いで見送るリリア。



 この『二十一歳を繰り返す』現象に気づいたきっかけは、本当に些細な違和感だった。


 朝目覚めた時に感じた、何とも言えない不安定な感覚。

 自分の体と心がしっくりと合っていないような、不思議な気持ちになって、リリアは首を傾げながら起き上がった。


『今日で私も二十一』


 そう呟いた瞬間、何かが違うと気づく。


 あれ? 私本当に二十一歳だったっけ? 昨日までが二十一歳だったはずで、今日からは二十二歳よね。もう、うっかりしちゃった。


 自分で自分にツッコミながら立ち上がろうとして、指先にピリリとした痛みを感じた。


 あれ? そう言えば私、昨日お魚をさばいていて指にケガしたんだったわ。


 ん? 違う、昨日はミートパイだった。魚をさばくことなんてめったに無いじゃない。

 新鮮な魚なんて、魔法石アクセサリーの料金の代わりに一年前にもらったっきり。


 一年前だわ。


 なんだろう? 記憶が混ぜこぜ。


 そうじゃ無いわ。昨日なんで指に怪我したんだっけ?


 思い出せなかった。


 気になっていたが、朝一番にレギウスが赤い顔をしながら差し出した一輪の水仙ナルキッソスを見た瞬間、忘れてしまった。


『リリア、お誕生日おめでとう』


 十三歳になっていたレギウスは、時々荷卸の仕事などを手伝ってリリアの店を支えてくれていた。だからこれは、レギウスが稼いだお金で買ってくれた尊いプレゼント。


 リリアの誕生日は雪の時期だったから、生花はとても貴重な物だった。


 嬉しくて、心が温かくなって、レギウスをぎゅっと抱きしめた。

 

 真っ赤なレギウスが、更に真っ赤になって可愛かったなぁ。


 その水仙ナルキッソスは、今も大切に日記の間に挟んで押し花にしてある。


 

 結局、黒い石に取り込まれることもなく一日が過ぎ、リリアは違和感のことを忘れてしまっていた。


 だが、一年後。同じ違和感を感じて朝起きた。


 デジャブ?


 リリアは不思議に思いながらも、レギウスがくれた綺麗な小物入れに喜んで、またうやむやになった。


 

 そのまた一年後。流石のリリアも真剣に考えるようになった。


 なぜか誕生日になると、体に違和感を感じる。そして同じく指が痛む。記憶が錯綜する。


 もしかして、私二十一歳の誕生日に戻っているのかしら?


 注意深く周りを見回してみても、部屋の様子に変化は無い。

 レギウスはどんどん背が伸びていて……


 私の違和感以外は、何もおかしなことは無いのよね。

 ということは、私一人が二十一歳の誕生日に戻っているってこと?


 その後リリアは毎年の誕生日に、注意深く自分自身を観察するようになった。


 何年も繰り返すことによって、ようやく気付いた。


 やっぱり私だけ、二十一歳を繰り返しているんだわ……


 でも、なぜ?

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