第7話 魂を癒すと言うこと
リリアの紡ぐ癒しの言の葉から次々と光が溢れ出す。
だが、負けじと襲い掛かるセシリアの火炎と激しくぶつかり合い、火花が四方に飛び散った。
怨念の力が強すぎて、リリアの光はじりじりと後ずさる。
ここで負けたら終わりだから……
レギウスの顔が心を過った。糸の向こうでヤキモキしながらリリアを見守ってくれている。いつ糸を引こうかと力を入れ過ぎて、その指先が白くなっているのが伝わってきた。
私には支えてくれる人がいる。
だから、大丈夫!
『お願い、セシリア。本当のあなたを取り戻して!』
レギウスの思いと共に、リリアはありったけの力でセシリアの炎を包み込んで行った―――
『……クヤ……シイ……モウスコシ……ダッタノ……ニ』
ひときわ高く放たれた断末魔の呻きが、辺りを震わす。
暴れまくっていた紅色の炎が徐々に子どもの姿を映し出してゆく。リリアの目の前に、しくしくと泣いている少女が現れた。
先ほどまでの復讐に身を焦がした女性は、もういない。
教育係の女性から厳しいダメ出しをされ、鞭で叩かれて泣いている少女。
『セシリア。本当は遊びたかったのに、我慢して一生懸命に学んでいたんですね。それなのに、誰も褒めてくれない。ダメ出しばかりされて。それでも歯を食いしばって泣きながら、こうやって頑張っていたんですね』
涙のあふれる瞳をこちらに向けた少女は、コクリと頷いた。
リリアの言の葉は、今度は温かい光で少女を抱きしめる。その頭を優しく撫で続けた。
『頑張ったね』
泣いていた少女の涙が止まり、もぞりと動いてリリアを見上げた。
『あなただけよ。私のこと、頑張ったって褒めてくれたの』
ニコリと笑った顔が、ゆっくりと光の中に透けていく。
『ああ、ようやく自由になれる』
『そうよ、セシリア。あなたはもう、自由』
『ありがとう……』
セシリアの最後は、笑顔だった―――
ほうっと力を抜いたリリアに、レギウスの声が届く。
『リリア、お疲れ様。でも後少し、こちらに戻ってくるまでは力を抜かないで』
『レギウス』
『ん?』
『ありがとう』
今回もレギウスがいなかったら果たせなかったわ。
一緒に居てくれて。助けてくれて。私の気持ちを優先してくれて……ありがとう。
言葉にし尽せないほどの感謝を込めて糸に伝えた。
この糸はいつも、温かくて心強い。
セシリアの言っていたことは本当だわ。
レギウスにこんなに大切にしてもらっている私は、彼女の孤独や悲しみを半分も分ってあげられていないのだろう。
魔法石店に戻ってパチリと目を開けたリリアを、レギウスが抱き留めてくれた。
「今回はとても大きな思念だったわ」
そう呟いたリリアの体はもうくたくた。レギウスが支えてくれなければ
「相変わらず無茶ばかりする。でも、リリアらしい」
「レギウス、心配かけてごめんね」
『しょうがないなぁ』という笑みを浮かべたレギウスは、ひょいっとリリアを抱き上げた。
「疲れただろう。夕食まで少し休んで」
八年前は泣きながら抱きついてきたレギウス。今はもう、少年の面差しは残っていない。細くても骨太で力強い腕に抱き上げられて、リリアの心臓が一気にうるさくなった。
静かにベッドに下ろすと、赤くなったリリアの手を取る。
「
家庭用治癒魔法をかけてくれたが、怨念が強すぎて効かなかった。
「俺の力じゃ無理だ……」
「ううん、痛みが引いたわ。ありがとう」
「せめて……」
そう言うと、ベッドの横に腰を下ろしてリリアの右手をその両手で包み込んだ。
「レギウスの手、こんなに大きかったんだね」
「まあな」
照れくさそうに笑う。
「温かくて気持ちいい」
「良かった」
急に真剣な顔になってレギウスがポツリと呟いた。
「セシリアさん、喜んでいたね」
「え」
「やっぱりリリアは凄いよ」
「どうしたの。そんなこと無いわよ」
「いや、凄い。俺はただ事実を積み重ねて推理しただけで、彼女の目的は恨みを晴らすことだと決めつけた。でも、本当の願いは違った。ただ、『頑張ったね』って褒めてもらいたかったんだね。誰かに認めてもらいたかったんだ」
落ち込んでいる様子のレギウスに左手を伸ばす。
「ううん。レギウスの推理は間違っていないわ。セシリアさんが考えていたのは復讐だけだったと思う。ただ、私がそれを納得できなかっただけ。復讐が彼女の本当の願いなのかなって。彼女がもし王家を破滅に導いて溜飲を下げたとしても、やっぱり癒されないんじゃないかって気がしたのよ。彼女、本来はとても優しい人で、人を陥れることなんて考えない人だわ。そんな人が自らの手で復讐をして誰かを不幸にしたら、今度は自分で自分を呪うことになりそうで。だから、それを阻止したかったってほうが正しいのかな」
リリアの左手に頬を預けながら、レギウスが言った。
「きっとリリアが最後まで彼女を信じていたから、彼女もリリアに心を許したんだと思う」
「そんな立派なことじゃないわよ。でも……そう言ってもらえて嬉しい」
二人の瞳が重なる。
誰かに認められて必要とされることって、やっぱり嬉しいことよね。
だったら、私もちゃんとレギウスに、言葉でそれを伝えないといけないわね。
愛おし気にレギウスを見つめながら、リリアも素直になった。
「でも、それもこれも、レギウスが私を信じて支えてくれているからだよ。だから、これからもずっと一緒に魔法石鑑定をしてね」
レギウスの瞳がパアっと輝く。
「俺、役にたってる?」
「物凄く。こーんなにたくさん」
リリアは両手を使って表現しようとして、包み込んでくれているレギウスの両手もろとも大きく広げ動かした。
驚いてバランスを崩したレギウスがリリアの上に落ちてくる。
柔らかなリリアの胸にぶつかりそうになって、レギウスがギリギリで踏ん張り耐えた。
真っ赤になった二人。
「あ、あの……ごめんね」
「いや、その……」
視線を逸らしながら、それでもはっきりとレギウスが宣言した。
「ずっとリリアの傍にいるから。もう、この決定は覆せないんだからな」
連絡を受けてやってきたエスクード公爵夫人に、リリアは浄化の終わったエリュテイアを差し出した。
見つめる夫人の瞳には、浄化前と浄化後の石の変化は読み取れないようだ。
でも、ふわりと優しい顔になった。
「わたくしにはよくわからないのですが、でも、この魔法石の持つ雰囲気がなんとなく変わりました。今までは孤高の美しさを湛えていましたが、今は温かい優しさで満たされている気がします。最初は、このブローチを娘に返すのが怖かったのですが……でもこの石なら大丈夫な気がします。もう一度、娘に贈ろうと思います。そして大切にします」
エリュテイア本来の力は、女性の魅力を高めること。
娘のルシアは憑き物が落ちた様に穏やかになり、母親と同じような優しい女性に成長していく。やがて、そんな女性を求めていた第二王子の目に留まり、愛されて王家に嫁ぐことになるのは、これから少し先の話―――
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