第15話 命令2

「これは、さっきと似ているね」

「そうね」


 手の中のブロックには、こう書いてある。


 ――あなたが恋人にされて、グッとくる行動を言うこと。


 これを先に言わされるのは、結構キツイんですけど……。


「こうやって、くっつかれるのは好きよ。その間は少なくとも好かれていると信じられるもの」

「それは嬉しいけど……グッとくるとは違うんじゃないか」


 細かいわね。

 すぐに思い浮かぶものではないわよ。

 作った私が言うかって感じだけど。


「グッとくるというか……さっきも思ったけど、耳の側にキスをするのとか息を吹きかけるのはやめてほしいわね」

「よく震えているよね。グッとくるならいいじゃないか」


 ……やっぱり確信犯か……。


「強制的にグッとさせられるのは困るのよ。そもそもあなた、分かってやっているの? 耳を攻められたことは?」

「ないに決まっているだろう」

「だから気軽にできるのよ。私が教えてあげる」


 大きく息を吸い込んで、熱い吐息を彼の耳に吹きかける。耳の端を下から上に唇でなぞると、軽く吸った。


「――――――っ」


 そっと引き剥がされる。


「……これは、かなり気持ちがいいな」


 ストレートすぎる感想ね……。


「分かってくれて、よかったわ」

「つまり君は、僕にここまでして教えたかったわけか。気持ちがいいですよ、と」

「え……」

「教えてくれて嬉しいよ。次からは君の身体に起こっている変化を想像しながら、楽しむことができる」


 ……早まったかな……。

 これから抑えてくれるかと思いきや、もしかして酷くなる?

 それは勘弁してほしい。


「それで、ヨハンはどこなのよ」

「そうだなぁ……君が照れてくれている時は、グッとくるね。僕を口説こうとしているのに、ティーカップを持つ手が震えていたり。僕の言葉に何かを想像しながらベッドを見つめていたり……」


 もうやめて!

 聞いた私が馬鹿だったわ!


「震える手でカードを持っていたり……」

「も、もういいわ。もう分かった。もういい」

「えぇ? 自分から聞いておいて、早すぎるな」


 なぜ私だけがダメージを受けている気がするのかしら……。


「つ、次にいきましょう」

「ああ、これはぜひ教えてほしい。ほら、言って」


 四つ目の命令はこうだ。


 ――隣にいる相手を、どれくらい好きなのかを語ること。


 教えてほしくはあったけど、私は言いたくない……。


 今の私になるまでは、ヨハンに憧れていた。

 好かれていないことは知っていたけど、せめて興味を持ってほしくて……それなのに関心を持たれなくて寂しくて……でも、いつか結婚すれば、なんて夢を見ていた。


 前世での私は、ゲームの中のいかにもな王子様のヨハンに惹かれた。自分だけを愛してくれる相手との夢のような時間を、ゲームの中に求めていた。


 この世界に来たのは、ベストエンドを迎えてからすぐ。


 ヨハンとのエンディングにときめいた気持ちも冷めやらぬまま、幸せな未来のためにメルルに勝とうとして。なぜか甘い会話の中でヨハンに惹かれて――。


「私、なんでヨハンが好きなのかしら」

「えぇ!? ひっどいな。それも分からずに悩殺しようとしていたのか」


 また悩殺って言っているし。


「うーん、ベタベタされるのも嫌ではないし、愛があるのなら結婚できたらいいなとは思うし、間違いなく好きなのだと思うけれど……なぜなのか分からないわね。私、エムだったのかしら……」


 もしかして、攻められるのが好きだった?

 そういう性癖だったのかしら……。


「それとも、消去法かしらね……」

「し……消去法!?」

「高圧的じゃないし、狭量でもないし……」


 それは私がライラになる前もそうだった。

 今は……。


「思いやってくれるし、安心させてくれる……」


 ミーナやシーナのことも、考えてくれた。


「悪い印象は何もないもの。どれくらいか分からないけれど、好きよ」

「……そうか。逆に僕は危機感を覚えたよ。これからは僕も、持てる力の全てを使って君を悩殺しよう」


 もう悩殺はいいから……。

 早く忘れてちょうだい。


「それで、ヨハンはどうなの? どれくらい好き? 私はメルルに勝てそうかしら」

「そうだなぁ……。さっきも言ったけど、僕は君の言葉に感動したんだよ。問題があるとすら感じていなかった僕に、君は突きつけたんだ。僕がいかに怠慢だったかをね。思い知ったよ、たかが一度のあの時間で関係を変えられるのに、何もしてこなかった僕の無能ぶりをね」


 ……なるほど。そういう意味で、私はヨハンに衝撃を与えたのか。

 このゲームを考えた人の設定なんだから、仕方ないんじゃない? と思ってしまうけれど……。


 大好きな人に顧みられることのないライラの悲しい気持ちも、記憶として残っている。何かしてあげられなかったの、とも確かに感じてしまうわ。


「つまり、私を今後も側に置いてもいいと思える人物に格上げしたってことね。その価値に見合う程度には、好きだということかしら」

「色気がなさすぎるよ、ライラ……。僕は君の作戦通りに、君にまいってしまったってことだ」

「……それなら少しくらい照れて動揺してたじろぐくらい、してほしいわね。十代らしく」

「えぇー……ライラ。もしかして、そんなの目指してたの……」

「え……うん……まぁ……」


 目の前のこの人を見ると……無理でしょ、と思ってしまうわね。


「僕はこれでも王太子なんだけど……」

「私的な場でくらい、そうなってもいいじゃない」

「そんなの区別なく表には出にくいように訓練されている。それでも、君の前では動揺しているよ。かなりね」

「そうは見えないわね……」

「十代らしく、好きな女の子の前で格好つけている。それで満足してほしいな」


 今日は、すごく好意を伝えてくれるわね……。


 学園入学前にもう会うチャンスはない。安心させようとしてくれているのかな。

 ……婚約者だものね。少なくとも今の時点では、いい関係を築いておいた方が得策だとも思っているのかもしれない。


 それとも照明のせい?

 明るすぎも暗すぎもせず、二人の距離が近づきやすい絶妙な明るさだ。普段言えないことも言ってしまうような……。


「それじゃ、最後の命令に移ろうか」


 ヨハンに手渡されたそのブロックに書いてあるのは、教えてもらうだけの命令ではない。


 ――私が一番叶えてほしいお願いで。


 彼が何を言うのか、一番楽しみでもあるお願いだ。


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