第31話 メルルと遭遇
森の中でイチャイチャした後に食堂で昼食を食べ、明日の約束もして寮へと戻ろうかと二人で歩いていると、メルルに出会った。
「あ、ライラさんとヨハネス様!」
顔を綻ばせて、タッタッタとこちらへ小走りでやってきた。ものすごく何かを言いたげな顔をしている。
「あらメルル、奇遇ね。どうしたの?」
「先ほど、ローラントさんにお会いしました。ご両親からのお手紙を持ってお二人の様子を見に来たのに、どこにもいないと悲しまれていましたよ」
「あー……、驚かせるために内緒で来たのね。共通イベント、一つクリアね。おめでとう」
「あ……はは。そういえば、ヨハネス様も知っているんでしたね……。ありがとうございます。まさか、そんなに自然にそのような言葉が出るとは思いもよらなかったです」
……よく考えると、この世界をゲーム扱いするのは、さすがにヨハンにとっても不快かもしれない。
「そういう言い方、嫌かしら。ヨハン?」
「いいや。君たちが見ている世界に文句をつける気もないし、何も思わないよ」
うーん、ヨハンは誤魔化すのが上手いから分からないのよね。
「メルルもそういうのは好きじゃない? 複雑そうな顔ね」
「そう……ですね。やっぱりゲームの通りになぞっていくのは、つまらない気がして……。なるべく会話も変えるようにはしています。どうしても、イベント自体は起こってしまいますけどね」
「あー……そうよね。先が分からないから世の中、面白いものね」
「はい。知らない会話の方が面白いです。既に裸足で芝生を歩かれていた話も衝撃でした。それに……っ、あ、また笑っちゃう……っ、セ、セオドアさんとジェラルドさんも参加されていたらしいですね……っ」
ああ……聞いたのね。
実際に見るよりも、アレは聞くだけの方が笑えるかもしれない。
「セオドアに聞いたの? そういえばメルル、談話室で話していて感じるけど、セオドアと仲よくなっているわよね。寂しいわね、メルルと卒業後に会えなくなるのは」
「うぅー、やりにくいです、ライラさん〜。私、大学生活を送れなかったので、皆さんと楽しく話せるだけで幸せなんですよ。でも……ゲームの中とはまた違う会話の中で、セオドアさんとそうなれたら嬉しいなという思いはありますけど……」
メルルが顔を赤らめながら、私を上目遣いで見てくる。
やばい……この子、キュンキュンくる!
とりあえず、ここをゲーム扱いする発言は控え目にしようか……。
でも、やはりこれだけは聞いておきたい。
「そう、応援するわね。それから……実は私、ヨハンとしかエンディングを迎えていないのよ。だから無意識にセオドアとのイベントを妨害してしまう可能性もあるから、聞いておきたいのだけど……」
「は、はい」
「四人で裸足で歩いた場所で、これからもヨハンとそこそこ会うと思うのだけど、いいかしら。イベントに使われたりする?」
「いえ、大丈夫です。森も広いですし、そこは避けますね」
「ありがとう。そういえば、森っていつも人が全然いないけど、なぜかしらね。誰かいてもおかしくなさそうなのに」
「それは……設定じゃないでしょうか」
設定!?
「イベントのために、他の生徒の頭には森に行くという発想が起こりにくいのかな……、と。今は入れませんが、あの花園に行く時に多数の生徒に目撃されるわけにも、いきませんからね」
なるほど……。
森の中の池のほとりにある壊れた柵を抜けて辿り着く秘密の花園は、ヨハンがいい場所を見つけたと言って学園祭後に誘ってくれた。きっと他の相手でもそうだ。
初期は森に対する興味を攻略対象者の誰もが少しだけ持っていて、学園祭前に告白する場所を探して池のほとりで見つけるという段階を経るのかもしれない。
「それなら……あの森、便利すぎるわね……」
「はい。これからも、デートをお楽しみください。もし……ですけど、花園に入れるようになったらお知らせしますね。私と一緒に一度行けば、その後はずっとライラさんも入れると思います。たぶん、ですけど」
「あら、あそこはメルルの場所でしょう」
「聖地巡礼しなかったら絶対後悔しますよ! 曜日とか、使う日を決めましょう?」
「あ……ありがとう」
聖地巡礼……そういうの、好きなタイプだったのかしら。
「では、そろそろ寮ですし、私はもう行きますね」
「私たちも戻るところだったのだけど……ローラントを探した方がいいかしら。メルルとももう少し話がしたいし、一緒に付き合わない?」
「え……と」
メルルが迷うようにしてヨハンを見た。
「いいよ、二人で探しておいで。僕はもう戻ろう。僕がいると話しにくいこともあるだろう。また明日ね、ライラ」
そう言うと、優しく微笑んで立ち去って行った。
気を利かせる男よね……。
私のことを思いやりすぎている気もするわ。彼が何かを悩んでいても、絶対に気付かない自信がある。
ヨハンの後ろ姿を見ながら、メルルが言う。
「断っ然、ゲームの中よりもライラさんを大好きなヨハネス様の方が格好いいですよね!」
「そ、そうね……」
「ライラさん〜、いったい何をどうしたら、こんな短期間でそうなるんですか! 無理にとは言わないですけど、知りたいです!」
「えぇ……」
メルルと一緒に、適当に歩き出す。
いきなりメルルが、おねだりモードになったわね。可愛すぎて、なんでも話してしまいそう。
「相席の時にも言いましたが、入学式の日に後ろから見た時にもうラブラブだったので、同じ転生者なんだなって思いました。私もセオドアさんとゲーム内の言葉はできる限り使わずにそうなれたらと思うんですが、難しいかなとは思っていたので……。ちょっとだけでも教えてもらえたら嬉しいです〜」
「内容は……恥ずかしすぎて言えないけど、学園入学までにヨハンに会えたのは、二回だけよ」
「二回!? すごい……私もライラさんに口説かれたかった……」
これだけ尊敬されるとベラベラしゃべりたくなるわね。最初の言葉だけ、調子に乗って言っちゃおうかしら。
「んっふふー。教えちゃおうかな! 始まりだけ!」
「え、ほんとですか!? ライラさん、大好きです!」
「一番最初にヨハンに言ってやったのよ。今日一日で、あなたを悩殺してやるわって」
「きゃー!!!」
メルルが自分の顔を両手で包み込むようにして、なぜかその場で駆け足をし始めた。
持っている紙袋が邪魔そうね。
なんだろう……それ。
「メ……メルル?」
「あーもう! この辺の地面の上で転がり回ってもいいですか?」
「駄目でしょう、それは。ものすごく興奮しているわね」
「私が悩殺されました! 一撃必殺ですね! もう私、一瞬でライラさんに落ちました! 瞬殺です!」
「そ……そう。ありがとう」
「私も、ライラさんとベタベタしたぁ〜い!」
きゃぁきゃあしているメルルも可愛い。
ふわふわの薄い桃色の髪を揺らして、無邪気な妖精のようだ。
適当に歩いていたら、寮の裏側まで来た。
何もないので人も誰もいない。
「そういえば、メルル。こっちの世界でもダンスは苦手なの? ゲームでは私に散々言われていたけど」
「ああ……ダンス……苦手ですね。リックさんの足を踏みまくりました……」
「ここ誰もいないし、私とベタベタしたいのなら一緒に練習する? 私、男役やるわよ?」
「ええー! いいんですか!?」
私自身は前世で何もしなかったものの、ライラが頑張ってくれていたお陰で、完璧だ。
ヨハンの相手として、下手なダンスでは申し訳ないと頑張っていたのよね……。仕方ないとはいえ、もうちょっと気にかけてあげてほしかったな。
彼女が隅に紙袋を置くのを見て、艶っぽく微笑んでみせる。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
……憧れの君でも見るような顔をするわね。
「後ろ、右、閉じて。引きすぎないで軸を立てて。もう一回ね。引きすぎると押し倒されるわよ」
何度もステップを繰り返しながら、つないでいる手に少し違和感を持つ。
……そういえば、女の子と手をつなぐ機会はあまりないものね。ヨハンといつもつないでいるせいで、あまりにも柔らかい感触に、なぜか悪いことをしている気分になる。
「あ! 姉さん姉さん姉さんー!!!」
うるさい……ローラントの声ね……。そういえば探されていたんだっけ。私も探していたのよね……早々に忘れていたけれど。
あれ? 隣にはリックもいるじゃない。
「メルルさんにダンスの手ほどきをされていたんですね。俺が不甲斐なくて授業では迷惑をかけてしまいましたから。ありがとうございます」
「最初から上手い人なんて、いないわよ」
「駄目駄目だったのは私の方ですよ。リックさんの足を踏みすぎて、もう私どう謝ったらいいのか……」
「いや、俺のリードが悪かったせいで……」
「私のせいだよ……」
可愛い……!
なんて可愛いやり取りなの!
リックともいい雰囲気にならないか、少しだけ心配ね。
「大丈夫よ、二人とも。平民出身だと必須科目で大変だとは思うけれど、卒業パーティーで踊れるようにするのが目的だもの。あと四年もあるわ」
「そうだよ! 姉さんだってこうやって教えて――、そういえば姉さん、ヨハネス様は? 女の子にまで色目を使う方針に切り替えたの?」
……ローラントには、こっちの言葉を繰り返されそうね……。
「メルルと親睦を深めたいって私の意図を汲んでくれて、先に寮へ戻ったわ。前以上に仲よくしているから安心して」
「そうですよ。いつも一緒にいるのをお見かけしますし、安心してください」
「ふぅん、リックもそう言うのなら、大丈夫そうだね」
「ええ。それよりも、次からはちゃんと連絡を寄越してから来なさいよ。学園に申請する時に伝言も一緒に追記するだけでしょう」
「探すのも楽しいかなって思ってさ!」
探検気分か……おかしいな。ゲームでは世話焼きキャラだったはずなのに、なぜ天然キャラに……。
「まぁいいわ。せっかく来たのだから、あなたもダンスの練習に協力しなさいよ」
「え……メルルちゃんと僕で踊るの? いいの、それ」
「駄目に決まっているでしょう。誰かに目撃されて変な噂が流れたらメルルも困るし、私もヨハンがいるのにリックと踊るわけにはいかないわ」
「そうだよね。それならどうするのさ」
「私はこのままメルルと踊るから、あなたはリックと踊ってあげればいいじゃない」
「ええーーーー!?」
いい案だと思ったのに、なんで二人とも固まっているのよ。
「男女二人ずついるのに!? おかしいよ、それ!」
「おかしくないわ。背の高さもちょうどいいし、最適解ね。次の授業で今よりも形になるように、一緒に二人を特訓してあげましょう」
「えー……ちょっと待ってよ……」
「きっと今日ここでローラントに会ったのは、こうなる運命だったってことよ」
「ただの偶然に決まっているよ……」
あんなに仲がよかったのに、嫌がるわね。
同性同士でも楽しいのに。
「ロ、ローラントさんに、そんなご迷惑はかけられません。俺は俺でなんとかします。あ、ライラさんたちの横で真似しても……」
「……もういいよ、分かったよ。僕が女役をやるよ……。ほらリック、準備して。姿勢悪いよ、背筋伸ばして」
「えぇ!? あ、は、はい」
これは……。
私が提案したものの、かなりシュールね。
「姉さん、見てないで一緒にやるよ!」
――私たちはこの後、やけっぱちなローラントも一緒に夕食の時間までダンスの練習をした。
息抜きに、メルルの持っていた食堂横の売店で買ったというクッキーを食べながら。
「姉さん……僕は姉さんとヨハネス様の様子を見に来たんであって、自分が女役でリックとダンスをするために来たわけじゃないんだけどね……」
「ヨハンとはもう四六時中手をつないでベッタベタだから、なんの憂いもなく次に来た時も付き合ってくれてもいいのよ。フィデスの王子二人とも仲よくなって、友達も増えて最高の学園生活を謳歌しているわ」
「ああ、うん……それはよかったよ……」
こんなに楽しい場にヨハンがいないのは、可哀想だったかな。
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