第28話 共通イベント
今は月の曜日のお昼。
食堂が一番混雑する時間。
これから、ヨハンとメルルの共通イベントが始まる――、そのための準備はもう万端だ。昨日、カムラも交えて話し合ったミッションが開始する。
……大したことはしないけど。
私だけが食堂の外にいて、ゆっくりと中を注視しながら歩く。ヨハンが窓際の席へと歩を進めるにつれて、全ての席が埋まっていく。誰かが荷物を置き……メルルはヨハンに相席を頼むしかなくなる。
二人が座ったところで、私も食堂の中へと移動を開始した。
やっぱり共通イベントは起こるのね……。
心のあり方は、メルルがどんな行動をするかで変わってしまうような、あやふやなものだ。ゲームでもメルルの行動次第で恋愛イベントは発生するかどうかすら変わる。
でも……どこで誰が誰と会う、といった根本の設定は変えられないのね、きっと。
食堂に入ると、メルルに気付かれないように背後にまわり、あらかじめカムラが置いておいてくれた場所取り用の本をどかしてメルルの真後ろに座った。
「ああ、そうなんだよ。初日にも言ったけど、ライラは僕の最愛の婚約者で恋人で、卒業したらすぐに結婚すると思うよ」
どんな会話をしていたのよ!
「とても素敵なご関係ですね。羨ましくなっちゃいます」
「ああ。昨日はね、彼女と芝生を裸足で散歩したんだ」
「ええ!? そ……、え、すごい。さすがですね。なるほど……あははっ、ご、ごめんなさい、笑いが込み上げてっ……、すごい、ヨハネス様。そんな方法があるんですね。やっぱりご提案されたのは、ライラ様なんでしょうか。すごい……私、ライラ様と仲よくなりたいです。……っ、ああもう、笑っちゃう。い、いいですか? ライラ様に話しかけても」
「………………」
後ろを振り返ると、ヨハンがこちらを見て困惑している。
このメルルの反応、もしかして……。
まぁ、私がそうなんだから彼女だって……ねぇ。普通に考えれば、むしろそうでないとおかしいのかもしれない。
椅子を持って彼らの真横に置くと、そこに座った。二人の視線がこちらへ向く。
メルルの目は驚きで見開かれ、ヨハンはやっと来たかというように嬉しそうに笑ってくれた。
「わ、わ、ライラ様!」
「私と仲よくなりたいなんて、とっても嬉しいわ、メルル」
にっこりと妖艶に微笑んで見せる。
さん付けは……友達になるなら、なくてもいいでしょう。
「ごめんなさい、あの、席がなくて……」
「ええ、知っているわ。あなたと相席になると分かっていて、ヨハンをここに座らせたのは私よ。あなたもそうなる運命だと知っていた。そうよね?」
メルルが驚いたように息を呑み、おとぎ話に出てくるお姫様のような可憐な笑顔を私に向けた。
「はい、私も転生者です。ライラ様、私と仲よくしてくれますか?」
可愛いわね……、本当に。
ヨハンはこの子に、ときめかずにいられるのかしら。
「もちろんよ、様もいらないわ。これからはお友達ね」
「はい! ありがとうございます、ライラさん!」
にっこにこね、私がときめきそうだわ……。ゲームそのままだもの。ずっと見ていたくなる。
「そんなわけで、ヨハン。この子も私と同じ世界から来ているわ」
「そうだったのか……。あーあ、僕と君だけの秘密だったはずなのに。少し残念だな」
「……他にも知っている人は、いるはずだけど」
「表の世界では二人だけだよ」
……執事やメイドは裏の世界なのか……。
「それに、僕よりも君への理解が深いかもしれない。価値観や物の見方も含めてさ。ちょっと妬けるな……」
「メルルの前で堂々とのろけないでほしいんだけど……」
いや、メルルの前だからか。
安心させようとしてくれているのね。
「すごいですね、ライラさん。初日にラブラブだったので同じ転生者なんだろうなーとは思っていましたが、こんなに短期間で……。あ、同じ時期だったんでしょうか」
「ええ、その言い方ならおそらくね。入学試験も終わった後よ」
「やっぱりそうなんですね! 私、ライラさんとたくさんお話したいです!」
まぁ、そうよね……。
あのゲームをプレイしたのなら、ヨハンのこの変化には驚くわよね。
「ヨハン、委員会を立ち上げてくれるのなら、メルルも誘っていいかしら」
「君がいいならいいけどさ。あ、それならできるだけ、ジェラルドとしゃべってやってほしいな」
だから警戒しすぎでしょう、ジェラルドを。
「ジェラルドさん……ですか? 昨日お会いしましたが」
お、共通イベントが発生していたのね。
「ジェラルドが、ヨハンに言わせれば私をそこそこには気に入っているらしくてね。でもヨハン、メルルを困らせないで。ジェラルドとはハッピーなエンドがないのよ。よくは知らないけど。彼女には彼女の人生があるんだから」
「そうだな、忘れてくれ。お願いしておきたかっただけだよ。僕が公務に戻ってしまう時に、ライラとジェラルドがたまたま会ってしまうような場面を見たら、すかさず邪魔をしてもらえるようにさ」
「……十代らしく余裕もなく私に恋をしているように見えるわね……」
こうなってほしいと思っていた時にはならなかったのに、なんで今こうなっているのかしら……。
「あのやり取りを見たら、そうなるよ。余裕のない僕は好みじゃない?」
「そうなればいいなとは思っていたけど、あなたらしくなくて心配になるわね」
「僕も君が心配だよ。メルルの前で思いっきりのろけているけど、いいの?」
「全然よくないわ……」
にこにこしながら私たちの話を聞いているメルルに、改めて向き合う。
「それで、ボードゲームでジェラルドやセオドアも入れて遊ぶ委員会を立ち上げようとしているのよ。遊ぶだけだと立ち上げ理由にはならないから、目的は開発にする予定だけど。リックも誘おうと思っているわ。よかったら参加して?」
「わぁ、嬉しい! ライラさん、ボードゲーム好きなんですね」
「ええ。大学時代に、そんなサークルに入っていたのよ」
本当は産まれてくる子供と遊びたかったけれど……仕方ないわね。こちらでそれは叶えよう。
「そうなんですか……私は大学の合格発表後にここに来たので、サークルとかよく分からなくて。とっても楽しみです」
「え……」
彼女はそんな時に、あの世界で死を迎えてしまったのね……。大学生独特の青春を味わうことなく……。
「メルル……、一緒に遊んで、ここでたくさんの思い出をつくりましょう。楽しい時間を、一緒に過ごしましょう」
「はい! この学園を受験するの、実は迷っていたんですが……入ってよかったです! ライラさんはこの世界の女神様みたいですね」
「大げさね。まだ何も始まっていないわ。楽しい時間は、これから始まるのよ」
「…………はい!」
本当にいい子ね。前世での大学生活も味わってほしかった……。
そっか、受験を迷っていたのは私の罵詈雑言をゲームのように受ける可能性があると思っていたからね、きっと。
「それじゃ、私たちはまだご飯も食べていないし、失礼するわ。また詳細が決まったら伝えるわね」
「はい、ありがとうございます!」
ヨハンと一緒に立ち上がり、注文場所へと向かう。
途中で、突然隣の席などに置いてあった荷物をたくさんの生徒がどかし始めたので、鞄で場所を取った。
「……惚れてない?」
私の腰に手を回すヨハンに、そっと聞く。
「君に改めて惚れ直した。それだけだよ」
「……そう」
可愛いと思った?
少しはときめいた?
気になるけど、イエスだとしてもノーだと答えるでしょうね……。
「二人きりになりたい相手は、変わりないかしら?」
安心したくて、前にリックたちとした『あてっこゲーム』にかこつけてもう一度聞いてみる。
「ああ、もちろんだ。一緒にいたいのも愛しているのも、君だけだ」
ぶれない言葉にほっとする。
まだ……、完全には安心できない。
この私がヨハンとこうなってから、彼が言った通りに日が浅すぎる。
でも……メルルとはきっともう何も起こらない。それだけは、信じられる気がした。
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