第18話 入学式の朝

 完全に……酔っぱらっていたわ……。


 ズズンと未だ落ち込みながら、入学式へ向かう馬車の中でため息をつく。


 ヨハンに会いたくない……。

 会いたいけど会いたくない……。


 王立学園は全寮制だ。両親や弟のローラント、ミーナともお別れを済ませた。寂しいけれど、職員としてシーナがいてくれる安心感は大きい。


 ああ、もうすぐ着いてしまう……。


 あの時の私は疲れていたのよ。

 誕生日パーティーで挨拶したりダンスを踊ったり。

 皆であてっこゲームもして。

 ヨハンとラブジェンガで色々あって。

 その後の、初めてのお酒。


 泣いて縋って最後にあの発言。

 むしろ、記憶を失いたかった。


 馬車が止まった。

 ……ヨハンの真ん前で。


「待っていたよ、ライラ」

「お出迎えありがとう、ヨハン」


 彼の手に促されるようにして、馬車を降りる。


 全くこれまでと変わらない綺麗な顔のままね……。私は絶対に、ばつの悪い顔をしているはず。


「さぁ、行こうか」


 ……なんで腰に手を回すの……。

 そうなる要因あった?

 ああ、アンソニーと会話した後に手綱がどうとか言ってたっけ。


「これは……手綱?」

「いいや」


 彼が苦笑しながら、私の耳に口を寄せる。


「ずっと愛してほしいんだろう? 分かりやすく愛してあげよう」


 かぁぁぁぁっと顔が火照る。


 私だけが、全てを白日の下に晒されている気分ね……。


 十代に縋る二十代後半って、どうなの。

 でも……例えばカムラなんかは化け物じみた強さという設定がある。ヨハンにも、精神年齢が高いという設定でもあったのかもしれない。


 うーん……精神年齢が高かったら婚約破棄なんかして、平民とくっついたりしないわよね。恋に狂うとかいう設定もあったのかしら。乙女ゲームの世界だし、よく分からないわね。


「私だけが、全てを知られている居心地の悪さを感じるんだけど」

「慣れるよ。僕はすごく気分がいいな」

「それはよかったわね」


 最後に言ってしまったセオドアの話は、気にしないでくれているのかしら。


 門の手前でヨハンについていた護衛の人たちがピタッと止まり、礼をして見送ってくれる。学園へと足を踏み入れ、護衛のいない世界が広がった。


 王立学園、なんて大きくて美しい……。何度もゲームで見ていたけれど、目の前にすると感動だ。


 ヨハンが私の腰を抱いているのをいいことに、足元すら確認せず荘厳な外観に目を奪われながら歩く。


「ああ……絵本の中の世界が目の前に広がっているような気分なのか」


 隣でヨハンが言う。


 全部知られているって、厄介ね……。

 考えていることが筒抜けだ。


「その通りだけど、私はこれからずっとあなたに心を読まれながら生きていくのかしら」

「読んでくれていると頼らないでくれよ。不安になったらいつでも言ってくれ。見逃していたら大変だ。毎日、愛していると言ったほうがいい?」


 いやいやいやいや。

 そもそも、たった二日で愛しはしないでしょう。一目惚れみたいに恋に落ちることはあっても、愛するまではいかないはず。


 私が泣いてしまったから……なのかもしれない。女の涙は武器だともよく言われる。守ってあげたい、愛してあげたいと思ってくれたのかな。

 そんな気持ちから始まる愛情だったとしても、長続きしてくれるのなら、なんでもいい。


「いらないわ。義務にしてしまったら気持ちが入らなくなるじゃない」


 もっと可愛らしいことを言った方がいいのかしら……。気持ちの入った言葉がほしい、とか。


 無理!

 恥ずかしすぎて無理だわ!

 お酒の力を借りずして、それは私には無理よ。


 ……だから、愛してもらえなくなるのかな……。


「また不安そうにしている」

「あなたの前では、お面をつけてもいいかしら」

「駄目だよ、僕だって安心したい。僕を必要だと、そんな顔をしている君を見ていたいんだから」


 入学式から、ものすごくこっ恥ずかしいんですが! 他の生徒も、そこかしこに歩いているんですが!


 そもそも腰を抱かれながらベタベタで入学式に学園に入る人って、今までいたの?

 痛々しいでしょう、これ。


「ヨハネス様! ライラ様!」


 リックが後ろから走ってきた。


「リックじゃないか、早速会えたな」


 ヨハンが爽やかに話しかける。

 うんうん、友人になってほしいという私の意向を汲んでくれているのね。


「はい! 後ろ姿を見たら嬉しくて、走ってきてしまいました」

「こんなにすぐに会えて嬉しいわ。学園では、様はつけなくていいわよ。学生同士は対等の立場っていうのが学園の理念でもあるもの」


 正直、様づけって気持ち悪いのよね……。綾香だった記憶が長すぎて、綾香様とか言われている気分。

 慣れなくてはいけないのだろうけど、学生の間くらいは解放されたい。


「は、はい。それならライラさんで」

「僕も、なくてもいいけど……」

「それは厳しいですね。忠誠を誓いすぎています」

「はは、ありがとう。それでも、友人として頼むよ」

「俺こそ、よろしくお願いします!」


 前回のゲームのお陰で、かなり打ち解けているわね。


「それでは、お邪魔だと思いますし先に行きますね」


 それはちょっと、早すぎね。

 もう少し話しておきたい気も……。


 は!

 あれは!

 あの後ろ姿は!!!


「待って、リック。前に言っていた平民出身の女の子、あの子よ。桃色の髪の」


 彼女に聞こえないように、小さな声で話す。


 私たちがおしゃべりしていたので、何人もの生徒に抜かれている。彼女もいつの間にか私たちの前に出ていたらしい。


 私にとっては初対面だ。でも、ゲーム内で何度も自分として見ていた。

 あの後ろ姿は、きっと……。


 万が一ヨハンと何かあるといけないし、リックとくっつけばいいのに。


「話しかけてみたら?」

「ええー!? いや、無理ですよ。それナンパですよ」


 ……それもそうか。

 いきなり見ず知らずの女の子に話しかける騎士にさせてしまうところだったわね。

 危ない危ない。


「それもそうね。残念だわ」

「……仕方ないな、僕が話しかけるか。リックもついてきてくれ」


 そう言って、より私と密着しながらヨハンが速足になった。私も合わせてそうさせられる。


 え、なに……?

 この態勢で話しかけるの?


 意味が分からないんですけど……。

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