第25話 ジェラルドとの出会い

「……お初にお目にかかりますわ、ジェラルド様。私はヨハネス様の婚約者、ライラ・ヴィルヘルムですわ」

「あ、あー……うん、僕はジェラルドだ。よろしく」


 ヨハンが手を離してくれなかったので、もう何がなんだか分からない態勢で挨拶をした。


 フィデス王国の第一王子であるジェラルドもまた、いかにもな王子様だ。緑がかった銀髪で、エメラルドグリーンの瞳。見かけだけは儚げだけれど、なかなかに癖のあるタイプだ。


 半年間の交換留学生だから、学園祭前に国に帰ることになる。ヨハンのルートを見た限り、学園祭の後に秘密の花園でメルルと結ばれるのが全キャラクター固定のシナリオのはず。

 その時点では既にいないからこその、サブキャラクターだったのだろう。


「やぁジェラルド、昨日ぶり。僕たちは恋人たちの浮かれた空気を味わうのに忙しいんだけど、どうかしたか」

「いや……何をしているのかなと思ってさ」

「私は何度か戻ろうと言ったんだが……」


 セオドアが、すまなそうにこちらを見る。


 この様子だと、そこそこ前から見ていたのかな。全然気付かなかった……。


「芝生を裸足で歩いたり、ジャンプしているんだよ」

「それは見れば分かるよ!」


 ジェラルドは、なんでこのあからさまなバカップルっぷりを見ても引き返さなかったのだろう。

 ……羨ましかったのかな。

 やはりヨハンと同じ王太子。窮屈な日常を過ごす中で、おかしなことをしてみたかったのかもしれない。


 ……そういえば、セオドアから頼まれていたわね。ジェラルドと仲よくしてほしいって。


「ねぇ、ヨハン。二人も誘いましょうよ」

「えぇー、なんでそうなるの」

「楽しいことは皆でした方がいいじゃない」

「仕方ないなぁ」

「ありがとう。セオドア、こっちに来ていいわよ。ジェラルド様も、どうぞこちらへ」


 私の言葉を受けてジェラルドがこちらへ向かって歩き出し、セオドアも気まずそうな顔でついてきた。


「そういえば昨日、セオドアとも一緒に談話室に向かっていたよね。だからそんなにセオドアとも仲がいいの? 僕のこともジェラルドって呼んでよ、ライラちゃん」


 見られていたのね。……だったら来ればよかったのに。


「ライラは僕とだけ仲よくしていればいいんだよ」


 ヨハンにまた抱きしめられる。

 なんか慣れてきたかもなー、この態勢も。


「ジェラルド様とも交流を深めたいとは思ってはいますけど……先輩ですし……」


 卒業してヨハンと結婚すれば、絶対に公的な交流がある。それなりに親しくなった方がいいしセオドアにも頼まれているけれど……厄介な性格であることも、ゲームで分かってはいるのよね……。


「硬いよ、ジェラルドでいい。普通に話して。弟と差はつけないでよ」


 そう言いながら、楽しそうに靴を脱いでいる。

 ……やっぱり、やってみたかったのね。


 まぁ、セオドアと差をつけては確かに可哀想だし、学生の間くらいいいのかな。


「分かったわ、ジェラルド。よろしくね」

「ああ、ありがとう」


 ……普通の会話ね。さすがに今後も付き合いがあるし、メルル相手ほどには、はっちゃけないか。


「ジェラルド……先に言っておく。ライラは絶対にお前好みだ。二人になるな。惚れるな。肝に銘じておけ」


 むしろ、おかしなことを言っているのはヨハンの方ね。どうなっているの……。


「……僕にも婚約者は国にいるし、そんなことにはならないよ。ヨハネスって、そんな奴だっけ? 僕の知っているヨハネスじゃないんだけど」


 私の知るヨハンでもないわね……。


「一番厄介そうなのはお前だからな。強制的に排除もできないし、我慢もしなさそうだ。ライラのたった一言二言で簡単に落ちそうだから、念を押しているんだよ」

「なんだそれ……逆に気になってきたな。ライラちゃん、どんな魔法をヨハネスにかけたのさ」


 芝生を踏み踏みしながら、聞いてくる。


「私にも、さっぱり……」

「あ、でもこれを提案したのは、さすがにライラちゃんだよね。そっかいいなー、ヨハネス。婚約者がこんなに面白い子なら、惚れるよね。楽しい人生みたいで羨ましいよ。僕はあんまり婚約者と上手くいってないからさ」


 ヨハンが私の方を見る。どう答えるか私に任せるよ、という意味かな。


「でも、ライラちゃんて確か公爵令嬢だよね。何がどうしてそうなったの? 色々と気になりすぎるな。聞きたくてうずうずしてきた。ヨハネス、二人きりになっていい?」

「駄目だと言ったばかりだろう!」

「たまにはヨハネスも公務に戻るよね。僕も国ではそうだったし。ライラちゃん、探しちゃおっかなー」

「駄目だ。それならライラにはカムラをつけておく」


 ……私に了解も取らずに、何を言っているのよ。


「あー、いるよね。カムラがこの国にとられた時は、結構あちこちで話題になっていたみたいだよ。よっぽどだね。ねぇ、ライラちゃん。聞けるチャンスは今しかなさそうだし、魔法の使い方を教えてよ」


 やっぱり厄介なタイプだったわね、ジェラルド。分かってはいたけど……。

 確かに我慢もしないわね。


 さて、どうしようかな。


「しつこく聞きたくなるほど、婚約者と上手くいってないの?」

「……ああ。いがみ合っているわけじゃないけど、上辺だけの関係だ。お互いに話すのすら疲れるし面倒だと思っているはずだ。王族なんてそんなものだと、諦めてはいるつもりだったけどね」


 少しだけ苦しそうに、視線を下に向けながらそう言う。

 私たちの様子を見て、羨ましくなってしまったのね……。何か得るものがないかと、引き返さずに見ていたのかもしれない。


 セオドアも言葉は発しないけれど、気遣わしげにジェラルドを見ている。思うところがあるのだろう。


 上辺だけの関係か……。

 国へ戻ったら、前世での私と夫のような関係を、ずっとジェラルドはお相手の子と続けていかなければならないのかしら……。


 王太子の仕事も大変なのに……それは可哀想ね。


「……ヨハン、軽く私たちのことを言ってもいい?」

「そう言うと思ったよ、君ならね……。いいよ、言っても。ただ、ジェラルド」

「なに?」


 念願叶ったように、嬉しそうにジェラルドが聞く。


「いいか、ライラが親身になってやるのは、ただの同情だ。勘違いするなよ」

「あーもう、しつこいな。分かったよ! 気を付ける」


 ヨハンがおかしくなっているせいで、やりにくいわね……。

 もう大丈夫そうだし、次からこんな機会があったらメルルでも呼ぼうかしら。ジェラルドとも共通イベントで知り合うだろうし……。


 そう思いながら、私は話し始めた。

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