第2話 悩殺計画始動
とうとう、お茶会の日が来てしまったわね……。
護衛も兼ねている戦えるメイドさんには、部屋で話している声が聞こえてしまう。咄嗟の時に護衛対象を守れるよう、特殊な訓練を受けているからだ。
それならいっそ協力してもらおうと、私の専属メイドである姉妹、ミーナとシーナと一緒にキャッキャウフフと考えて作った勝負カードを内ポケットに忍ばせ、馬車から降りて彼女たちと共に王宮の建物まで向かう。
何度も通った記憶はあるのに、実際に歩くと建物まで遠すぎるわね……。
美しく整えられた庭園に尻込みする。
私の姿を使用人の誰かが見て、既に連絡はヨハネスへと届いているはずだ。近づくにつれて、かつてない緊張感が私を襲う。
豪華絢爛な建物に入ると、彼と執事の二人が出迎えてくれた。国王様よりも少しだけ老けてみえる筆頭執事であるクラレッドと、もう一人はこのゲームのメイン攻略対象キャラクターでもある若い青年だ。
現時点では執事見習いで、私がヨハネスと会う時にはクラレッドと共に出迎えてくれる。ゲーム開始時には執事という肩書きになっていた。
彼の名前は、カムラ・トッカム。
薄い茶色の髪を後ろでまとめ、深い緑の瞳をしている。攻略はしなかったからよくは分からないけれど、暗い過去があるのは間違いない人物だ。
王族は命を狙われやすい。側近が、身内を人質にとられて王族を殺せと脅されることもある。だからこそ、他国の奴隷出身で殺しの才能のある子を育て上げる組織から、天涯孤独で強い者を買うことが多い。
暗殺を効果的に防ぐには、暗殺をする側にいた人間を雇うのが手っ取り早いという側面もある。
きっとカムラもそれ系だ。学園に臨時講師として入るので、私との接点は彼の授業をとらない限りしばらくなくなるだろう。
「ライラ、よく来てくれたね」
全員が、張り付けたような笑顔をしている。
義務ですよというその顔に、少し気後れする。
「お待たせしましたわ、ヨハネス様」
好意を抱かれていないと知っているのに、格好よくてクラクラするわね……。
金髪碧眼の、まさに王子様そのものだ。
私……こんなに綺麗な人を、悩殺しようとしているの……!?
できるの、私に!?
本当にできるの!?
いや……、やるしかない。
幸せな未来のために。
だって私がメルルに勝てる要素なんて、それしかないもの。
客間に通され、カムラが紅茶を給仕してくれると、私たちを二人きりにするために部屋の外へと下がっていった。
「いただきますわ」
「ああ、君の口に合えばいいけど。いい茶葉を手に入れてね。少し癖はあるけれど僕は気に入っているんだ」
会話はしているものの、冷え冷えとしていると感じるのは、やっぱり学園入学後のことを知っているからよね……。
ライラ自身も、心を許してもらっていないことくらいは自覚していた。
「とても美味しいですわ」
「それはよかった」
ちらりと壁を見ると、以前と絵画が変わっている。おそらくメイン攻略対象キャラクターの一人であり、画家でもあるアンソニーの絵画だ。ゲームに出てきたスチルと色合いが似ている。
外国に修行に行っていたはずだけれど、この国に戻ってきたのだろう。きっと今日は適当に絵画の話でもして、やり過ごそうと思っているに違いない。
そうは、させないわ……!!!
「そういえば先日――」
「ヨハネス様、私……今日は強い決意を持ってここに来ましたの」
「えぇ……?」
ヨハネスの言葉を遮り、挑戦的な瞳で見つめる。さすがのヨハネスも面食らったようだ。
「予知夢を見ました。本当にリアルな、この先の未来です。ヨハネス様は王立学園に入学後、メルル・カルナレアという平民出身の可愛らしいお嬢さんに恋をされ、私に婚約破棄を突きつけます」
「え、と……。何を言っているのかな」
常識くらいは弁えていたはずの公爵令嬢が、これは酷いと思えるような意味の分からないことを言い出したと思っているに違いない。
でも……何もしないわけには、いかないのよ!
「不躾で礼儀を欠いたことを言っているのは、自覚しています。でも、学園入学まで時間がないのです」
そう言って私は立ち上がり、前世での『はぁって言うゲーム』を改変したカードを、机の上に置いた。
ゲームでのヨハネスの恋は、裸足で芝生を歩いてみようとメルルが誘うところから始まる。決められた道しか進むことを許されない人生への愚痴に、ちょっとしたルール違反をしてみませんかという提案だ。
彼の固定観念をぶっ壊すような言葉を放つのが、惚れてもらう近道のはず。
考え抜いた結果、その結論に達した。
公爵令嬢らしくしていては、彼の好意は引き出せない。
恥ずかしさを堪えてヨハネスの真横まで歩き、色っぽく微笑みながら畳みかけるように、次の言葉を言う。
「私は今日一日で、ヨハネス様を落とすために、私に惚れてもらうために、断固たる意思で悩殺するために、ここに来ましたわ。こちらのカードで、私と勝負をしてください」
「な……」
ライラは、可愛いというよりも美しい。
緩く巻いた長い紫の髪も、私が妖艶に微笑んでみせれば色気を引き立たせてくれる。
十五歳の小娘には出せないような蠱惑的な色気で、惑わせてみせるわ!!!
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