第8話 弟とリック

 あれから何日か経ち、自宅である公爵家の客間へと呼び出された。


 休日なので、騎士学校の寄宿舎から戻った弟のローラントが、先輩でもあり友人でもあるリックを連れて来たからだ。


 リック・オスティン。

 彼もまた、この世界の舞台「王立学園の秘密の花園」のメイン攻略対象キャラクターだ。

 平民出身の赤茶髪の気さくな青年で、爽やかな恋愛ができるのかなと、前世ではヨハンの次に彼を攻略しようと思っていた。


 こちらの世界では、ローラントが幼い頃に力試しにとたまに通っていた剣術指南所で彼と知り合ってから連れて来ることがあり……私は最初に挨拶をした程度だ。

 その後はすれ違うくらいで、ほとんど会っていない。


 少しばかり、やりにくいわよね……。


 警備のために廊下にいる使用人を横目に扉をノックをすると、ローラントがさっと開けてくれた。


「失礼するわ。久しぶりな気もするわね、ローラント」

「うん。姉さん、久しぶり。入ってよ」


 私はゲーム内では悪役令嬢だったけれど、それはヨハンがメルルに惹かれてからだ。

 それなりにローラントとも上手くやっていた。人懐っこい彼だからこそかもしれない。私のことを気軽に姉さんと呼ぶのも、ゲームの設定と言えばそれまでだけれど、少しツンツンしていた私との距離を埋めるためだったのかもしれない。


「リック様もお久しぶりですわね。とても頼もしくなられて、驚きましたわ」


 というか……ライラの記憶からすると、大きくなりすぎだ。赤茶色の短髪は変わらないけれど、見上げなければならなくなった。

 ゲームでは、身長の設定なんて意識しないからなぁ。


「いえ、ライラ様もとてもお美しくなられて、お話をさせていただくだけでも緊張します。お変わりは、なかったですか」

「ええ、リック様も元気そうで安心しました」


 メルルとして仲よく話していたイメージだから、この距離感が寂しいわね。


 ローラントが、自慢気にふんぞり返る。


「リックはね、なんと王立学園に入るんだよ。卒業試験で首席だったんだ」


 ああ……もう結果が出たのね。私と同級生になるから挨拶のために連れてきたってことか。

 平民出身で王立学園に入学するのは難しい。よからぬ人間に入り込まれて、王族を害されても困る。平民の場合は相当に絞られ、家柄も詳細に調べ上げられる。騎士学校の卒業試験においては、三位以内に入らなければならない。

 よく考えたら、その結果次第で学園を受験しなくて済むのだから、かなり前に結果は出ていたはずね。


「あれ、姉さん? 驚いていないの?」


 しまった……驚いているふりを忘れていた。


「リック様なら、当然だと思っていたもの」


 そう言って、リックへと向き合う。


「特待生で騎士学校へ入学されていますし、騎士学校でもとても優秀だとローラントから聞いていましたわ。あなたのような方が騎士でいてくださるなんて、とても頼もしく嬉しく思っていますわ」

「ライラ様……、そのように思っていてくださったんですね。ありがとうございます。励まされました。学園でも、よろしくお願いします」


 硬い会話ね。

 まぁ、仕方ないわね。


「ちょっと待って、姉さん。なんか……おかしいよ」


 ……何がよ。


「姉さん、なんか別人になってない? 表情とか声の出し方なんかも含めて……僕の知っている姉さんとどこか違うよ」


 勘づかれたか。

 弟だしね。


「……いつも通りよ」

「いや、絶対に違う。今すぐ姉さんだって証明してみせてよ」


 どうやってよ。


「僕の好きな色は?」

「そんな話をした記憶がないわね」

「僕のほくろの場所は?」

「あなたの体に興味を持ったこともないわね」

「証明できないなんて、姉さんじゃないんじゃないの?」


 私しか知らないローラントの情報……。

 あったかな、そんなの。弟に興味を持つ姉なんて、そんなにいないわよ。

 あ、あれがあったわ!


「あなた、自由恋愛に憧れていたわよね。学園を卒業するまでは婚約したくないとか、可愛らしいことを言っていた記憶があるわ。学生恋愛をしたいのだったかしら」

「ちょ、いきなり恥ずかしいことを言い出さないでよ!」

「恥ずかしいって……堂々と力説していたじゃない。それから、あなたの性格を知り尽くしている私が、予言もしてあげるわ。あなた、学園に遊びに行きたいって思っているでしょう。お父様たちに手紙を書かせて、私に持って来ようと思っているはずよ」


 ローラントは、あのゲームのサブキャラクターだ。休日に寮生活をしている私宛の手紙を持ってきて探しているという彼と、メルルが何回か遭遇するイベントがあった。

 サブキャラクターだから、ベストエンドは存在しない。友人エンドか友人以上恋人未満エンドだったんだろうなと思っている。

 

「ええ!? どうなっちゃってるの、姉さん。……だからヨハネス様が、わざわざ僕のところまで来て、あんなことを言っていたのか……」


 ヨハンが!?

 何か言ってたの!?


「あんなことって何よ。早く言って」

「最近は帰ったのか、とか。姉さんが他の男性に色目を使ったことはないか、とか」


 色目ー!?


「姉さん、僕が帰って来なかった間に、誰かに色目なんて使っていないよね」

「使っていないわよ、ヨハン相手だけに決まっているでしょう」

「あれ? そんなふうにヨハネス様のことを呼んでいたっけ」

「あ……ヨハネス様がそう呼んでって言ったのよ」

「ヨハネス様に色目を使って、ああなっちゃったってこと? ちょっと姉さん、何がどうなっているのさ」


 あーもー、めちゃくちゃね。

 

「どうなっていても、いいでしょう。ヨハンとは仲よしなの。そうなったの。なんの問題もないはずよ、婚約者なのだから」

「そうだけどさ。ヨハネス様の様子もおかしすぎて、つい聞いちゃったんだよね。姉さんのこと、好きになったんですかって」


 それ!!!

 一番聞きたかったことじゃない!


「ヨハンは!? なんて言ってたの!」

「え……姉さん、なにその迫力……」

「早く、早く答えて!」

「いや……内緒にさせてほしいって。ちょっとした勝負をしているところなんだって」

「あの男……私が聞くことまで読んでいたわね……」

「ね、姉さん? なんか色々と剥き出しになっちゃってるよ。大丈夫なの?」

「そうね、全て忘れてちょうだい。恋愛には駆け引きが付き物なのよ」

「それから姉さん、リックの存在を忘れているよね」

「ああ!!!」


 完全に忘れてたー!!!


 恐る恐るリックの方を見る。

 ものすごく苦笑しながら、温かい眼差しでこちらを見ている。


「リ……リック、今聞いたことは忘れてちょうだい」

「あれ、さっきまで様とかつけてなかったっけ?」

「あー、もうボロボロね。えーと……なんだっけ……リック様、忘れていただけるかしら」

「それは難しいかもしれません。リックでいいですよ。お気を悪くされるかもしれませんが……ライラ様のことが好きになってきました。ヨハネス様との恋愛の駆け引き、全力で応援しますね」

「それは……ありがとう」


 我ながら酷い会話をしたわ……。

 全て忘れたい。

 なかったことにしたい。


「でも、そんなにヨハネス様と仲よしになったのなら、よかったのかもしれないね」

「何がかしら」

「ヨハネス様も誰かと仲よくは学園ではなりにくいでしょう? リックとの仲をつないであげればいいじゃないか。今の姉さんなら、できる気がするよ」

「そうね……」


 確かにゲーム内でも、学園でヨハンと特別に親しい友人はいなかった。卒業後に便宜を図ることを要求されかねないからだろう。


 それにしても、学園に受かってすらいないのに本当に皆、学園に入るのが当然として話すわよね。

 家庭教師によって毎日勉強漬けだったし、受かると分かってはいるけれど……私になる前のライラは、そんなプレッシャーを抱えながら頑張っていたのよね……。


「確かにリックなら大丈夫だとは思うわ。ただ……私自身が仲よく、となると周囲の目があるし、状況を見て動けそうなら動くわ」

「うん、そうしなよ」


 さすが、ゲーム内で私のフォローをしていただけのことはあるわね。姉さんにも悪気があるわけじゃないんだと、私に悪し様に言われていたメルルを慰めつつ、私のことも思いやってくれていた。

 世話焼きキャラも、ダテじゃなかったってところかしら。


「リック、ヨハンはこの国をよりよい方向へ導くことを第一に考えているわ。だから、卒業後のことを考えて親しい友人もつくりにくいの。あなたに助けてもらうことも、あるかもしれない。その時は、よろしくお願いしますわ」

「はい。ヨハネス様はよく騎士学校にも労いの言葉をかけに来ていただいて忠誠を誓っていましたが、そういう考え方をしたことはお恥ずかしながら一度もありませんでした。何かお力になれることがあれば、嬉しいです」


 いい子ね。

 身長が大きすぎて引き気味だったけれど、だんだんと可愛い後輩に思えてきたわ。


「ええ、あなたに今日会えてよかったわ。では私は戻るわよ、ローラント」

「うん。姉さん、来てくれてありがとう」


 早く部屋に戻ろう。

 そして、一人反省会をしよう。

 あー……でも、自分が言った言葉は思い出したくもないわね。


 やっぱり忘れよう。

 全てを忘れて、誕生日パーティーのことだけを考えよう。

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