第23話 語られない過去
ちょっと調べたいことがあるからと、久しぶりにレギウスが『知識の館』へと出かけた直後。ユリウス皇太子とエールリック総隊長がリリアの魔法石店に滑り込んできた。
調査を依頼していた露店商について、買った人々の印象がまちまちでよくわからないこと。その時々で老婆だったり少年だったりと、意図的に変装していた可能性が高いことを伝えに来てくれたのだった。
「あの、レギウスは今留守なのですが」
「わかっていますよ」
エールリック総隊長の事務的な言葉に、リリアの背を冷たい物が走る。
そうだったわ。護衛と言う名の監視が付いているんだった。
レギウスがいないことをわかって来ている。いや、レギウスが居ない隙を狙って現れた。その意味することが何なのか。口の中がカラカラに渇いていく。
鑑定席へと座ったユリウスが笑っていない瞳のまま問いかけてきた。
「ちょっと個人的な質問をしてもいいですか?」
いつもの軽い調子では無い真剣な様子に、思わずリリアも「はい」と頷いてしまう。
「あなたの相棒。もう、随分長く一緒に住んでいるようですが、きっかけはいつ頃どんな形だったのですか?」
レギウスのこと……何か疑っているのかしら?
リリアはなるべく余分なことは言わないようにと気を引き締めた。
「レギウスとは、もう十年一緒に暮らしています。出会いは雪の深い日でした。とても寒くて、お客様もほとんどいらっしゃらないので早めに店じまいしようと扉の外に出た時、店の前に倒れているレギウスを見つけたんです。衰弱していて、このままでは死んでしまうと思って、中に入れて介抱を。聞けばご両親とも亡くなって、一人になってしまったと言うことだったので、それならば行くところが見つかるまで家で暮らせばいいと言ったんです。丁度私も両親を亡くしたばかりだったので、気持ちが痛いほどわかったものですから……それからずっとです」
「彼はそれ以前は、どこに住んでいたのでしょうか?」
「実は私、あまり詳しいことを聞いていないんです。ご両親が亡くなった事情なんて、話すの辛いですよね。ましてや子どもの口から語らせたいとは思わなくて。でも、レギウスの話によると、自然豊かな場所に住んでいたようです。お父様は生まれて直ぐに亡くなったようで会ったことが無かったと。お母様と一緒に暮らしていたのだけれど、そのお母様まで亡くなってしまったので自力で王都までやって来たそうです」
「そう、ですか」
「あの……レギウスのこと、何かご心配なことがあるのですか? 確かに、私は彼の出自については詳しいことは知りません。でもこの十年、一緒に住んでいます。どれほど助けられたことか。彼はとても真面目で優しい子です。それは私が保証します。だから大丈夫です」
ユリウス皇太子の瞳が少しだけ和らいだ。
「やはりあなたは優しい人だ。……あなたを信じましょう」
そう言ってからも、まだ聞き足りないように質問を付け加えてきた。
「彼は……母親のことは何か言っていましたか?」
「とてもお父様を愛していらしたと。いつもお父様のことを話して聞かせてくれたと言っていました。彼は十歳まで愛されて育ってきたんだと思います。だからレギウスへの疑念は無用ですわ」
「父親のことは何と?」
「それ以上のことは何も聞いていなくて。ごめんなさい」
その言葉に曖昧に微笑んだユリウスは、自分を納得させるように静かに、「そのようですね」と呟いた。それから、真っ直ぐに見つめ続けているリリアに、ふわっと笑い返してきた。安心させるように。
「リリア嬢。ご不快な思いをさせてしまいました。あなたが謝ることはありません。だた私の立場上、常に万が一を考えてしまうので。お許しください」
「そんな……ユリウス様の立場でしたら当たり前のことですわ」
「でももし、何か他にも思い出したことがあれば教えてください。どんな些細なことでも。約束してくださいね」
「わ、わかりました」
いつものような軽口が飛び出さないことに、リリアは不安を拭い去れないまま頷いた。
そう言えば、今まで気にしたことが無かったわ。レギウスの出自なんて。
リリアにとっては家族で、もうかけがいの無い存在になっていたから、気にする必要なんて無かったのだ。
でも、言われてみればどこの誰ともわからない存在だ。子どもだからと思って油断していたら、危険なことだってあったはず。そうならなかったのは、やはりレギウスだったからなのだとしみじみ思った。
その昔、色々な領主国が集まってできたヴァンドール王国では、金髪や銀髪、明るい茶色の髪を持つ人々が混ざりあっている。瞳の色も、蒼、碧、琥珀と様々だ。だから、銀髪に蒼い瞳のレギウスがヴァンドール王国出身と言うことは、疑う余地は無いだろう。
ユリウス様は、一体何を心配していらしたのかしら?
まあ、国の安全を守るお立場なら、どんな些細なことも確信してからでないと進めることができないだけなのかもしれない。
そんなことを思いながら、リリアはユリウスを見つめていた。
そのことに気づいたユリウス。ようやくいつもの調子が戻ってきた。
「おや、そんなに見つめてくれるとは。リリア嬢。私の魅力に気づいていただけましたか? 顔良し、性格良し、家柄良し、その上一途ですからね。損はさせませんよ」
「ユリウス皇太子、まるで売り子のようなセリフ。一体どこで覚えてくるのですか?」
返す言葉を思いつかずに目をパチクリさせているリリアの代わりに、エールリック総隊長が強面でツッコミを入れた。
「これくらい知っていて当たり前。それは師匠の教えではありませんでしたか。困るなぁ。そんなに簡単にボケられては」
ユリウスの毒舌にニヤリと口の端を引き上げたエールリック。
「次の稽古が楽しみになりました」
「げげっ」
それはレギウスと変わらない普通の青年の姿だった。
ユリウス様もまだまだお若い。それなのに、皇太子としてのお立場もあって大変なのでしょうね。
リリアはいつの間にか姉のような気持ちになって二人の掛け合いを眺めている。
レギウスへの心配、少しは払拭できたみたいで良かったわ。
ホッと胸を撫でおろした。
それからしばらくして帰ってきたレギウス。フンフンと鼻を鳴らして何かに気づいたようだ。
「リリア、危険な男が訪ねて来なかったか?」
「あ、エールリック総隊長のことかしら」
その言葉に、何か言い掛けたレギウス。続く言葉は飲み込んで、必要なことだけ聞いてきた。
「例の露店商のことだろう?」
「ええ」
エールリック総隊長からの報告は、レギウスの想定内だったらしい。
「やっぱりな」
そう言いながら、扉へ殺菌魔法を放つ。
今回は一回だけだったので、リリアはクスクス笑いながら放っておいた。
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