第20話 セオドアとの出会い
入学式が終わり、大ホールの入口から少し離れた木の木陰でヨハンを待つ。
ヨハンには首席合格者としての挨拶があり、並ぶ場所が違っていた。入学式が終わってからも、学園長と話し込んでいた。
気を遣われないよう目立たない位置で彼を待つ。
寮へ向かうわずかな時間でも側にいたいと思ってしまっている。我ながら激しく乙女だ。待っているだけでそれを感じて、恥ずかしい。
早く来てー、ヨハンー……。
待っていると言っておけばよかったかなと思っていると、目の前を知っている姿が通りすぎた。
「――――あ」
つい、声を出してしまった。
セオドア・オーウェンス。隣国であるフィデス王国の第二王子だ。
濃紺の長い髪を後ろで留め、瞳の色も黒に近い深い青。王子にしては地味で性格もネガティブ。つっけんどんだけれど、実は親切で律儀なタイプだ。このゲームのメイン攻略対象キャラクターの一人。
攻略していないから分からないけれど、わざわざこの国の学園に入学したのは、自国を軽んじていると思われても自分は王位に興味がないと周囲にアピールするためだろう。
王位を継ぐのは兄と決まってはいるけれど、王子が二人いるとどうしても比べられるものだ。
「……私に何か用か」
話しかけられてしまった。
仕方がない、挨拶をしよう。
「私はヨハネス様の婚約者、ライラ・ヴィルヘルムと申します。ヨハネス様からうかがっていた通りのお姿で、つい声をあげてしまいましたわ。申し訳ありません」
両手でスカートの裾を持ち、優雅に礼をする。
「ああ、名前は聞いている。お前が察している通り、私はセオドア・オーウェンスだ。身分はさらしたくない。あまり丁寧には接しなくていい。ではな」
あ、行ってしまう。
ふと、ローラントの言葉を思い出す。
『ヨハネス様も誰かと仲よくは学園ではなりにくいでしょう?』
セオドアなら……大丈夫よね。
「セオドア様、お待ちください」
「……なんだ」
「不躾ではありますが、お願いがありますの」
「……ほう?」
「セオドア様もご承知のことかとは存じますが、ヨハネス様はその立場ゆえ誰かと特別親しくはなりにくく……私とヨハネス様が別で行動する時だけでも、少し気にかけていただきたいのです。友人になれるのかは分かりませんが、私はそれを望んでいますわ」
時間が止まったように沈黙が走る。
目を見開き、驚いているようだ。
「……なるほど。お前は……優しいのだな。私には兄がいるが、そういった気のまわし方を考えたことがなかった」
セオドアが優しげな笑みを浮かべた顔を、こちらに向けてくれる。
……魅力的ね、この人も。
でも、お願いできてよかったわ。
私とかぶらない授業も、きっとあるはずだもの。リックとは学科が違うし。
「ラーイーラー……」
真横からヨハンの声がしたかと思うと後ろにまわられ、それはもうガッチリと抱きしめられた。
しまった……周囲を意識していなかった。いい雰囲気に見えてしまったのかもしれない。
「あら、ヨハン。終わったの?」
「君が待っていると知っていたら、もっと急いだよ」
そう言って、私を抱きしめたままセオドアに向き合った。
「やぁ、久しぶりだね。学園でもよろしく。僕のライラと挨拶でもしてくれていたのかな」
セオドアが、うわぁ……って顔をしているわね……。
いくらなんでも、ベッタリしすぎでしょう。
やっぱり誕生日パーティーの夜の最後の一言は、駄目だったか……。
「……その者がお前のことを思いやっていた。親しい友人などはつくりにくいだろうから、お前とそうなれれば、とな」
「……ああ」
ヨハンが私を至近距離から覗き込む。
なんでセオドアを目の前に、この態勢……。
やっぱり羞恥プレイが好きなの!?
「リ、リックは違う学科じゃない? セオドアなら……あ、間違えた。セオドア様なら仲のいい友人にもなれるかなって。ほら、学生時代はやっぱり友達とも、ね」
しどろもどろになってしまう。
もう誰かの目の前でこの態勢になることに、慣れた方がいいのかしら……。
「僕は君さえいれば何もいらないけど、そうやって思ってくれるのは嬉しいよ。セオドア、そんなわけで僕と仲よくしてくれ」
「あ……ああ、分かった……が……、ベタ惚れだな……」
「そうなんだ。愛し合っているんだよ」
「そうか……」
変な沈黙が走る。
私が友人にと言ったから、両者とも立ち去りにくいのかもしれない。
「そろそろ、寮へ向かいましょう」
そう言って歩き出す。
正直もう、ヨハンの手が腰にまわるのは慣れてきたわ。
「お二人さえよければ、セオドア様も一緒に科目選びをしたいのだけど……駄目かしら?」
「はぁ……いいよ。リックも見かけたら誘おう。それでよければセオドア、寮の説明が終わったら談話室に来てくれ」
「……ああ、分かった」
セオドアが私へと視線を移す。
「私のことはセオドアでいい。学生同士だ。さっきもそう呼んでいただろう。丁寧語も必要ない」
「そ……そうね、失礼をしましたわ。でも、ありがとう。これからは友人ね」
「ああ、よろしく頼む。それからヨハネス」
「なんだい」
「少し言いにくいのだが……この者の言葉にさっき、少し胸を打たれた。だからこそお願いをしたい」
ヨハンがこちらを訝しげに見る。
そんな……色目を使ったのか、みたいな顔をしないでちょうだい。
「知っているとは思うが、私の兄、ジェラルドも交換留学生として半年間、この学園で学ぶ。同じように親しくしてもらえると、ありがたい」
「ジェラルドか……、さっきすれ違ったよ。僕の後に学園長と話をしている。すれ違いざま部屋番号を聞かれて教え合ってさ。そのうち改めて挨拶をしに行くと言われてね。その時が来たら、少し話すよ」
「ああ……ただ兄は……、私的な場だと少し厄介な性格になるんだ。普段私や側近の前でしか出さないが、この学園では……。学園長もいる場では大丈夫だっただろうが、それも含めて温かい目で見てもらえると助かる」
「……合わなさそうだとは、今までも思ってはいたが……」
ちらりと私を見る。
知っているか、という確認だ。
意味深に頷いておく。
「ジェラルド様とも親しくなれると嬉しいわ。もしお会いしたら、伝えておいてくださるかしら」
「……分かった。無理強いはしないが……できるなら頼む」
「ええ」
ジェラルドね……、隣国の第一王子で半年間だけの交換留学生だ。学年は二つ上になる。ゲームではサブキャラクターで、そんなに絡みはなかったけれど……確かに厄介なタイプだった。悪い人ではないけれど、癖が強い。
セオドアの前で、そんなことは話せない。
男子寮と女子寮は、さすがに分かれている。
その後も雑談をしながら寮まで着くと、それぞれに別れた。
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