第3話 負け犬気分

 ヨハネスが驚いた顔をして、沈黙が走る。

 少しの間、眉間に手をあてて目をつむり……居たたまれないなと困っていると、なぜか逆に私を上回るような挑戦的な顔をされた。


「え……と、なんだって? よく分からなかったな。もう一度言ってくれるかな」


 もういちどぉぉぉぉ!?

 あんなこっ恥ずかしい台詞を、もう一度!?


「よ……予知夢を見たのです」

「そこじゃないよ。最後のところを、もう一度」

「ヨ……ヨハネス様に、私を好きに……」

「さっきと言葉が違うね。やり直しだ」


 すました顔をしながら私の真横で紅茶を飲むヨハネスに、舌を巻く。

 本当に十六歳なの、この男……!


 恥ずかしがるのは、よけいに恥ずかしい。

 もう一度、一息に言ってやるわ。


「ヨハネス様を落とすために、私に惚れてもらうために、悩殺するために来ましたわ」

「そう。断固たる意思が抜けているけど、まぁいいか。とりあえず座りなよ」


 なんで悩殺しに来たのに、私が動揺させられているのよ!


 大人しく真向かいの椅子に座り直すと、「まだ紅茶が残っている。飲んで」と言われたので、口をつける。


 まずい……手が震えている……。

 緊張からか恥ずかしさからなのか、止まらない。

 中の液体が揺れている。全神経を集中してやっと一口飲むと、ソーサーに置く。震えているせいで、カチャと音が鳴ってしまった。


 優雅さの欠片もない……。


「それで、僕を断固たる意思で悩殺するための道具が、それなのか。少し見せてくれるかな」

「……どうぞ、好きなだけ」


 もう、既に負けている気がする……。

 白旗をあげても、いいかしら。


「ふぅん。この四枚以外は、確かに悩殺するためのカードと言えそうだ。これをどうするの?」


 なんでこの人、さっきから悩殺悩殺言ってるの……気に入ったの、その言葉……。


 もう、色んな感情がない交ぜになって、震えが止まらないわ。


「どれを演じているか、当てるゲームですわ。例えば『おーい』なら、『遠くにいる人におーい』や『うんざりしておーい』など八種類、カードに書いてありますでしょう。選んだ番号のカードを伏せて置くので、当ててくださるかしら。本当は三人以上で得点を競うゲームですが、今回は私とヨハネス様との一騎討ちでお願いしますわ」

「なるほど。それで君は、僕をこの告白めいたカードの方で誘惑しようというわけか」


 面と向かって言われると、私が馬鹿みたいね……。

 語尾に「頭がおかしいね」とつけられても、その通りよと頷いてしまいそうだ。


「そ……そうなりますわね」

「へぇ、面白いね。それなら場所を変えようか。僕の部屋へ行こう」

「……分かりましたわ」


 と……とりあえず、私への興味だけは持ってもらえたようだ。……カードへの興味かもしれないけれど。


 少しずつ仲を深めていくような時間はない。

 次回の誕生日パーティーは、いつも踊るだけだ。


 断固たる、断固たる意思で頑張るわ……!

 ……既に、負け犬気分だけど。

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