第4話 究極の選択

「どうぞ、ライラ」


 エスコートされて、ヨハネスの私室に入る。

 

 客間の扉の前で警備してくれていたクラレッドとミーナも、彼の私室の前へと移動した。

 カムラとシーナは扉の前に四人もいることはないし、長い廊下のどこかで見張りをしているか待機室にいるのだろう。護衛同士の情報交換なども、行っているのかもしれない。

 

 さすがに王太子の私室、広いわね……。


「素敵な部屋ですわね」


 持ち主の年齢を感じさせない、落ち着きのある部屋だ。親の趣味そのままなのか、彼の趣味なのか、どちらかしら……。


 正直、若さは感じない。


 私を部屋に入れた彼の表情は、なぜか愉悦を隠しきれていないような印象を受ける。


 どう考えても遊ばれている……。

 そもそも椅子にかけてとか促す場面でしょう、ここは。立たせたままにしないでちょうだい。


「君に、座る場所を選ばせてあげよう」

「どういう意味かしら……それは」


 普通はそこの長椅子でしょう。

 それ以外……ないわよね?


「僕と二人で並んで座る場所だ。椅子か……それともベッド。どちらがいい?」


 このやろう。

 十五歳の女に、なんてことを聞くのよ。


「そんなの、い……」

「君は僕を悩殺したいと、さっき言っていたよね」

「………………」

「君の本気を教えてもらおう。どちらで、そのゲームをしたい?」


 ………………!!!


 息が震える。

 私を悩ませて、楽しまれているわね……。


 どうしたらいいのかしら。

 ベッドなら誘惑はしやすいのかもしれない。既成事実を作って、メルルと恋仲になるのを阻止する?

 いえ……それは危険よ。私は妊娠したことで、つわりでボロボロの中で夫への対応もおざなりになり、仲が悪くなってしまった。


 愛情もないのに万が一妊娠したら、前世以上に酷いことになる。私だけが妊娠して自主退学にでもなろうものなら、明るい未来はないはずだ。


 でも……今日中にこの人を誘惑するには、身体でつなぎ止めておくのも作戦の一つだ。最初の一回で妊娠する可能性は高くはない。責任くらい感じてくれるだろう。


「……ベッドにしようかしら」

「はは、そんなに心配そうな顔をしなくても、手は出さないよ。ベッドに行こうか」


 こいつ……私がしてもいいと思って返事をするまで、待っていたわね。

 顔が火照る。

 私だけが、したがっていたみたいじゃない。


「座って」

「……失礼しますわ」


 いやー、もうこのいかにもな王族のベッドって、アレでしょ。

 ラブホテルっぽい。

 この状況で悩殺……私がされそうね。


「じゃ、最初に番号でも選んでよ」

「そうね……そうするわ」


 あ、もう丁寧語がどこかへ飛んでいっちゃった。精神的に既に疲れているし……許してもらおう。

 彼の懐に入るにはその方がいいでしょうし、今だけそうしよう。


 数字カードを裏向きに切って一枚上のカードを取り、私だけがちらりと見ると彼に見られないようにしながらベッドの後ろの方に置く。


「それじゃ、君から出題して」

「……分かったわ」


 出題用のカードも裏向きで切ろうとしたら、上からヨハネスの手を被せられた。


「時間は有限だよ、ライラ。僕を一番落とせそうだと思うカードを、君が選んで」


 た、た、た、た、助けて……!!!

 身体中が熱い。

 もう無理ぃぃぃぃぃ。


 おかしいな。カードを考えている時は楽しかったのに。冷静だったつもりが、冷静じゃなかったのかしら……。


 カードは、青と赤と黄の三種類用意した。

 青は男性の台詞。赤は女性の台詞だ。

 黄色は練習用として、前世のカードの「はぁ」と「おーい」と「にゃー」と「がんばったね」だけが書いてある。それだけしか覚えていない。

 それ以外は全部、ミーナたちと一緒に考えた。


 どれにしよう……。


 すごく楽しそうな顔をして、ヨハネスがこちらを見ている。そのせいで、どんどんと顔が熱くなっていく。


 カードを持つ手が震える。

 どうして二十代後半だった私が、十代の男なんかに、こんなに動揺させられなきゃならないのよ……!


「……決めたわ」

「へーぇ、いいね。いつでもいいよ。僕を押し倒して言ってもいい」


 ハードルを上げないでー!

 押し倒さなかったら、本気じゃないみたいじゃない。


 私が選んだのは「我慢しないで」だ。

 八通りの言い方は、それぞれ「1.グッとくるように」「2.いたずらっぽく」「3.さりげなく」「4.つっけんどんに」「5.色っぽく」「6.下心ありで」「7.リズミカルに」「8.冷静に」とした。


 私がさっき選んだ番号は、六番。


 深く――……、深呼吸をする。


 私はここに、彼を落とすために来たのよ。なぜか私が遊ばれているからって、躊躇している場合じゃない。

 目の前にいるのが、ヨハネスだと思うからいけないのよね……。

 ただの十代の男よ。

 私は誘惑に来た。

 落とす! 絶対に落とす……!


 強い決意でベッドから降りると、彼の目の前に立つ。ベッドの上の彼の真横に膝を置いて、肩を押して後ろへ倒した。


 顔を近づけ、耳の横でできる限りエロく囁く。


「我慢……しないで」


 どうだ、と身を起こすと、楽しそうに顔色も変えずに微笑んだままのヨハネスと目が合った。


 負けた……負けたわ……もう真っ白よ、私。

 動揺して顔を赤くするくらい、しなさいよ。


 隣に、体操座りで座り直す。


「はい、選んで」


 カードを渡しながら絶望していく。

 私になんとかできる男じゃないわ、この人……。


「確かに、もう我慢できなさそうだ」


 言われた言葉に、顔を輝かせる。

 え、ちょっとは誘惑された?


「我慢……していたの?」

「ああ。ずっと笑いたいのを、堪えていた」


 そっちーーーー!?


「あーあ。面白いな、ライラ。どうしてそんなに面白い子になったの」


 よいしょと、なぜか私の腰を持ち上げられ、ひょいと彼の腕の中に包まれる。

 彼が手袋を脱いで、直接手が重なった。


「それで……どれかな。一番か五番か六番だよね。グッとくるか色っぽくか、下心ありか……全部似すぎているな」


 私の目の前にカードをかざして、迷っている。

 あれ? これ……ちょっと好意を持ってもらえたんじゃない?


「分からないな。ライラ、もう一回言ってよ」

「もう色々と限界なんだけど……」


 ヒットポイントがあるのなら、限りなくゼロに近い。生命力まで燃やした気がする。


 至近距離で、彼が言う。


「これは、君の勝負のはずだよ。僕を落とすためのね。ほら、もう一回言ってみて」


 好意や興味は、持ってもらえたのかもしれない。でも……惚れてくれた、までは到達していない気がする。

 これっぽっちも表情を変えないもの。


 ちょっとでも動揺してたじろいでくれるなりしてくれたら、ノリノリで落としにかかるんだけど……。


 意地悪そうに私を掌で転がそうとしているような彼と、視線が合う。


 まだ頑張らなきゃいけないの、私……。


 ヨハネスの相手をするには、強い精神力が必要なのかもしれない。

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