第19話 メルルとの出会い
「メルル・カルナレアさんだよね」
本当に話しかけちゃったよ、この人……。
「は、はい」
おどおどしながら、メルルがこちらを振り向く。
ふわふわの薄い桃色の髪。紫のくりっくりの瞳。やっぱり可愛い。
そして自分だ。
ゲーム内で自分だと思っていた姿、そのままだ。彼女を見るだけで、その恋を応援したくなってしまう。
「僕はこの国の王太子、ヨハネス・ブラハムだ。君の話は学園長から聞いているよ。平民出身だと困ることもあるかもしれない。何か困ったことがあれば僕にと言いたいところだけど、僕は婚約者でもある最愛の彼女と、おそらくいつも一緒にいると思うんだ。話しかけにくいだろうからね。何かあれば、同じく平民出身の騎士の彼に伝えてくれれば、僕の方に届くだろう」
そう言って、リックをちらりと見た。
「リ……リック・オスティンです。よろしくお願いします」
「あ、はい。メルル・カルナレアです。こちらこそ、よろしくお願いします」
二人の自己紹介を聞いて、やっと私は気付いた。
二人の出会いイベント、ぶち壊したわ、私……。
ここで出会っちゃって、よかったのかしら。
平民出身だと噂に聞いていた彼が寝ているところに遭遇して、髪についた葉っぱを取ってあげるところが始まりだったのに……。
まぁ、過ぎたことは仕方がないわね。
「メルルさん。私は、ヨハネス様の婚約者のライラ・ヴィルヘルムよ。リック様は騎士学校の首席卒業者で、とても誠実な人柄なの。信用できる方よ。私にも何か困ったことがあれば、いつでも話しかけてちょうだい」
「は、はい! ありがとうございます!」
あれ?
なんか、すごぉぉぉく好意的な顔をしていない?
普通は、ヨハンの婚約者の私にも緊張しそうだけど……なぜか私には、わくわくしているような目を向けるわね。
「では、私たちは失礼するわ」
そう言うと、ヨハンが私の腰を抱いたまま、横にずれて二人から距離をとった。
「あれでよかった?」
私のこめかみに軽くキスをするように、彼が小さく囁いた。
「え、ええ……そうね。ありがとう」
私がリックに話しかけたらって言ったから動いてくれたのよね。すごく愛を感じちゃうんだけど……どうしよう。
「まずいわね……私、ますますあなたに、はまりそうな予感がするわ」
「それはいいね。もっと頑張るよ」
「これ以上は、ちょっと……」
「これ以上って……まだまだ足りなさすぎるんだけどな」
「……どこを目指しているのよ」
「お酒の力なしで、この前みたいなグッとくる台詞を意識して言ってくれるところかな」
そ……それって……。
私の頭の中に、きゃるーんな下着姿の自分がこう言っている姿が思い浮かぶ。
『私を、好きにして……』
ムリムリムリムリムリムリムリ……!!!
「そんなところを、ゴールにしないで!」
「ゴールじゃなくてスタートだよ。そこから始まるんだから」
何がよ!!!
あ……駄目だ……朝から頭が卑猥だ。
冷静になろう。
「ずっと気になっていたんだけど、あなたの精神年齢っていくつなのかしら。いつも負かされている気がするのよね。私より上な気がするわ……」
「僕はこれでも王太子なんだよ? 精神年齢でも実年齢でも、僕より上の相手に尻込みなんてしていたら何もできないじゃないか。君を負かしている気はしないけどね」
そうか……。確かに自分より上の人の意見を全部丸飲みしていたら、迷走してしまう。
王太子だし、どんな年齢の人に対しても俯瞰した視点で見ることが求められるわよね。
そういう視点では、私のことをどう見ているのかな。冷静に客観的に見た私って……気になるわね。
「そんなあなたは、私のことをどう分析しているのかしら」
彼の顔を覗き込む。
サファイアのような透き通った瞳。端正な顔立ち。朝の眩しい光に照らされて、金の髪が輝いている。
この人からの愛情を維持するって……難しいんじゃないかしら……。
「そうだな……自信がなくて愛情に飢えている。君の好みは、自分を溺愛してくれる寛容な男だ。僕の想いを信じられなくなって他の男に熱く口説かれたら、簡単になびきそうでもあるね。でも、婚約している限りは大丈夫だろう。君は絶対に浮気はしない。他の男を好きになっても、想いを遂げようとはしない。その点は安心しているよ。隙がありすぎるけどね」
「そ……そう……」
なんともいえない分析をされたわね……。
聞かなければよかったわ。
「他の男は好きにならないと思うわよ。私を好きでいてくれるのなら……」
「つまり、僕が君を好きではなくなったと思ったら、きっと簡単に諦める」
ぐぅ!
いきなり心臓を突き刺すようなことを言うわね……。そういえば、この人は私が浮気しても千年の恋は冷めないとか言ってたっけ。
私は……週末もどこかへ行ってしまう、浮気しているような雰囲気の夫に冷めてしまった。再構築する気すら、酷いつわりが続く中で微塵も思わなかった。
……でも、それって普通よね?
別れ話で片方が納得いかずに軟禁していたら犯罪だし。前世でも、別れ話のもつれからの刺した刺されたの犯罪はたまに報道で見かけたように思う。相手が冷めたのなら諦めなさいよ、と思いながらニュースを見ていた。
犯罪めいた溺愛が許されるのは、ファンタジー世界だけでしょう。
……ここ、ファンタジーだけど。
「その方が健全だと思うけど。あなただって他の女の子に入れあげた時に、責めてくる妻なり婚約者がいたら鬱陶しいでしょう」
王太子の嫁だと簡単に離婚とはいかないし、そうなったら悲惨よね。前世であのままの関係が夫と続いていたら、私はどうしたんだろう。
「僕はずっと君一筋だよ。自信がない君には信じられないだろうけど。だから、分かりやすく愛し続けてあげるよ。他の男が、言い寄ってこられないくらいにね」
私はもう、目の前の王子様が格好いいからなんて理由だけで惚れてしまうような頭の悪い年齢ではない。
顔がよくて身分が高いということは、他の女性に既婚であっても言い寄られるということ。愛され続ける可能性が低くなるということ。
でも……。
「安心して、不健全に僕を愛してほしい」
たった二日でこの人に落とされて、どうしようもなく頭がお花畑になっていくのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます