第6話 カムラのにゃー
「にゃー」
あれ?
この部屋、どこかに猫がいた?
きょろきょろすると、カムラが苦笑してもう一度鳴いた。
「にゃー」
うん……リアルすぎるわね……。
リアルすぎて、つまらないわ。
「満足? ライラ」
「鳴いてもらったのに申し訳ないのだけど……本物すぎて、あんまり。『がんばったね』を選べばよかったわ……」
「我儘だなぁ」
黄色いカードの「がんばったね」を手に取る。
「願いは一つだけだったかしら。もう一つは……駄目?」
「おかしいよね、ライラ。なんで僕の執事におねだりなんかしているんだよ。僕を落としに来たんだよね。相手、間違えているんじゃないの?」
やはり、一つしか駄目なのか……。
「ヨハネス様。私もう、戻ってもいいですか」
「そうだな……」
戻ってしまうのか……。
それなら、その前に。
「待ってカムラ。戻る前に、一つだけ言わせて」
「なんでしょう」
「私たちのために上にいてくれて、ありがとう。あなたのお陰で安心して過ごせるわ」
こんなに若い子が、天井裏なんて暗くて寂しそうなところにいるのは可哀想だもんね。
お仕事だし、労っておきたい。
ゲームで化け物じみた強さを持つスーパー執事さん(今は見習いだけど)と知ってはいるものの、見た目はつい最近大学を卒業したくらいの新卒っぽい初々しい若い男の子だ。
新卒の子に仕事を教えてあげていた時のことを、思い出すわ。
「……嫌では、ないのですか」
「いいえ。あなたがいるから安心して彼を口説けるもの。感謝しているのよ。大変だとは思うけれど、必要な仕事だわ」
罪悪感もなく、これからも警護してほしい。
そんな思いで気持ちを伝える。
恥ずかしいけれど、部屋での会話は特殊な技能を持つ彼らには部屋の前ですら聞こえている。
そこは割りきりが必要だ。
「それなら……よかったです。ヨハネス様、私、ライラ様のもう一つの願いを叶えたくなりました」
「仕方ないな、いいよ」
彼は私の目の前に跪くと、にっこりと微笑んでこう言った。
「がんばったね」
ふわー!
そんな話し方ができるの、カムラー!!!
破壊力が、やばい……!!!
「どの番号の『がんばったね』だったのかは、申し上げません。それでは失礼します」
「ああ」
どれ、だったんだろう……。
手に持っているカードに目を落とす。
この中なら「恋人っぽく」か「友人っぽく」か「親っぽく」かな……。
さっきのカムラを、何度も思い返してしまう。
「君は今日、何をしに来たの。目的を忘れているよね」
「あー……」
「カムラはね、情報収集活動も得意なんだよ。どんなふうにも話せるんだ」
「そうなの……さすがね」
「はぁ……もういいや。ほら、もう一枚カードを選んで僕に言ってよ」
「え……さっき限界だって言ったと思うんだけど」
「お願いは一つだけって言ったよね。二つも叶えたんだ。もう一つ、言ってもらわないと」
やはりヨハンには、口では敵いそうにない。
「うう……」
カードを手に取って、悩む。
ヨハンはまた楽しそうな顔に戻って、私を抱きながら、じーっと見てくる。
「見られていると選びにくいんだけど」
「喜ぶくらいじゃないと。悩殺する覚悟が足りないんじゃないの?」
もう駄目だ。
倍返しで返ってくるわ……。
カードを順番にめくって、考える。
「今の私の気分を選ぼうかしら」
「ああ。今の君の気持ちを、僕に伝えて」
彼の吐息が、耳をくすぐる。
私が真っ逆さまに落とされていくようだ。
「これかしら」
選んだカードは「八つ当たりをさせて」だ。
誰よこんなカードを作ったのは、と八つ当たりがしたい。
「はは、ひねるね。ストレートは嫌い?」
そう言って、「好き」や「愛している」のカードを抜き取られた。
「そんな言葉で、あなたが落ちるとは思えないもの」
というか、その言葉で全く手応えがなかったらショックが大きそうだし……。我ながら守りに入ってしまっているわ。
「やってみればいいのに」
彼の顔が限りなく耳の側に近づき……ゼロ距離になる。
吹き込むように、その言葉が囁かれた。
「好きだよ。愛している」
彼の言葉が、耳を通して私の全てに行き渡る。ぞくぞくと身体が震えた。
密着しているヨハンには、バレバレのはずだ。
「どう?」
――どこまでも落ちて深みにはまるのは、私かもしれない。
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