第27話 そしてまた二人に
「気付いていたなら言ってよ、ヨハン……」
じとっと見る私の後ろに回り込まれ、ぎゅーっと抱きしめられる。
カードゲームをしていたら、この態勢は無理だものね……。もう、ヨハンの腕の中にいるのが当たり前になってきたわ。
「僕のキスの痕がついているよって? あの二人の前で言ってよかった?」
「……それは駄目ね。靴下を履いてからゲームをしよう、とかあるじゃない。さりげなくあなたなら、どうにかできたでしょう」
思いっ切り自分のことなのに人任せな発言ね……我ながら甘えすぎかしら。
「裸足、楽しそうだったし。見せていくスタイルなのかと思ってさ。まさか気付いていないとは思わないよ。こんなに目立っているのに」
「……意地悪で言っているわよね。気付いていないって分かっていたでしょ」
「ははっ、バレたか。牽制になるし、いいじゃないか」
足に触れられながら、耳の近くへ吐息混じりにキスをされる。
二人きりでこれは、まずすぎるわ……変な気分になってしまう。
絶対、確信犯よね。
「牽制って……そういえばあなた、ジェラルドを警戒しすぎでしょう」
「するよ、あいつは危険だ。あんな話し方をする奴じゃなかったんだよ。最初から強い興味を持たれている。それに、簡単に君の懐に入って親切心と庇護欲をかきたてる。そうだろう?」
親切心と庇護欲……。確かに婚約者と上手くいっていないと聞くと、前世の夫との関係を思い出して、なんとかしてあげたくはなるけれど……。
「恋にはならないわよ」
「君はね、好かれれば好かれるほど相手のことも好きになってしまうんだよ。興味どころか、もう強い好感を持たれている。あいつは君のこの足にもすぐに気付いていたけど、なんの躊躇もしなかっただろう。目的のためには遠慮もしない。あいつにも婚約者がいて君も僕と婚約しているから、どうにかはならない、が……短期間での思い出づくりを狙いにこられると困る。とにかく、面倒なことにはならないよう、惚れさせないように言葉には気を付けてよ」
ものすごく分析しているわね……。そうかなぁ……叶わない恋なんて、するタイプには見えないけど。
それに……それだけ聞くと、すごく私ってチョロい女に聞こえない? いや……チョロいのかな。あっという間にヨハンに落ちたような……あれ? それならヨハンも?
「気を付けるけど……。もうヨハンに完全に落ちているし、面倒なことにはならないわよ」
「ずっと落ち続けてくれる保証もないしね。今の君になって日が浅すぎる。熱しやすく冷めやすいタイプかもしれないじゃないか。まだ、君のことを僕はそれほど知らない」
……私みたいなことを考えるのね。
「だから、悪いけど卒業したら早めに結婚してもらうよ。僕はこう見えて臆病なんだ。縛りつけておかないと不安で仕方がない」
そう言われると、今すぐにでも結婚したくなってしまうわね。
親切心と庇護欲……か。ヨハンの分析は当たっているのかもしれない。不安を吐露されると、放ってはおけなくなる。
「いつでもいいわ。あなたに任せる」
「ありがとう、安心した。それで……、君はこのカードで、僕とどんなお題で遊ぶつもりだったの?」
「ああ……これね。実はそんなに決めていなかったけど、言われたら嬉しい言葉、とか。そのあたりかなって」
「それは高い数字だけじゃなくて、低い方も気になるな」
そう言って、数字カードから13をひょいと拾い上げて私の前に掲げた。
「じゃ、教えてよ。僕に言われて嬉しい、この点数の言葉は?」
「……あなたと一緒だと、本来のゲームにならないわね……」
「手段より目的の方が大事だからね。お互いの理解を深めていこう」
そう言われると弱いけど……なんだかなぁ。
うーん……13の言葉か……。
「そうね……『制服似合うね』あたりかしら」
「低いな! 服が似合っているのを褒めるのは、何も感じてもらえないのか……」
「ヨハン、制服似合うわね」
「ああ……、確かに何も感じないな」
そうハッキリ言われるのも、寂しいわね。
「ヨハンは? 13の言葉」
「君と同じっていうのは……」
「却下ね」
「難しいな……」
純粋に悩んでいるヨハンも新鮮ね。
……どんな顔をしていても、格好いいけど。
「うーん、『もてそうだね』あたりかな……」
「ああ、それは私が言われても低いわね」
「じゃ、次はこの38なら?」
「また微妙な数字を出してきたわね……」
さっきのよりは高いわけだから……。
「うーん、『ご飯を食べに食堂に行こうか』にしておくわ」
「え、それが『制服似合うね』よりも高いの!?」
「一緒に過ごせるのだから、高いに決まっているじゃない」
「そ……そうか……」
あれ?
「もしかして、少し照れた? ね、照れた照れた?」
「そんな嬉しそうに……、不意打ちだったんだよ」
「じゃ、やっぱり照れたってこと? ね、ヨハン、そうなの?」
「そうかもね、そろそろ黙って」
ちゅっと、いきなり唇にキスをされる。
……その黙らせ方、卑怯すぎるでしょう。
王子様のわりにはシチュエーションとか考えないわね……。
「それで、ヨハンの38は?」
「これも難しいな……うーん……『また明日』、かな……」
それ、絶対さっきの私と同じ理由でしょう。
「それなら、ヨハンの71は?」
今度は私がカードをひらひらとしてみせる。
「えー、また僕? うぅん、『一緒に行きたいところがある』くらいかな。ライラは?」
「そうねー、『今すぐ抱きしめたい』あたりかしらね」
「ま、待ってよ、それ71なの? そうなのか……」
予想より低かったのかな。
いつも抱きしめられているせいで、言葉の価値が失われているかもしれないわね。
「それなら、ライラの96は?」
いきなりそんな高い数字に……。
結婚しようとか?
愛してるとか?
うーん……なんか違うわね。
「あなたが色々と考えて発した言葉なら……高いと思うわ」
「上手く逃げたね」
「本当に言ってほしい言葉は言わせたくないじゃない。考えて……あなたの言葉で言ってほしい。ね、だから当ててちょうだい」
「なるほど」
ふわりと敷物の上に押し倒される。
至近距離に彼の顔が近づいて、頬をなでられ……。
「いつもと違う制服姿の君を見るだけで、胸が高鳴ったよ。とても似合っていたけれど、まるで別人になってしまったようで……少し不安になった。本当に想いが通じ合ったのか確かめたくて、君の身体に手を回した。食堂へ行こうかと言う僕に当然のようについてきてくれる君との日常も、この上ない幸せだ。これからもずっと僕の隣にいて、『また明日』の言葉を積み上げていってほしいよ。君はあまりに魅力的で、この学園でもきっと他の男を魅了するだろう。抱きしめさせてよ、僕のものなんだと再確認させてくれ」
………………。
さっきのを全部入れてきたわね……。制服似合うねと食堂に行こうかと、また明日ともてそうだねと抱きしめたい、か……。話し方次第で点数なんて変わるんだと言いたかったのかしら。
案外、皮肉屋なのかも。
「愛しているんだ、ライラ。君のいない世界なんて、僕はもう耐えられない。君がいるから生きていられるんだ。君の願いはどんなことでも全て叶えよう。永遠に僕の側にいてほしい」
甘すぎて胸焼けがしそう。
今だけなのか、ずっとなのかは分からないけれど……。
「確かに……96点ね」
「これで96かぁ。じゃ、次はライラだ」
ぎゅっと抱きしめられたかと思うと半回転させられて、気付いたらヨハンの上に乗っかっていた。
「なっ、ちょっと!」
「次はライラが押し倒す番だからね」
なんでそうなったのよ。
まぁいいか……それよりも96……。
褒められるのは慣れすぎているでしょうし、女の子にもキャーキャー言われ慣れているはず。
やっぱりここは、私自身の言葉で……。
メルルとの共通イベント、おそらくヨハンはあの子に惚れないでしょうけど……発生はするはず。その前のダメ押しだと割り切って、恥ずかしいけど頑張ろう。
さっきのヨハンのように、馬乗りになりながら顔を近づける。
「これからもずっと、私だけを抱いて私だけを口説いて私だけを愛してちょうだい。あなたは私を自分のものだって言うけど……あなたの身も心も全て、私のものでもあるのよ。死ぬまで私の虜にさせてあげる。ヨハン、私はあなたの全てが欲しいのよ」
そう言って、今度は私から彼の唇へとキスをした。ゆっくりと離すと……、なぜか彼が固まっている。
「ヨ……ヨハン?」
「……完敗した。完全に悩殺された。少しショックを受けているから、そっとしておいてくれ……」
なんで口説いたのに、ショックを受けているのよ!
「私なりに頑張ったのに……、そう言われると傷つくわね」
「ご、ごめん、ライラ!」
ものすごく焦ったようにそう言うと、強く私を抱いた。
「不安になったんだよ。君にとっての僕は十六歳のガキなんだろう? ずっと好きでいてもらえるか、いきなり不安になった。君に比べれば僕はまだ子供なんだと、思い知らされた気分になったんだよ」
そっか、そういえば十六歳だったわね……。頭がお花畑になりすぎて麻痺していたわ。
私に自信がないように、彼だって見せないようにしているだけで自信がなかったりするのかもしれない。
分かりにくくて……彼が自信を失っていても、きっと私はこれからも気付かない。
――だから、覚えていよう。そんな時もあるんだって。
「いつか、百点の言葉を言い合いましょうね、ヨハン」
「百点? それはどんなって聞いてもいいのかな」
「ええ。共に過ごして最高の人生だったねって、しわくちゃの顔で笑い合うのよ」
「それは確かに百点だ。あーあ、やっぱりライラには敵わないな」
「私だって、いつもヨハンには敵わないって思っているのだから、お互い様よ」
「そっか、それならいいか」
「ええ、それでいいのよ」
そう言って笑い合い、私たちはまた抱き合った。
お陽さまの陽射しが心地いい。
――私たちはそのまま、片付けに来たカムラが起こしてくれるまで、すやすやと眠ってしまった。
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