第23話 食堂でアンソニーと(原作と類似。次回は違います!)

 ヨハンと共に一度席に鞄を置くと、遠目でセオドアとメルルが話しているのが見えた。リックは友人と談笑しているようだ。


 メルルは靴屋さんの娘だ。

 この学園の規格外の靴の特注先の一つでもあり、ゲームでのセオドアとの出会いはそこだった。足のサイズが大きすぎてメルルの靴屋を訪れたという流れだったはずだ。他の貴族と顔を合わせたくないセオドアが、あえて平民街のメルルの靴屋を選んだという設定だ。おそらく、その時のことを振り返る共通イベントでも発生しているのだろう。

 リックは騎士学校の出身なので知り合いも多い。それぞれ話しかけられたのかもしれない。


「メルルは誰を選ぶのかしら……。ヨハン、惑わされないでね」


 注文場所へ向かいながら、相変わらず腰に手をまわしてくるヨハンにそう呟く。


「僕は大丈夫だけど、君がね……」

「私も大丈夫だってば」


 やっぱりまだ信頼関係は築けていないわね……。


 学食を選ぶとトレイを持って席に着く。混雑しているので今回は横並びだ。


 学食はここでも寮でも三種類の定食から選ぶようになっていて、学費に含まれているので料金もかからない。メニューもなかなかに豪華だ。食堂で頼む場合、単品も用意されている。


 疲れているし肉からガツガツ食べたいところだけど、太らないようにするためにも食物繊維から食べよう……。


「では、いただきましょう」

「ああ、そうだな」


 サラダを一口食べ、ふと前世の乙女ゲームを思い出した。


「そうそう、他の女の子と仲よくして私に嫉妬させるみたいなお子様なこと、しないでちょうだいね」


 よくある恋愛イベントではあるけれど、実際にされたらたまったものではない。一応、釘を刺しておこう。


「するわけがないだろう。君に愛想を尽かされてしまう。むしろ無自覚にしているのは、ライラの方だ」

「――――う」


 そう言われると……そうかもしれない。

 でもヨハンには友達との時間も大事にしてほしいし、私だけ仲よくしないわけにも……。


 愛想を尽かされることしているのかな……、私。


 そういえば大学時代に同級生と付き合った時も、別れの言葉は「俺がいなくてもお前は大丈夫だろう? 俺を必要としてくれる女の子がいてさ」だった覚えがある。

 多少は男友達もいたし……それも必要としていないと思われる理由だったのかな。

 

 一人は寂しくて誰かと付き合って、心が安定した頃に離れていく――、それを繰り返していたような……。


「ごめんね、また落ち込ませてしまった。他の男に惹かれないでとお願いしているだけだよ。君の意図は分かっている。今のままでいいよ」

「いいのかな……愛想、尽かされないかな……」

「それは僕の方も心配だよ。君が落ち込んでくれると安心してしまう。癖になりそうだ」

「……それはやめて」


 よしよしと頭をなでられて、今のままでいいならいっかと、どうでもよくなってくる。我ながら現金過ぎだ。


「私が浮かれるのも落ち込むのも、あなた次第ね」

「どっちの君も魅力的だからな。どちらも見たくなってしまう」

「……落ち込ませないでちょうだい」


 だんだん落ち込まされるのもアリな気がしてきた。どうしようもないわね、私……。


「相変わらず仲がよさそうですね」


 突然、私の斜め後ろから声がかかった。


 アンソニー……。

 制服を着ていても存在が派手ね。赤に近いピンクの髪と瞳が目立ちすぎる。


「ああ、ライラの誕生日パーティー以来だな。仲がいいと分かっているのなら、邪魔しないでくれないか」


 ヨハン……分かりやすく追い払うわね……。


「俺の絵画へのご興味があり理解も深いライラ様に、ご助言をいただこうと思いまして」


 ああ、そうだったわ……。

 アンソニーは、ゲームの中でもわざとメルルと仲よさそうに話してみせてヨハンに嫉妬させるような、噛ませ犬の役割を担っていた。

 アンソニーの興味を引いてしまったせいで、この世界では私が対象になってしまうのね……。


「アンソニー様の絵画、誕生日パーティーの日にもいただいて、とても感銘を受けましたわ。私には絵心もありませんし、あなたに助言が必要だとも思えませんわ」


 誕生日プレゼントはいつも別室で使用人が受け取っている。予想通り彼の柔らかいタッチで描かれた優しい色づかいの風景画だった。

 

 見た目がド派手で変態発言が売りの彼から、どうしてあんな綺麗なものが生み出されるのかしらね……。

 

「そんなことはございません。ライラ様は以前よりもずっと魅力的でお美しくなられました。それは、ヨハネス様とのご関係に変化があったからですよね。恋をすると文芸家でも音楽家でも表現が変わると聞きますし、実際にそんな例も目にします。俺も、誰かとライラ様たちのような熱い恋愛をした方がいいと思います?」


 この人、混雑している食堂で恋だのなんだの何言ってんの……恥ずかしくない?


 でも、芸術とは真剣に向かい合う男。本気で悩んでいるのかもしれない。

 十六歳だし……そんなお年頃か。

 仕方がない、私も真剣に答えてあげよう。


「恋はするかしないかで考えるようなものではないわ。病のように突然訪れ、いつまで続くのかも分からない。幸せな色とは限らず、悲しい色に彩られてしまうかもしれない。答えなんて存在はしないわ」

「……なるほど」

「アンソニー様が今の自分の色を失うことを怖れているのか変化を求めているのかは存じません。ですが、それは気付いたら絡め取られている蜘蛛の糸のような罠でもあり、またその糸を辿り今まで見たこともないような景色が見られる希望にもなり得る――、そのようなものですわ」


 食堂中がシンとしている。

 

 そうだった……私は将来の王太子妃に相応しくあるよう、よく通る発声練習までさせられていた。私になるまでのライラの努力が、まさかこんな形で発揮されようとは……!

 聞こえないはずの向こうの方の生徒まで、何事かとこちらを見ている。


 どうしてくれるのよ、アンソニーー!

 あんたのせいで、食堂で堂々と恋を語る将来の王太子妃様みたいな構図になっているじゃない!


「と、とにかく、する前から考えたって無駄だということですわ。分かったら、もう行ってちょうだい」


 とっとと忘れよう。

 

 ……そういえば、ヨハンが私たちの仲がいいことを皆に知らしめたいというようなことをさっき言っていた。これで、私たちが熱い恋愛でもしているかのような噂も広がるでしょう。

 

 よかったよかった、そう思って忘れよう。


「確かにそうですね。もしかしたら俺は、自分の色を失うことを怖れていたのかもしれない。こんなに有名になっては、誰もそんなことを指摘してはくれません。ライラ様、俺はあなたに興味がある。たとえヨハネス様のものだったとしても、俺は……」

「離せ、アンソニー」


 いつの間にか、アンソニーが跪き私の手をとっていた。それと同時にヨハンが立ち上がって、ものすごーくよく通る声で制止する。


 もう大注目だ。

 とりあえず、リックやセオドアの方は恥ずかしいから見ないようにしよう。


「アンソニー、そなたの絵画は、私から見ても美しい。今後も民の心を潤してくれるだろう。だが、ライラ・ヴィルヘルムは、私のものだ」


 完全に、王太子モードで話しているわね……。


「ご助言をいただく自由くらいは、あるかと。それに、ご結婚前の火遊びくらい認めていただいてもよろしいのでは?」


 結婚前の火遊びって……浮気しませんかって堂々と誘っているわよね、私を。これもう私を追いかけなくても醜聞じゃない?

 この食堂、これから来たくないなぁ……。


「私のものに手を出すことは許さない。誰であろうと容赦はしない。力ずくで排除されたいのなら、望み通りにしてやってもいいが?」


 絶対王政の君主みたいなこと言ってるけど、これ……駄目なやつじゃない?


「もう一度言おう。彼女は――、私のものだ」


 腹の底から響くような……怖い声。


 ――ぞくぞくする。

 

 こんな声で私のものだなんて言われるほどに好かれていたのかと、震えるほどに興奮してしまう。

 真っ逆さまに落とされていくようだ。

 

 もう戻れない……恋というよりも煩悩の糸に絡め取られてしまったようで――、

 何があってもヨハンは誰にも渡したくない。

 

 さすがのアンソニーも肩をすくめ、立ち上がった。


「俺も、我が身が可愛いですからね。諦めますよ。お幸せに」


 そう言って、ひょいひょいと逃げて行った。

 

 冷え切った空気が心地いい。

 ……ヨハンの気持ちが少し分かってしまった。これだけ愛されているのよと、一人でも多くの人に知らしめたくなってしまう。

 他者への圧力……それは誰の目から見ても分かりやすい愛情だ。身も心も浸したくなって……。


 でも……和ませた方がいいわよね。ヨハンのイメージを悪くするわけにもいかない。


 後ろ暗い欲望を断ち切るように、軽い調子で彼に話しかける。


「……大人げないわよ、ヨハン。私は嬉しかったけど、ものすっごく子供っぽい」

「ああ、君が触れられて抑えきれなかった」


 さっきまでの凍てついた空気が引っ込められ、もう一度椅子に座り直した。


 少し残念ね。


 あぁ〜……、どうしよう。

 ものすごく嬉しい。

 興奮が止められない。


 こんなにムキになってくれるヨハン、初めて見たし。嫉妬イベント……されたら嫌だけど、してもらうのはたまらないわね。


 ああ、駄目!

 顔がつくれない!

 物欲しそうな目でねだるようにヨハンを見つめてしまいそうだ。


 湧き上がってくる嬉しさを止められず、にやついてしまいそうな顔を抑えきれず――、


「私には、あなたしかいないわよ」


 ――浮かれた気持ちで、隣に座る彼の頬にそっとキスをした。


 ここでの一連の出来事、『ライラ様を口説くと力ずくで排除されるらしい』ことと、『ライラ様が食堂で恋を語り、ヨハネス様にキスをした』ことが――、


 この後、学園中に知れ渡ったのは、言うまでもない。

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