第25話 記憶の真偽

『レギウス、どう思う? 私、全然わからなくて』

 

 リリアの問いかけに、レギウスも困惑した声。


『俺も全然わからない。でも、もしかしたらエレノアさんもなかなか子どもが授からなくて、苦労した末にさんを授かったのかもしれないね。だから、あんなに大切に育てていたんじゃないかな』

『きっとそうね。それなのに、大切なさんが出産で命を落としてしまった。だからエレノアさん、悲しかったんだわ』


 レギウスがしんみりと言う。


『出産って、とても大変なんだな。正に命がけ』

『本当にそうね』

 

 そんなリリア達の思いには関係なく、目の前の情景は進んでいく。

 青ざめて泣いていたエレノアの元に、伴侶であるアンゲロス伯爵らしき人物が現れた。


「エレノア、辛いのはわかるけれど、いつまでも悲しんでいたら体に悪いよ」

「申し訳ございませんでした。今度こそテオドール様のお子を」


 そんなエレノアをテオドール・アンゲロス伯爵は優しく抱きしめた。



『テオドール様が優しい方で良かった。ちょっと安心したわ』

『そうだな』


 リリアとレギウスがほっとしたのも束の間、唐突に違う場面が現れる。



 エレノアは赤ちゃんを抱きしめていた。だがここでまた、リリアは違和感を感じる。


『レギウス、あの赤ちゃんの顔、さっきのさんでは無い気がする』

『うーん、俺からだと良く見えない。赤子なんてみんな似た様に見えちゃうよ』

『確かに、レギウスからだと良く見えないかもしれないわね』

『でも、リリアは違うって思ったんだね』

『うん。何かが違うの。でも……エレノアさんは気づいていないみたい。気づいているような感情は流れて来ないから。やっぱり気のせいなのかしら?』


 その後も、目まぐるしく変わりゆく情景。


 エレノアが女の子と遊んでいるシーン。抱きしめているシーン。

 その直ぐ後に、エレノアが男の子と遊んでいるシーン。抱きしめているシーン。


『あら? エレノアさんのお子さんって男の子だったのかしら? でも、そうすると出産で亡くなった娘さんって、エレノアさんの子じゃないってこと? それとも男の子と女の子が居たってことなのかしら? もう、やっぱりわけわからない。こんなこと初めてだわ』


 お手上げ状態で呟いたリリアに、レギウスが思いがけない考え方を伝えてきた。


『もしかしたら……記憶の混乱、あるいはすり替えみたいなことが起こっているのかもしれない。無意識なのか、意図的なのかはわからないけれど』


『記憶のすり替えですって!』


 その言葉に驚いたが、なるほど、言われてみればそう言うこともあり得ると今更ながら気づいたのだった。


 リリアはいつも、魔法石の中に潜りこんで、石の主の記憶を垣間見て鑑定士してきた。

 その根底には、自分が記憶に干渉できない分、見せられた記憶は改竄されていないと言う思い込みがあった。


 でも、人の記憶なんてものは、時に自分の都合の良い方へと捻じ曲がることがある。あまりにも辛い記憶は自分にとって都合の良い解釈をして、気持ちを落ち着けようとするし、良い思い出も時が立てば普通の思い出と変わらなくなって数多の記憶の中に埋もれてしまったりする。

 同じ出来事も、見る角度を変えれば違う意味を持つようになる。


 これほどあてにならないモノも無かったのだと、改めて愕然としたのだ。


『もしそうだとしたら……エレノアさんの記憶の中には、男の子を育てた記憶と、女の子を育てた記憶があるってことね。でもそのどちらかは、現実では起こっていない』


『……かもしれないってことだけで、確証は無いんだけれど』


 

 二人が推理し合う間も、留まることなく景色が切り替わった。


 今度は汗だくのエレノアがベッドの上で苦しんでいる。次の瞬間、赤子の元気な声が部屋に響いた。

 どうやら、出産の時の記憶のようだった。


 ほうっと安堵のため息を吐くエレノア。


 疲れ切っていたが、生まれた我が子の顔を見たくて目を開けた。だが、赤子は直ぐに別室に連れて行かれてしまった。か細い声で抗議する。


「赤子の体を清めています。今しばらくお待ちください」


 出産の手伝いをしていた女性が機械的な声でそう答えた。


「元気ですよね?」

「ええ。大丈夫です」

「あの……男の子……ですか?」


 その問いかけに、一瞬言葉を詰まらせた女性。


「……はい」


 後産も終わり、全てが片づけられた頃、うつらうつらしていたエレノアの元に、玉のように美しい赤子を抱いたテオドールがやってきた。


「エレノア、お疲れ様。美しい男の子だ。がんばってくれたね。これでアンゲロス家も安泰だ」

「ああ、良かったです。本当に良かったわ」


 エレノアの喜びがリリアに伝わってくる。涙ながらに赤子に手を伸ばす彼女は、この世の幸せを一身に集めたような気持ちだった。


 そこからは文字通り、エレノアはその男の子に全愛情を注いで育てた。

 先ほどリリアが見た、男の子と遊んでいるシーン。抱きしめているシーン。


 それなのに、なぜか男の子の名前が聞こえてこない。

 まるで耳に蓋をされているかのように、男の子の名前だけ聞き取れなかった。


『レギウス、どうしても男の子の名前が聞き取れないの。そこに秘密が隠されていそうな気がするんだけれど』

『そうだね。男の子の名前は、エレノアさんにとってどんな意味を持っているんだろうね』


 その時、柔らかな響きの奥にヒンヤリとした心を封じ込めた声音が問い掛けてきた。


『何をごちゃごちゃ言ってらっしゃるの? 私の記憶を覗き込んで、あれこれ言うのは失礼ですわ』


 エレノアが再びリリアに気づいたようで、張り付けた微笑を投げつけてくる。


『ごめんなさい。でも、私はあなたの記憶を頼りにするしか方法が無くて』


 その言葉に、エレノアがふっと目を伏せた。


『記憶なんて曖昧なものに頼っていらっしゃるのね、あなたは』


 今度は挑むようにリリアに向き直る。


『記憶には願望が溢れているに決まっているじゃないですか。そうしなければ、耐えられなかったのですから。実現出来なかったからこそ、願望に固執するんですよ。私はあの子を守りたかった。それだけです』



 あの子ってどっち?


 リリアの混迷が深まる。  

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