第7話 反省会

 公爵家に戻り、全ての寝る準備が整った状態でベッドに私だけが座りつつ――、こう宣言した。


「それじゃ、今日の反省会をしましょう」


 夜に反省会をすることは、事前に伝えていた。


 ミーナやシーナにも、まだ仕事なり支度なりがあるはずだ。

 前の世界では妊娠初期で、まだ仕事もしていた。急な予定の変更がどれだけ迷惑か、よく分かっている。


「正直に言いますと、扉の前で表情を保つのが大変でした」


 ミーナが言う。淡い金髪を後ろでとめた、護衛も兼ねる専属メイドだ。

 いつも沈着冷静なイメージだけれど、やはりあの会話は聞いていて恥ずかしがったのか……。


「隣にいた、クラレッドの顔はどうだった?」

「とても優しげでしたね」


 クラレッドは壮年に差しかかっているような年齢に見える。若いっていいですね、とでも思っていたのかもしれない。


「私はもう、遠慮なく天井裏で照れていました!」


 ミーナの妹であるシーナが言う。姉に顔はそっくりだけれど、あどけなさがまだ残っていて可愛らしい。年齢はカムラに近そうだ。

 シーナもまた護衛を兼ねる、戦えるメイドさんだ。


「シーナ、上にいたの!?」

「はい。カムラも降りていったことですし、言ってもいいかな、と」


 言ってもいいかなって……。

 王宮の天井裏に勝手に入っていいわけがない。


「カムラに……連れ込まれたの?」

「はい。ライラ様の変貌ぶりがすごかったんで、話を聞かせてくださいと」

「ああ……なんて答えたの?」

「ライラ様のおっしゃった通りです、と答えました。夢から覚めたら変わっていましたと、ご説明しました」

「そう。ありがとう」


 客間からヨハンの私室へと移動する時には、既に二人はいなかった。

 あの時には上にいたのね。


「普段も情報交換は必要なので、よく連れ込まれていますね」

「護衛待機室とか、あるじゃない……」

「他の人もいることがありますし、カムラは天井裏を好んでいる気もします。事務的な話しかしていませんけどね」


 カムラ、天井裏が好きだったのか……。


「カムラってあんな話し方ができるのね。少しばかり、ときめいちゃったわ」


 満面の笑顔での「がんばったね」を思い出す。破壊力は大きかった。

 あの笑顔を知った上で、ゲームの続きがしたい。


 ヨハンしか、まだエンディングを迎えていなかったからなぁ……。


「それは……ヨハネス様じゃないですけど、何をしに行ったの、ですね」

「でも、可愛かったんだもの」

「カムラは、ヨハネス様もおっしゃっていましたが、情報収集も得意なので。おかしなことを企んでいそうな組織があれば入り込んで内部調査もしますし。入らずに正体を不明にしながらも、あえて妻や子供と怪しげに仲よくしてみせて、いつでも殺せますよと恐怖を与えるなんてこともあるのかなーと」

「す……凄まじいわね。これから尊敬の念を持って見るわ」


 でも……そんなに仕事ができると体が心配ね。できる人ほど苦労が絶えないものだ。体調を崩していないか、これからは注意して見ていよう。


「それで……ミーナ、シーナ、どう思った? ヨハンを次回で落とせそうかしら」


 そう言うと二人とも、ものすごぉぉぉっく、いい笑顔になった。やっぱり女子って……こういう話が好きよね。


「完全に二人の世界だったと思います。他の方が入り込む隙は、なくなったのではと」


 ミーナがそう言ってくれる。

 メルルとのやり取りをゲームで見ていないと、そういう感想になるのかもしれない。


「私もそう思います! もう完全に恋人同士です」


 参考にならないわね……。

 私はメルルに勝たなきゃいけないのよ。

 多少の好意では、足りないわ。


「でも、十代らしく照れて動揺する様子は、これっぽっちもなかったわよ」

「それは……ヨハネス様ですから」


 そういうイメージになっちゃっているのね。十六歳でそこまで皆に思わせる仕事っぷりは、尊敬するわね。


 そういえばゲームでも、メルル相手にたじたじはしていなかったかもしれない。


 ヨハンはメルルに、よくこんなことを言っていた。


『なんでだろうな。君の前でだけ、素直になれるんだ』


 メルルの前では嘘がつきにくい。

 そんな設定だった。

 それでも十代の男の子だ。頑張って格好をつけていたに違いない。


 動揺させて赤面させて、私の前でもつい本音を言っちゃうようなヨハンを引き出せば、メルルを上回れる――、私が勝つってことね!


「次は絶対に、照れさせてみせるわ!」


 ガッツポーズをすると、二人ともおーっと拍手をしてくれた。


「本当に、ライラ様は変わりましたね」


 苦笑しながらミーナが言う。


 二人には、前の世界での話はしてある。あの勝負カードを作るのに必要だと思ったからだ。


 私は自分に関心を持ってくれない喧嘩の絶えない両親の元で育ち、愛し合ったはずの人とは妊娠してつわりが酷くなってから不仲になった。

 

 愛していると誰かに言われたくて、学生時代にはまった乙女ゲーム。夫とすれ違い始めてから、久しぶりに手を出した。それがこの世界の舞台である、「王立学園の秘密の花園」だ。


 信じてもらえなくてもいい。

 私が長い人生を夢の中で歩んで性格すら変わってしまったことを踏まえた上で、ヨハンに惚れてもらうため、協力してほしいとお願いをした。


「ええ、これでも中身は二十代なのよ」


 ……後半だったけれど。


「頼もしいです、ライラ様」


 そういえば、この二人よりも年上なのよね……。


「私のこの十代のピチピチの身体と二十代の色気で、次は完膚なきまでに落としてみせるわ!」


 次が、学園入学前の最後のチャンスだ。

 また何かを考えよう。


 ――彼を落とし、なおかつ彼が私に惚れてくれたかどうか、明確に分かるような手段を。

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