Case 10 翠色の石 ハイルライト

第24話 貴族の嫁の責務

 翠色の石、ハイルライト。

 癒しの力に優れ、医術に携わる人々の携帯必需品の一つであり、健康に育つようにとの願いを込めて親から赤子へ贈られることも多い。


 そんなハイルライトのネックレスの鑑定に訪れたのは、アンゲロス伯爵家の嫡男オーウェンに嫁いだグレイス。今年でもう、結婚五年目となる。


 実家の母親の元へご機嫌伺いに行くと偽ってここへ来たらしい。信頼のおける侍女一人だけを連れて。目深にかぶったフードは、店に入っても取ることは無かった。


 美しかったであろう面影は、二回の流産を経験したせいで青白く痩せこけてしまっている。精神的にも肉体的にもきつい経験を繰り返したので塞ぎこんでいるようだった。


「あの……内密にこの石を鑑定していただきたいのです」


 差し出されたハイルライトは大粒で、一目で魔力の高さを感じさせた。


「実はこれは、お義母様からいただいた物で、代々アンゲロス伯爵夫人となった者が引き継いできた魔法石とのことでした。跡継ぎに恵まれ、無事出産できるように助けてくれる石だと。お義母様もこの石のお陰で、オーウェン様を無事に出産できたとおっしゃっていました。それなのに……」


 そこまで話したところで、耐えきれなくなったように泣き出した。

 リリアは慌てて後ろに回って背を撫でる。


「私は流産してばかり。なぜなのでしょう。なぜ私にはご加護が無いのでしょうか」


「それはお辛かったですね。こちらの魔法石、お預かりして鑑定してもよろしいですか」

「お願いできますか? 私、このままでは離縁されてしまいます」

「それは……」


 グレイスは今まで我慢してきた思いを吐き出すように、涙ながらに語った。


「私たち貴族にとって、家名の存続は何よりも大切なこと。そして、できれば直系の血を繋ぐことが大切なのです。私はその責任を負って、アンゲロス伯爵家へ、嫡男のオーウェン様の元へと嫁ぎました。みなさんが、一日も早いお子の誕生を望んでいるんです。それなのに、未だお役に立てず五年もの年月が経ってしまいました。これ以上は待てないと、離縁の話も出ていて。オーウェン様はお優しい方なので、今少しとみんなをなだめてくださっていますが、もう、これ以上迷惑はかけられないんです」


「そうだったんですね。それはお辛かったですね」


「だから、どうぞこの魔法石に伝えてください。次は、次こそは、跡継ぎの男の子を授けてくださいと」


 祈るように懇願するグレイスの肩が痛々しかった。



 グレイスが去った店内では、リリアとレギウスが早速鑑定の準備に入っていた。


「貴族の結婚って大変なのね。子どもは授かり物なのよ。自分たちの思い通りにいかなくて当たり前だと思うんだけれど、家名の断絶は死活問題だから悠長なことは言っていられないのでしょうね。でも……何だか女は子どもを産む道具みたいになっていて、嫌だわ」


「出産か……女の人って、大変だね」


 レギウスもしみじみと呟いた。


「二回も流産って、それだけでも悲しいはずよ。大切な命が自分の体の中で消えてしまった瞬間の喪失感なんて、もう想像もできないわ。それなのに、こんなプレッシャーまで感じていたら物凄く辛いと思う」


 今度はぷりぷりと怒り出したリリア。


「確かに、緊張や辛い気持ちは妊娠、出産に良い影響は与えないよな」


「このハイルライトは、代々アンゲロス伯爵家の血筋を守ってきてくれたみたいだけれど、なんで今回だけは助けてくれないのかしら? きっと何か事情があるはずよ。さ、今から聞いてくるわよ」

「お、おう」


 リリアの勢いに押されて、レギウスも慌てて席に着いた。


 

 

 翠色のハイルライトに手を翳してみれば、温かくて全く悪意は感じない。

 ゆっくりと意識を集中させていけば、いつの間にか貴族の屋敷の一室に辿り着いていた。


 目の前のゆりかごに、優しく子守唄を歌っている女性。

 その瞳は喜びと慈愛に満ちている。


 この女性がハイルライトの主? それともこの赤ちゃんのほうかしら?


 そう思ったところで、不意に母親が顔を上げた。


 リリアに気づいたようににっこりと笑う。


『可愛いでしょ。私の宝物。だから大切に大切に守っているの』


 そう言いながらも、その瞳に仄暗い陰が差す。気になりつつもリリアは自己紹介した。


『初めまして。私はリリアと申します。魔法石鑑定士で、お話をしに来ました。可愛い赤ちゃんですね』


 一緒に覗き込めば、赤子は無垢な笑顔をリリアにも向けてくれる。


『可愛いでしょ。だから、私はこの子を守るのよ』

 

 女性は同じことを繰り返している。やっぱり違和感を感じる。


 この女性が石の主だろうと思ったリリア。思い切って正体を確かめてみる。


『あの、貴方はもしかして……アンゲロス伯爵家の方ですか?』

『ええ、そうよ。私はエレノア。オーウェンは私の玄孫やしゃごにあたるわね』


 玄孫って言うと……どちらにしても、このハイルライトはアンゲロス伯爵家の御先祖様ってことね。

 だから、血筋を守ってくれていたんだわ。オーウェンさんのことを認識していると言うことは、きっとグレイスさんのことも。

 それなのに、どうして今回は流産が続いているのかしら?


 思い切って直接尋ねてみようと口を開きかけた時、急に情景が変化した。



 先ほどのエレノアが、若い女性にしがみ付いて泣いている。


 何度も何度も名前を呼びながら。


 何が起こったのかしら?


 見渡せば、その横で生まれたばかりの赤子を抱きながら、泣いている若い男性の姿。部屋の様子も男性の着衣も豪華な物。裕福な家に嫁いだらしいことは確かだった。


 亡くなった若い女性、さっきの赤ちゃんなのかしら?

 でも、出産で命を落としてしまったみたいね。


 そして、母親のエレノアさんが嘆き悲しんでいる。


 そっか。あれほど守ると言っていたのに、守れなかったから後悔しているんだわ。


 だから、ハイルライトになって出産の女性を見守ってきた。


 でも待って、それじゃ辻褄が合わないわ。

 やっぱり、グレイスさんが流産を繰り返している理由は直接聞いてみないとわからないわね。


 再び口を開こうとしたリリアの目の前が、またもや変化していく。



 今度は若かりしエレノアの姿のようだ。お腹を押さえながら泣いている。


 その顔色がグレイスと重なった。


 もしかして……エレノアさんも流産を経験しているのかもしれない。

 だったら、猶更。


 なぜ?

 なぜ、グレイスさんの出産を助けてくれないのかしら?


 リリアは混乱したまま目の前のエレノアを見つめていた。


 目まぐるしく移り変わる記憶の断片達は、一体何を伝えようとしているのだろうか―――


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る