第33話 鑑定で大切なこと

「リリア! 目を開けてくれ!」


 悲痛な声で呼び掛けるレギウスに、リリアはうっすらと笑い掛けた。


「良かった……」


 きつくきつく抱きしめられて、リリアも涙が溢れてくる。


「レギウスの胸、温かい。戻ってこれたのはレギウスのお陰だよ。ありがとう」


 顔を埋めながら、生きて帰って来れた喜びを噛みしめた。

 ひとしきり泣き終わってから、レギウスの顔を見上げれば、落ちくぼんだ目元に青白い顔。その消耗ぶりは想像以上だった。


 今度はリリアがレギウスの頭を掻き抱く。


 「レギウス、こんなにやつれて。ごめんね。ありがとう」


 ようやくほっとしたように力を抜いたレギウスが、そのままリリアに倒れ込んだ。

 リリアの膝枕でゴロリと横たえる。ぐったりとして腕も足も床に投げだした。


「ありがとう」


 もう一度そう声を掛けると、優しく口づけた。

 ここがどこかとか、誰に見られているかなんて、もうどうでもいいと思った。

 

 生きてまた会えた。その幸せは今伝え合わなければ!



 ようやく少し落ち着いて周りを見渡せば、セレスト鑑定士長もアレス鑑定士も、床にぶっ倒れていたが、意識は回復しているようだ。しばらくしてゆっくりと起き上がると、リリアとレギウスに、感謝の視線を向けてきた。


「なんとか浄化できた……のでしょうか?」


 リリアの問いかけに、二人が深く頷く。


「一時はどうなることかと思ったが、あなたは見事に浄化してくれました。感謝します」


 セレスト鑑定士長からそう深く礼を述べられて、リリアはようやくこのアズライルムの浄化が終わったと言う実感が湧いてきた。


「なんだか夢中で、最後の方はあまり良く覚えていないんです。ただ、兎に角あの記憶の欠片だけでも癒したいと必死でした」


「きっと、あなたのその心が石の主に伝わったのでしょう。傷つききった心に、貴方の優しさが安心をもたらしてくれたのだと思いますよ」


 アレスもそう言って称えてくれた。


「それもこれも、セレスト様とアレス様が全力で支えてくださったおかげです。ありがとうございました」


 そう言うリリアへ、初めて笑顔を見せたセレスト鑑定士長。威厳あるいかめしい顔が急にくしゃっとなって、笑うと案外人の良いおじさんに見えた。

 

「ははは。では、レギウス殿も含めた我々四人が力を合わせた成果と言うことでよいかな。アレスもあの悪意の中で、よくぞ始まりの欠片を見つける事ができたな。素晴らしいことだ。ご苦労だったな」

 

 そう言って弟子にも労いの言葉をかけた。

 アレスの顔が嬉しそうに輝く。


 リリアは少し考えるように黙ってから、ぽつりぽつりと語り始めた。


「このアズライルムの主は、生前は熱意あふれる研究者でした。でも、碧眼の師匠に疎まれ、多くの人から誹謗中傷を受けて心を壊してしまいました」


「だから、碧眼と言うトリガーによって、悪意を集めてしまうと言う悪循環に陥っていたのですね」


 合点がいったように頷くセレスト。聞き入るアレス。

 そんな二人に、リリアはアルガンの本当の気持ちを伝えなければと言う思いにかられた。もう、彼を誰からも誤解させたくないから。


「でも、石の主、アルガンさんはとても強くて優しい人でした。あれだけの悪意を引き寄ていたにも関わず、この石が暴走せずに済んだのは、彼が必死で私たちを守ってくれていたからなんです。彼はいつも誤解されて辛い思いをしてきましたけれど、優しさを失ってはいなかったんです。だから、今度こそ彼の気持ちを大切にしたいと思って、感謝の気持ちを伝えました。そうしたら記憶の欠片がすーっと光り始めて」


「なるほど。悪意を集めている石だから石の主が悪の親玉と言う訳では無い。本当はその悪意を暴走させないように耐え忍んでいた強い心の持ち主だったと言うわけか。その真実を見抜く目と、本当に癒すべき事柄を見誤らないこと、石の主を信じること、鑑定においては、そのどれもが大切なことなのだろうな」

 

 セレストは立ち上がると徐にアズライルムに手を伸ばす。掌に乗せてリリアの元へとやって来た。


「リリア殿、これを見てください。色が変化している」


 セレスト鑑定士長の言葉に、リリアは改めてアズライルムに目を向けた。


 澄んだ青空のようだった碧色が、ややピンク味が強い紫色に変化している。


「確かに、色が変化していますね。と言う事は?」


「おそらく、石の主が碧色に対する呪縛を自ら克服できたのだと思います」


 セレストが柔らかな声で説明してくれた。


「きっとそなたが彼を信じたから。そなたの癒しの光が、かの者を支え勇気づけたから、石の主自らが闘う力を得たのでしょう。今回の浄化の成功はひとえに、そなたの相手を信じる心の強さにあったのだと思う。本当にありがとう」


「そんな……そう言っていただけて嬉しいです」


 リリアは感極まってまた涙が溢れた。

 

「いやはや、そなたは大した鑑定士だ。ユリウス様が手放しで褒められていたわけがわかりましたよ」


 セレストがそう言って嬉しそうに目を細める。


「え! ユリウス様がなんと?」

「大変褒めていらっしゃいました。とても心優しく強い鑑定士で、頼りになると。ついでに美人だとも」


 そう言って、また、わっはっはと笑った。


 真っ赤になったリリア。恐縮してぺこぺこと頭を下げた。


 またレギウスが眉間に皺を寄せているだろうと目を戻せば、いつの間にかすうすうと寝息をたてている。


 今の話、聞いていなくて良かったわ。


 思わずクスリと笑ってから、愛おし気にレギウスの髪を撫でた。

 どれほどの魔力を使ってくれていたのかと、感謝と申し訳なさでいっぱいになる。


 私が相手を心から信じることができるのは、全部レギウスのお陰だわ。


 リリアはそう思っている。


 レギウスが私を信じて全力で助けてくれる。だから、私も目の前の人を信じる力を失わずにいられるのだから―――


 彼の寝顔を心行くまで眺めようと静かに頭を抱え直した。

 美しい白い肌、柔らかな銀の髪。筋の通った鼻筋に長い睫毛。そして、男性にしては赤味のある柔らかな唇。見ているだけで癒される。


 そんなリリアの楽しみに頓着無く、セレスト鑑定士長は若干興奮したように熱く語り続けている。


「私たちが鑑定している石の主は、あまたの苦難に晒されて傷ついているもの。その悲しみや悔しさに気づくことが、石の浄化の早道になるが、それに気づくことが一番難しい。人の心ほど、読むのが難しいことはありませんからね。私も宮廷鑑定士長などどいうありがたいお役目をいただいてるが、まだまだ分からないことばかり。弟子のアレスは穏やかな性格で、私も学ぶことがたくさんなのです。リリア殿、これからも時々遊びに来てください。大いに鑑定の難しさについて、議論しましょう!」


「あ、はあ。もったい無いお言葉、ありがとうございます」


 辛うじてそう言ったものの、恐れ多くて、しばらくは御免こうむりたいと思うのだった。


 でも、切磋琢磨している師匠と弟子の姿に、ふと、バルミーリエとアルガンの姿が重なった。彼らもこんな関係を築けていたら良かったのにと。


 そうすれば、あんな悲劇も防げただろうにと残念に思うのだった。


 


 

 


 

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