第10話 客間へ
大広間を出て、やっとほっとする。
ゲームでのアンソニーの印象が強すぎて、ああいう場で「私」って言われると違和感が大きいわね……。
学園では、常に「俺」だった。
貴族なのに珍しいわよね……外国にいる期間が長かったからかな。
シーナがすっと現れて、話しかけられた。
「お疲れのところ、失礼いたします。ローラント様とリック様が客間にてお二人をお待ちですが、どういたしますか。ご無理はされなくても、とのことです。お食事もそちらにありますが」
ヨハンと目を合わせる。
これは……あれね。
前回ローラントが言っていた、ヨハンとリックを仲よくさせる作戦……かしら。そういえば、騎士学校から今日は戻ってきていたはずなのにローラントの姿を見なかったわね。
ヨハンが公爵家に来る時を見計らったのでしょうけど、婚約者である私がリックと仲よくしすぎると、おそらくヨハンが面白くなくなるという諸刃の剣。
難しい舵取りが、要求されるわね……。
「ヨハン、私はあなたと、そちらへ行きたいわ。二人で過ごすのは、それからでもできるもの。リック様はローラントがたまに連れてくるの。学園にも騎士学校首席卒業者として入学されるし、学園にいる間だけでも身分を越えてあなたと友人になれればと思っているわ」
「……特定の相手と深くは……」
「卒業後の便宜を図ってもらおうとはしないわ。そういう方よ、リックは」
「……へーぇ、リックって呼ぶくらいに親しいの? 性格も知り尽くしてるって?」
しまったー!
だ、だって、ゲームをやりながら、心の中でリックって呼び続けていたんだもの。最近まで綾香だったのだから、仕方ないじゃない。
「い……いえ、そんなことないわ。仲よくなったのは、この前のたった一日で……」
「僕ともそうだよね。なに、僕以外にも色目を使ったの?」
「つ、使ってない、微塵も使っていないわよ。あなたがそんなことをローラントに聞くから、リックをうっかり無視してそんな話をして親しくなっちゃったのよ」
「ああ……聞いたんだ。君は最近、隙がありすぎるな。仕方ない、君との関係も把握しておきたいし、行こうか」
「…………ええ……シーナ、案内をお願い」
「かしこまりました」
私の立ち位置が難しすぎるわ……。
私とリックの関係を探られながら二人を友人関係にするには……、策が必要かしら。
着くまでに考えないと。
うーん……できそうなら……アレとかどうかな。無理かな。
考えながら、ふと思い出して後ろを振り返る。今日は招待客も多い。護衛としての意味も持ちつつ、クラレッドとカムラ、ミーナもついて来てくれている。
……カムラの顔色も普通そうね。激務でやつれているという感じでは、なさそう。
ちゃんと調整はしてもらっているのかな。
前世では、仕事ができる人ほど多くの仕事を任されて潰れやすい状況がよくあった。よく考えるとシフトの許可は国王様ではなくて、ヨハンが出している可能性も大きいわよね。
それなら……。
「ラーイーラーーー? 今度はカムラが気になっているの? あちこちに気が多すぎだよ」
「ち、違うわよ。前回の一件で、できすぎる執事さんだってことが分かったから、激務で体調を崩したりしていないか、ちょっと気になったのよ」
「大丈夫だよ。カムラの仕事の割り振りだけは、クラレッドと相談もしながら僕が全部決めているんだ。内容は力量があるから楽ではないかもしれないけど、無理はさせていないよ」
「そうなの。ヨハンが決めているのなら、安心ね」
「はぁ……。そこは信じてもらえて、よかったよ」
そう言って、広間を出た時に外された手が、また腰に回される。
えーと……なに、これ。
「この手はなにかしら。くっついていないと気が済まないほど、私に惚れてくれまして?」
「手綱を握っていないと、危険そうだと思っただけだよ」
手綱!?
手綱なの、これ。
「私を思うように動かしたいと?」
「放っておくと雲の上まで飛んで行きそうだ。地上にいてくれれば、それでいい。その程度の、長くて緩い手綱だ」
なによ、それ……。
はたから見ればベタベタなのに、実は手綱って……意味が分からないわ。
「地上にいるのなら、自由に走り回ってもいいということかしら」
「ああ。僕の腕の中にいながら、自由に飛び回ってくれて構わない」
どんな状況よ!!!
変な想像をしてしまったわ……。
でも……、何が言いたいのかは、大体分かったわ。
私には、直近で三十年近く……いえ、二十年とそこそこの綾香の記憶がある。どうしても綾香の価値観で動いてしまい、令嬢らしくない行動や言動が多くなる。
ヨハンはそれに……許可を出したのね。
彼が私を抱いていれば、それだけで認めているということになる。その場面を見た人から、批判されにくくなる。
ヨハンがメルルに惹かれる理由の一つは、平民らしい自由な考え方だ。
もし、私にそれを感じて今後の批判もかわしてあげようと思ってくれたのなら……、私になってしまう前のライラが、少し可哀想ね。
――令嬢らしく、頑張っていたのに。
せめて……メルルではなく、その記憶を持つ私が、ヨハンの愛を勝ち取ってあげたいと思う。
「こちらです」
この客間にしたのね。
ちょっと広いけれど、私たちを呼ぶつもりだったからなのかしら。
ローラントについている扉の前の護衛が、私たちに礼をして立ち去って行く。幼い頃はメイドがついていたけれど、今は成長したので男性だ。
……お手つきをしたら、問題だしね。
「お二人を、お連れしました」
ノックをしてシーナがそう言うと、案の定ローラントが扉を開ける。
フットワークが軽いわよね。「どうぞ」と言えば、いいだけなのに。
「お待ちしておりました、ヨハネス様」
愛くるしい顔で私たちを迎えるローラントに、内心ため息をつく。
……さて、頑張りますか。
難しい舵取りを。
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