第14話 命令1

「五つ選んだのだけど……」

「どーれ?」


 ヨハンが一つずつ確認していく。


「ずいぶんと悲観的な命令が一つだけあるね」

「……知りたくて」

「いいよ。このラブジェンガは、順番に引いていくゲームだったんだよね」

「そうよ」

「それじゃ、君からどうぞ。してもらいたいことは、まずは自分からしないとね」


 そう言って、一つ目の命令が書かれたブロックを渡された。


 私もやるの!?

 聞いていませんけど!


 全部叶えてもらえると知って、四本は教えてもらうお願いにしてしまった。


 抱きしめてとか好きな場所にキスをしてとか、そんな命令も入れていたものの、五つならこれかな……と。


 ヨハンの言う、悲観的な命令はこれだ。


 ――千年の恋も冷める時の理由を言うこと。


「私が言わされるなんて……」

「僕だって知りたい。どんな時?」

「……浮気されるのは、嫌ね……」


 前世での、夫との関係を思い出す。

 酷くなるつわり。

 散らかっていく自宅。

 作れない料理。

 会話のなくなった私たち。

 休日も家に寄り付かなくなって、浮気されていた可能性は十分にある。


「目も合わされなくて生返事しかされなくて興味すら持ってもらえなくなって……そんな関係になったら、千年の恋もきっと冷めるわ」

「ずいぶんと具体的だね」


 ヨハンが苦笑する。

 つい最近まで味わっていた苦痛だ。

 どうしても、具体的になる。


「他にはないの? 不信に思われて問い詰められるのが嫌とか、そういうのは……ない?」

「それはないわね。信頼関係のない夫婦は破綻するわ。不信に思う時があったら、どれだけでも問い詰めてちょうだい。私も遠慮なくそうするわ」

「それを聞いて安心したよ」


 前世では夫に問い詰めなかった。つわりが気持ち悪くて話しかけるのすら億劫で、冷えきった関係に気付かないふりをした。

 歩み寄る努力を、お互いにもうやめていた。


 ……それを聞いて安心?

 何かあったら問い詰めたいと、常日頃から思っているのかしら。


「……それで、ヨハンはどうなのよ」


 嫌われる理由があるのなら、先に知っておきたい。回避したい。

 ずっと続く愛なんて私は見たことがないけれど……できる限り長続きはさせたい。


「終わりを考えながらの恋はしないよ、僕は。千年続くと信じている」


 卑怯すぎるでしょう、その回答。


「浮気されたら冷めるでしょう」

「いいや、相手を破滅させて君を軟禁するだけだ。僕だけしか見られないようにね」

「えぇ……」

「幻滅した?」


 思いもよらない回答がきて、驚く。

 浮気してすら手放そうとされないくらいに、愛されるのなら……。


「安心……するわね」

「そうなの?」

「それくらいに、想われたいわ」


 そう言うと、幼子を抱くかのように優しく頭や顔をなでられて頬にキスをされる。

 彼の前では子供になってしまいそう。


 いやいや……おかしいわよね。

 まだこの私になって間もない。

 雰囲気に騙されないようにしないと……。

 安心している間にメルルに掻っ攫われたら、たまらない。


「それなら、心だけの浮気でもそうなるのかしら? 他の人を好きになったまま、何もしないとか。それでも相手を破滅させて、私は軟禁?」


 言ってから気付く。

 千年の恋の相手……思いっきり私だって言っているようなものよね。自惚れすぎている?

 でも、ヨハンもさっき私を軟禁するって言っていたし……まぁいいか。


「いいや、心までは縛らないよ。綺麗な恋の終わりが迎えられるようにして、相手には君の目の届かないところに行ってもらうだけだ。自分の想いを犠牲にして僕を選んでくれるのなら、いい思い出をつくってあげよう。それから、もう一度ゆっくり僕を好きになってくれればいい」

「それは……ずいぶんと心が広いわね」

「君が教えてくれたんだ。諦めていた僕を、たった一日で振り向かせた。君の心が離れるのなら、何度でも今度は僕が挑戦しよう。目も合わせず生返事……さっき君はそうされたら冷めると言ったけど、今までの僕もそれに近いものはあったはずだよ。僕を諦めず変化も怖れずに落とそうとしてくれた君に、実は少し感動したんだ」


 彼を諦めないで……か。

 確かに諦める道もあったかもしれない。婚約破棄されることを前提に、学園でいい男を引っかけようとする道筋が。


 ……隣国の第二王子であるセオドアと恋仲になれば、隣国に逃げられるしね。彼は確か、共通イベントだけではメルルに惚れてはいない。好感だけだったはずだ。


 ヨハンとメルルが結ばれるよう仕向けることも、彼との恋愛イベントの全てを覚えている私ならできたかもしれない。


「諦めないでよかったわ。まだ分からないけれど」

「そう思うなら頑張ってつなぎ止めてよ。僕は君に、もっと口説かれたい」


 ヨハンとは、話せば話すほど私が夢中になっていく気がする。冷静でいられなくなって、口説きにくくなる。


 ポン、と二つ目のブロックを渡される。


「はい、次」

「……これね」


 ――あなたが恋人に言われて、ぐっとくる言葉を言うこと。


 いやもー……勘弁してちょうだい。

 誰がこんなの作ったのよ。

 ……私だけど。


「……この前のは、ぐっときたわ」

「この前のって?」

「最後にあなたが言った……」

「それは何?」


 顔を覗きこまないでくれるかしら。


 でも……私は今日、メルルに奪われないほどに、強固に惚れてもらうためにラブジェンガを用意したのよね。


 ここで言わなくて、どうするのよ!


 後ろを向き、首に手を回す。

 赤くなった顔を見られないように、彼の耳の横でそっと囁いた。


「好きよ。愛している」


 あーもう、恥ずかしい!!!

 帰りたい!

 ここ、私のお家で私の部屋だけど、落ち着ける場所に帰りたい!


「僕も好きだよ。愛している」


 また耳に息を吹き込むようにされて、身体がびくっと震えた。

 私の反応を面白がらないでほしいんだけど……。


「それで、ヨハンのぐっとくる言葉は? 早く教えて」

「君の言葉は全て、ぐっとくるよ」

「そーゆーの、いいから」

「つれないなぁ。今のもぐっときたよ。でも、さっき少しばかり落ち込んだ僕に君が言った言葉も、なかなかのものだったと思うけどね」


 ……何を言ったんだっけ。

 話しているうちに記憶が飛んでいくわ。


「僕の好きにされたいってね」

「ぇええええええ!? い、言ってないでしょう。そんなこと」

「言ったんだよ、君は。好きにしてって」

「そんな……馬鹿な……」

「自覚がないって、羨ましいね」


 言った……のかな。

 落ち込んだヨハンを慰めることだけを考えていたから……。

 我慢しないで、なんでも話してって……。

 あ、なんか言った気がしてきた。

 は! 言ったわ! 私、言ってる!


「……気付いてくれたようだね。次からはもう少し意識して言ってくれ。はい、次」


 三つ目のブロックを渡される。

 まだ三つもあるのね……。


 今夜で、私の方が完膚なきまでに落ちそうだわ……。

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