第35話

え?

琢斗くんのKSRが、元々私が乗る予定だった!?

でも……分からない話じゃないかぁ……超インドア派で昼夜逆転した生活続いてた時、真面目な顔で注意されたからなぁ……。

なんでも昼夜逆転した生活を続けた人の死亡率が高いとかで、それはもう一切の冗談を許さない真剣さでね。

あと、昼間であの人が同行してればそうそう問題は起きない筈だから、もっと外……世界を楽しもうってのも言われたわね。

トラウマが酷かったのと旦那が居ればそれだけで幸せだったから断っちゃったけど……。

そっかぁ……茜だけじゃなく、私ともバイクでどっか行くつもりだったのかぁ……。


「ってな訳ですので、これにサインを」

「へ?」


だから!

どうしてそこでサインなの!?

ドラマ化とか映画化とか、意味が分からないのよ!


「だから飛ばしすぎだっつーの!」

「……痛いじゃないですか……」


あ、またハリセンでスパンといったわ。

なんか突っ込みぶりに相棒感が出まくりね……って、そうじゃなくて!

琢斗くん、説明プリーズ!


「いくらなんでも、もうちょい説明しろや。あとなぁ……なんでそんなにイラついてんだ?」


えっ!?

イラついてるの!?

何でっ!?


「イラつきもしますよ。彼女達の現実逃避ぶりには、イラつくなんて言葉では足りないくらいにね……あなた達はいったいいつまで現状を放置したままにしておくつもりなんですか?」

「え? それってどういう……?」


な、何で怒られてるの!?

現状を放置って!?


「あー、成る程ね……そういう事か。大体分かったわ」


たっ、琢斗くん!?

何が分かったの!?

せ、説明プリーズ!

とか思ってたら、横から。


「あのー、琢斗? そろそろ私達にも説明が欲しいんだけど?」


カノンちゃんがインターセプトしてきたわ……混乱してたから、ちょっと助かったわ。


「……同意。琢斗が同席しろって言うからいたけど……話が全く読めない……説明を所望する……」


ソナタちゃんは琢斗くんに言われてここにいたのね。

まぁ浮気とか言ってたのもあるとは思うけど。


「……その辺は最後に話そうと思ってたんだけどなぁ……」


うーん、もうここまできたら今更な感じがするし、話すことは吝かじゃないんだけど。


「では、手短に話しましょうか。二人にも手伝ってもらう事はありますし、そもそも東雲家の二人には話す義務がありますからね」


何で!?


「話す義務って!?」

「うるさいですよ。義務を果たさない馬鹿者は少し黙っててください」

「なっ!?」


いきなり馬鹿者!?

た、琢斗くんっ!?

この失礼な人、どうにかして!


「だから飛ばしすぎだっつてんだろーが!」


よしっ!

ハリセン炸裂!

でも、往復でもいいのよ!?


「……痛いですね……琢斗だって思うところはあるんでしょう?」

「いや、まぁお前がキレてる理由は分かるけどさ……」


何でっ!?

キレられてるのが正しいの!?

私達の何が悪いの!?


「……えーと……東雲さんも真由美さんもね……話が分からない上に腹も立ってるとは思うんですが、とりあえず事情を話しちゃってもいいですか? たぶん二人にとって間違いなく重要な話になりますので」

「そ、そうなのね……とりあえず琢斗くんを信じるわ……」


そう言うしかないじゃないのよ……。

でも、琢斗くんはやっぱり分かってるのね……で、分かった上で馬鹿者よばわりされたのに納得もしてるのね……どうしよう、怒られる理由がホントに分からないわ!


「では了承を得たので……と言っても、話はそれ程複雑じゃありません。二年前のクリスマスでストーカーに付きまとわれていた東雲茜さんをお父さんが迎えに行った際、アクセルとブレーキを踏み間違えた暴走車が二人を襲い、茜さんを助ける為にお父さんが亡くなったという話です。琢斗に助けられた……特にカノンなら分かりますよね?」

「……ほわぁ……東雲パパ、カッコいい……」

「……東雲パパ素敵……父の鏡……」


なんか旦那の評価が爆上がりだわ!

でも、あの人は私の旦那だから!

えへん!


「……そこで自慢気な顔してるのがムカつきますね……あなた達は、その素敵な男の名誉が棄損されているのに、それを放置したままではないですか。なのにまぁ能天気に……自覚が無いのが更にムカつきますね……」

「えっ!?」


旦那の名誉毀損!?

それを放置!?

た、琢斗くんっ!?


「いや、ここでこっちを見られても……大体理解はしてますけど、話を聞いてきたのは俺じゃないんで、出来ればこのまま聞いてください」

「……はぁい……」


琢斗くんが言うなら、そうするわよ……。


「そもそもですね……あなた達は何でお義父さんとお義母さんに会いに行かないんですか? 結婚前も結婚後も出産後も散々世話になった方々でしょうに」

「そ、それは……」


だって……私は恨まれてると思うから……。


「疫病神でしたか? あの人の葬儀の時に、親族にそう言われてましたよね?」

「なっ!? なんで!?」


なんで知ってるのよ!?


「あのですねぇ……私も葬儀には行ってるんですよ?」

「う、うそ……」


こんな娘が来てた記憶なんて無いわよ?

いや、頭が混乱してたからあの当時の記憶は曖昧だし、きっとそうなのね……でも。


「ど、どうして来てたのかしら?」


こんな綺麗な娘と……まさか浮気っ!?


「友人の葬儀に出ない理由は無いでしょう?」

「友人!?」


そ、それはもしかしてせ、セ、セック……なんちゃらフレンドとか!?


「あ、あの人が……浮気?」

「は?」


何とぼけてんのよ!?


「だって! こんな綺麗な娘と友達とか! 浮気でしょ!? まさかあの人がJCもイケる人だったなんて!」

「ちょっと待ちなさい! 誰が綺麗な娘ですか!」

「あなた以外にいないでしょーっ!?」


ちくしょーっ!

こんなところで旦那の浮気が発覚するとは思わなかったわよ!

うわーんっ!

琢斗くん、慰めてよーっ!


「お、お母さん、ち、違うの……」


何がっ!?

何が違うのよ、茜ちゃんっ!


「ええ、分かりました……仕方がありませんね……それでは私のポチョムキンを……」


そんな変な事言い出した男装の麗人さんが、何やらベルトに手を掛けてるわ……何?

脱いだら凄いとでも!?

私だって負けないわよっ!?


「だっー! 止めんか馬鹿たれ! そんな汚ねーもん見せるんじゃねーっ!」

「琢斗! 私の名誉が掛かってるんです! 離してください!」

「離すわけねーだろーが、この露出狂!」


よし、いいわよ、琢斗くん!

そのまま抑えておいて!

そのうちに私も……。


「だっー! 真由美さんも脱ごうとするんじゃねーよっ! 東雲さんっ、真由美さんを止めてっ!」

「はっ、はい!」


と、止めないで、茜ちゃん!

これは負けられない戦いなの!

はーなーせーっ!


「真由美さんっ! 見た目で勘違いしたのは分かりますが、こいつは男です! 見た目はともかく、中身はゴリッゴリの男なんです!」

「……え?」


男の子?

いや、男の娘?

マジで!?


「まったく……私程男性らしさが滲み出してる人間なんてそうそういないでしょうに……」

「てめーは、鏡を見てから言えってんだよ!」

「毎日見てますが?」

「それでその結論になるお前の美的感覚がおかしいっつーんだよ!」

「失敬ですね!」


そう!

琢斗くん、いいこと言った!

絶対おかしいから!

でも、とりあえず……。


「ごめんなさい、勘違いしました……」

「……はい、謝罪は受け入れます。渋々ですが……渋々ですが!」

「大事なことなんですね、分かります! 大変申し訳ございませんでした!」


まさか、こんな逆鱗があるとは思わなかったわよ……。

でも良かったぁ……浮気じゃなかったのね……いや、待って!?

そっちに目覚めちゃった可能性は!?


「真由美さん……分かりやすい顔芸は助かりますけど、的外れにも程がありますし、その腐った発想はどうかと思いますよ?」


た、琢斗くん!?

顔芸って!?

そして何で考えてる事がバレてるの!?

やっぱり名探偵なの!?


「もう時間も無いので、話を戻しますよ。彼の名誉毀損ですが、これは現在進行形でまったく解消されていません。あなた達が放置したままですからね」

「……名誉毀損を放置……?」


どうしよう……ホントに分からないわ……。


「ちっ……本当に分からないんですか……」


し、舌打ちした!

今舌打ちしたよ、琢斗くん!

そこで困った顔してないで、何か言ってやってよ!


「まぁいいです。耳をかっぽじって聞いてやがれです。まず真由美さん……あなたがお義父さんお義母さんと連絡をまったく取っていないのは、恨まれてると思ってるからですよね?」

「……ええ、そうよ……」


だって、無理矢理既成事実作って結婚させた疫病神ですもん!

しかも息子が亡くなって、疫病神の私はのうのうと生きてる……さすがにお義父さんもお義母さんも恨んでると思うわ……。


「それが馬鹿者だと言うんです。そもそもあの人達はあなた達を恨んでなんかいませんよ。むしろ心配し続けてます」

「……じゃあ、何で!?」

「連絡ひとつ寄越さないのか……ですか?」

「そうよ!」


心配してるなら、何で連絡ひとつくれないのよ!


「ホントに馬鹿ですね……」

「何でよっ!」


それ以外に無いでしょ!?

だって私は散々迷惑掛けてきたんだし!


「あなたの再婚の障害になりたくなかったからに決まっているでしょう!」

「……え? ……再婚?」


何の事?


「はぁ……あのですねぇ……あなたみたいに若い方が寡婦となったんですよ? ましてやあなたの親代わりに育ててくれた二人が、あなたを恨む訳がないでしょう。あの二人はあなたの再婚の障害にならない様に、前夫との関係性を無くすつもりだったんですよ」

「……そ、そんなの頼んでない……」


わ、私……再婚なんて考えたこともないのに……何でそんな余計なこと考えてるのよ!

お義父さん!

お義母さん!


「頼まれなくたって、娘の幸せを考えるのが親ってものでしょう」

「…………」


そんな事より、私は側に居て欲しかったわよ……。


「あと、彼らが連絡しなかった理由はもうひとつあります」

「……もうひとつ?」


何なのよ……もう全然分からないわよ……。


「親戚連中が寄って集ってあなたを……あなたと彼を馬鹿にしてたからですよ」

「……え?」


私が疫病神扱いされるのは仕方がないけど……あのひとも?

何で?


「何を呆けているんですか……少し考えれば分かるでしょう? 美しさで男を嵌めた美女と、美女に騙されて結婚した挙げ句に亡くなった馬鹿な男……構図としては分かりやすいでしょう?」

「なっ……なんですって!?」


あの人が馬鹿な男!?

ふ、ふざけるな!


「怒りは分かりますが、まずは話を進めましょう。あの二人があなたと連絡を取らなかったのは、そんな親戚連中からあなた達を隔離しようと思ったからですよ。賠償金だなんだと騒がれるとあなた達に迷惑が掛かりますからね……何しろ結構な資産家ですもんね、真由美さんは……いえ、この場合は香月伸々先生の方がいいですかね?」

「えっ!? 香月伸々!?」


なんで私の真名がバレてるの!?

あと、琢斗くん驚き過ぎ。


「あぁ、琢斗は聞いてなかったんですね。真由美さんは実写映画化までした、あの幕末剣心の原作者ですよ」

「先生! あとでサインください!」


分かったわよ、琢斗くん!

それくらい何枚でもあげるわよ!

でも、今はそれどころじゃないの!

旦那が馬鹿な男ってどーゆー事よ!?

どーゆー事なのよーっ!!

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