Case 12 無色透明の石 ユーラティオン
第37話 一番近くにあった魔法石
無色透明の石、ユーラティオン。
永遠を誓うと言う意味を持つこの魔法石は、大切な約束の時、結婚の時などに贈り合うことで強い絆を結んでくれると言われている。
「驚かないの?」
差し出したユーラティオンを見てもたいして驚いたような顔を見せないリリアに、レギウスが不思議そうに尋ねた。
「驚いているわよ。でも、納得もしているの」
「納得?」
「ええ、レギウスの持つ莫大な魔力量の理由が、きっとこの石を鑑定すればわかるんじゃないかって言う、予感みたいなもの」
「魔力。俺に?」
「気づいて無かったの。あなたには魔力がある。それもとびきりの」
「そんなこと……だって、それならあの時リリアを守れたはず。俺は魔矢の気配すら感じ取れていなかったし」
「それは、アズライルムの鑑定で、私もあなたもクタクタで魔力が失われていたからよ」
「でも、俺の魔力量なんてたかがしれて……」
「鑑定の間、私をずーっと守ってくれていたわ」
「守れていたのか?」
「そうよ。だって、私なんかよりずっとベテランのセレスト鑑定士やアレス鑑定士は、あの渦の中に囚われて出てくることができなかったのよ。でも私は、まるで私の周りだけ渦が避けているみたいに守られていた。その癒しの力はどこから? あの時私は浄化のために魔力を温存してほとんど使っていなかったのに」
「どこからって、糸からって言いたいの?」
「その通り! レギウス、この赤い糸を通してあなたからもらっていた癒しの魔力よ。あなたの魔力は癒しなのね」
「そんなはずはない。俺はリリアの傷を治せなかった」
「だから、魔力が底をついていたからって言っているでしょ。その隙を狙ってきたのよ。犯人はね」
その言葉に、ようやく納得がいったらしいレギウス。自分の手を見つめ、リリアを見つめ、最後にユーラティオンに目を移した。
「そうか……俺はこの魔法石が、ずっと俺のことを守ってくれていると思っていたんだ。魔力もここから分けてもらっているんだとばかり」
切なさと愛おしさが綯い交ぜになった瞳を向けながら、優しく撫ぜる。
「この魔法石は、あなたがずっと持っていたものなのね。きっととても大切な物で、この魔法石があなたを守ってくれていたのも確かだと思うわ」
「これは……俺の母さんの思念なんだ」
「え!」
絶句したリリア。流石に母親の思念とは思っていなかった。
一体、何があったと言うのか。
レギウスは、これまでどれほどの過去を背負って生きていたのか。
思わずレギウスを抱きしめた。
「そうだったのね」
しばらくリリアの胸に頭を預けていたが、やがて決意したように視線をあげた。
「リリア、リリアと出会う前の俺のこと、聞いてくれるか」
「もちろんよ。なんでも話して」
そうして二人は、ソファに肩を寄せ合い、手を取り合って座った。
レギウスは一瞬苦し気に一息吐いてから、ポツリポツリと過去を話し始める。
「俺はヴァンドール王国の中でも、北に位置する小さな村の片隅に住んでいたんだ。近くの街までも半日くらい歩くようなところでさ。母さんは何にも話さなかったけれど、近所のノーラおばさんの話によれば、俺の母さんは赤子の俺を抱いてこの村までやってきたらしい。それで行き倒れそうになったところを、ノーラおばさんに助けられて。その後、村はずれにある空家に住むことになったんだって。母さんの身寄りも俺の父親も、もう亡くなっていて天涯孤独って言っていたって」
「お母様、大変な苦労をされたのね」
「でも、母さんはいつも明るくて、歌が上手で針仕事も上手で。だから、お針子として仕立ての仕事を請け負ってなんとか生活していたんだよ。村の人たちも年寄りが多くて、母さんを娘のようにかわいがってくれて、俺のことは孫みたいにね。でも、そんな楽しい日々は終わってしまったんだ。母さんが殺されてしまったから……」
「お母様、殺されてしまったの! どうして?」
「……独りよがりの変態野郎に」
「……」
しばらく沈黙が続く。レギウスにとって、本当は思い出したくも無い辛い過去に違いない。
「俺は母さんを守れなかった」
拳を固めて歯を食いしばる。
「レギウス。それは仕方ないわ。あなたはまだ小さな子どもだったんだもの」
必死で頷くレギウス。自分で自分に言い聞かせるように頷き続ける。
「あの日、俺は家の近くの森に入って遊んでいたんだ。まあ、狩りの真似事みたいなことをしていて、兎を捕まえたらシチューが食べられるなんて思って。兎の罠を仕掛けていた。ようやく一匹捕まえて、意気揚々と帰ってきたら、俺の家から慌てた様子で飛び出していった男を見たんだ。何かおかしいと思って急いで飛び込んだら……」
顔を歪め叫びそうになったレギウスを咄嗟に抱きかかえる。落ち着かせるように優しい声で歌を歌い始めた。
「ああ、その歌。俺の母さんも良く歌ってくれていた。不思議と落ち着くんだよな」
「ええ、これは『ファンティーヌの子守歌』って呼ばれているけれど、本当は愛しい人へ向けた歌とも言われているわ」
「そっか……きっと母さんは父さんを忘れられなかったんだと思う。だから……その男の求婚を断ったんだ」
「求婚を断って殺されてしまったの」
「ああ。あいつも少し前から流れてこの村にやって来た奴で、いつの間にか居ついていたんだ。あいつは一目見て母さんに惚れ込んで、隙あらばよく言い寄って来ていたんだけど、母さんは笑いながら断っていた。でもあの日……あいつは無理やり母さんを……」
そこでまた、レギウスが苦し気に言葉を切る。
「いいよ。それ以上言わなくて」
抱きしめるリリアの手に力が入る。
「俺があの時家にいたら、あんなことにはならなかったのに……」
後悔で胸を掻きむしりたいのを必死で抑えている。リリアはその背を優しく撫で続けた。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したレギウスが、続きを絞り出す。
「アイツは無理やり母さんを自分のものにしようとして、抵抗されて激高したんだ。そして、首を絞めた」
「なんてこと!」
「多分、あいつも母さんを殺そうとなんて思っていなかったんだよ。ただ、自分の怒りに負けて力を籠め続けたんだと思う。そして、母さんはもう、動かなくなってしまった。慌てて出てきたあいつの焦った顔は、今も忘れられない。絶対に見つけ出して復讐してやるって思っていたんだ。でも、二日後にあいつも川で死んでいたよ」
「……」
「俺はどうしていいかわからなくて、ずっと母さんの傍にいた。毎日毎日、生きている時と同じように、母さんの口元に食事を運んで、体を拭いて……そんなことを一週間ほど続けたある日」
レギウスが手元の石を眺めた。それは傷一つ無い無色の透き通った魔法石。
透過した光は何度も屈折を繰り返してレギウスの手を輝かせている。
なんとも無垢で、癒しに満ちた魔法石だった。
「母さんの姿は無かったんだ。代わりにベッドにこの魔法石がぽつんと。それで俺は思ったんだ。これは母さんだって」
「そうだったのね。これはお母様だと思うわ。そしてずっとあなたを守ってくれていたのね」
頷くレギウス。
「俺がこの店の前でぶっ倒れていたのは、この石の魔法石鑑定をしてもらおうと思って魔法石店を探していたからだよ」
「それで王都までやってきたの?」
「まあ、王都まで来たのは別の理由もあったんだけれど……」
「別の理由?」
レギウスが声を潜めた。
「この石を鑑定してもらえばわかると思うんだけれど……俺の父親、多分エリウス王だと思う」
「!」
衝撃的な事を、さらりと言ったレギウス。
一瞬反応が凍ったリリア。でも、心の奥底では、ピースがピタリとはまったような気がした。それは、レギウスの魔力量に気づいた時、考え至った可能性と合致していたから。
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