第38話 アムネリアの想い

「なんでそんな風に思ったの?」


「母さんはほとんど身一つであの村までやって来たけど、一つだけ大切に持ち続けていた小箱があるんだ。二重底になっていて、一枚目の板を外したら……とても綺麗な模様が描かれた紙に逢引の約束が残っていて。小さく折りたたんで仕舞ってあって、きっと捨てられなかったんだと思う。それくらい、その人のことが好きだったってことは、きっと俺の父さんからの手紙なんじゃ無いかと思ったんだ」


「そうだったのね。でもそれだけでエリウス王ってことは……」

「そこには、こう書かれてあった。『愛しのアムネリア。今宵は思い出の場所で。E』と。当時の俺はそこに描かれていた模様が王家の紋章とは気づいていなかったんだけど……」

「E! 王家の紋章!」


「王家の系譜を見ていくとさ、ここ数十年の中に、『E』のつく王子は一人しかいないし、丁度時期もあっているんだよ。母さんのお針子道具の中には、高級な布の切れ端が入っていた。過去に母さんは王家の針子として努めていた時期があった証拠だと思ったんだ。当時の俺はそんなキラキラした物なんか見たことも無くて、だからこれは王様のだって単純に思ったんだよ。その考えが頭に浮かんだ時、この石がきらりと光って。だから、突拍子もない考えだけれど、俺はそれを信じた。真相を確かめたくて、王都を目指したんだ」


「それであの時……え、と言うことは!」


「ああ、ユリウスは俺の異母兄かも知れない」


 その言葉に、急にリリアが「ああ、だから」と言って笑いだした。場違いな笑いに驚いたレギウスが目を丸くする。


「何、何が可笑しいの?」

「ごめんね。だって、いつもレギウスってユリウス様につっかかるなぁって。一介の平民がなんでこんなにデカい態度で皇太子に歯向かえるのかなって不思議だったのよ。それをユリウス様も怒ることなく軽く流していて……あ!」

「それは……ん、どうしたの?」


 リリアはユリウスの訪問時の質問を思い出した。ユリウスも何かを探っていた。レギウスの出自に付いて。


 もしかして……ユリウス様も何かを知っているのかしら?


 エリウス、ユリウス、レギウス……名前の響きにも共通点があることに、リリアは確信を深める。


「急に笑ったりしてごめんね。そうね。私も信じるわ。きっとレギウスのお父様はエリウス王よ」 


「リリア……ありがとう」

「でも、きっとこのユーラティオンを鑑定すれば、お母様の過去が分ると言うことね。でも、本当に鑑定していいの? レギウスにとって知りたくない過去も出て来てしまうかもしれないのよ。私だけで鑑定しましょうか?」

「いや、いい。俺も知りたいんだ。真実を」

「そう、わかったわ。じゃあ、一緒に鑑定しましょう。そして、お母様の想いを感じましょう」


「と、かっこつけたけど……やっぱり怖いや。リリア、俺に力をくれ」

「わかったわ」


 そう言ってレギウスに口づける。


「例え何があっても、私はレギウスの横にいる。絶対に離れないから安心して」

「ああ」



 改めて鑑定席につく。二人の小指にはいつもの赤い糸。

 瞳を合わせ、頷き合う。


「行ってくるわね」

「よろしくお願いします」


 リリアは満面の笑みを浮かべると、ユーラティオンの上へ手を翳した。



 それはとても不思議な感覚だった。

 まるで今までもずっと一緒にいたような、とても懐かしい気持ちになる。


 私、この魔法石に会ったことがあるのかしら?

 レギウスが肌身離さず持っていたわけだから、ずっとそばにあったことは確かなんだけれど、でもなんだろう? もっともっと身近な。自分の体の一部のような感じ。

 この感覚はなぜなのかしら?


 その時、目の前に美しい銀髪の女性が現れた。清らかな歌声が辺りを癒す。


 あ! これ。夢の中で見ていた光景。

 胸を撃たれて死にかけた時、この夢を見た後に私は二十一歳に戻ることができて、命を取り留めることができたんだわ。


 と言うことは……もしかして、私が二十一歳を繰り返しているのは、このユーラティオンのせいだったと言うこと?


 目の前の女性がリリアに気づく。そしていたずらがバレた時のように、ちょっと罰の悪そうな顔で「ふふふっ」と可愛らしく笑った。


 その笑顔がレギウスと重なる。


 ああ、そっくり。やっぱりレギウスはお母様似なのね。



『初めまして。ううん、初めましてじゃきっとありませんね。私をいつも助けてくれて、命を救ってくれてありがとうございました。私は魔法石鑑定士のリリアです。レギウスのお母様、アムネリアさんですよね?』


『ええ、いつもレギウスがお世話になっています。それだけじゃないわね。レギウスを育ててくれて、本当にありがとう』


 そう言って、もう一度「ふふふっ」と笑った。あまりにも明るいその笑顔に、リリアの心も溶かされていく。


 この癒しの力が、レギウスの力に受け継がれているのかしら?

 そんなことを思う。


『私のこと、知りたいのでしょう。私も知って欲しかったの。ずっと。でも、それでレギウスの身を危うくしてしまったらと思うと、怖かった。でも、今なら……話しても大丈夫な気がするわ。だって、リリアさんがあの子を守ってくれると信じられるから』

『大丈夫です。何があっても、私がレギウスを守ります!』


 勢い込んで宣言するリリアを温かい瞳で包み込むアムネリア。


『そんなに肩に力を入れなくていいのよ。ただ、あの子の傍にいてくれるだけでいいの。それだけで救われるのだから』

『あ、はい。それは私も同じだからわかります。レギウスが傍にいてくれるだけで、私は幸せだから』


 満足そうに頷くとアムネリアは空を仰いで呼びかけた。


『レギウス。そこで聞いているんでしょ? ごめんね。一人にして。ごめんね。真実を話してあげられなくて。いっぱい悲しい思いさせちゃって、ごめんね』


『母さん……』


『でも、私をここに連れて来てくれてありがとう。頼ってくれて、祈ってくれてありがとう。凄く嬉しかったの。私もあなたのこと大好きよ』


『母さん……俺も、母さんのこと大好きだよ。会いたかった』


 声を詰まらせながら呟くレギウスの声は、残念ながらアムネリアに直接聞こえることは無いだろう。リリアは自分が伝えなければと口を開く。


『アムネリアさん、レギウスが泣きながらお母様のこと、大好きだって言っています。そして、会いたかったと』


『あ、リリア、泣きながらは余計だよ』

『だって、本当のことでしょ』


 言い合う二人の様子が伝わったようで、アムネリアがまた嬉しそうに「ふふふっ」と笑った。


 本当に笑顔が温かい女性だとリリアは思った。 


『二人とも、ありがとう。これから、私のことをお話します。レギウスの父親である、エリウス様との出会いと別れについて。それは、とても幸せな日々だったこと。それなのに、なぜエリウス様にあなたのことを告げることなく私がおそばを離れたのかと言うことも、包み隠さずお話するわ。勝手なことばかり言っているって、怒るかも知れないわね。そのせいで苦労ばかりさせてしまったし。ごめんね。でも……愛しているわ』


 そう言うと、アムネリアは自分の胸に手を当てた。


 リリアの目の前に、彼女の過去が鮮やかな映像として流れ出した―――


 



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