第9話

走行前整備としてオイル交換をし、ブレーキキャリパーやマスターシリンダーからのオイル漏れも無くホッとしていたところに来訪者が現れた。

「やっほ~、作業は順調~?」

軽いノリで手を振りながら近付いてきたのは、東雲さん似の美人さんだった。

東雲さんのお姉さんか……見た感じ女子大生かな?

「あ、はじめまして、天川です。お邪魔してます」

家に上がった訳ではないとはいえお邪魔しているのは確かだから先に挨拶をしておけば良かったか……。

「こちらこそお構いもせずごめんなさい。今から構うから許してね?」

変わった返事が返ってきたけど、こういう軽いノリの人なんだろうね。

「そうそう、ありがとね琢斗くん。バイク直してくれてるんだって?」

そう言ってお姉さんはペットボトルのコーラを差し出してきた。

俺は何もしてないけど、頭を軽く下げてありがたく受け取る。

しかし「琢斗くん」か……東雲さんから事前に話を聞いてたのかな?

色香に惑わされてフラフラ寄ってきたんじゃないですからね?

でもまずはコーラに感謝。

「ありがとうございます。でも、直してるのは東雲さんで、俺は横から見てるだけですから……あ、コーラいただきます」

変に気を使わせちゃうのもあれだし、ここは気兼ね無く飲むのが正解だろう。

「どうぞどうぞ~。でも教えてくれてるのは琢斗くんでしょ~?」

「まぁ、それはそうですけど、大した作業じゃありませんからね」

アクセスの良い剥き出しのキャブを外してドブ漬けするだけの簡単なお仕事だからね。

この程度の事、「情けは人のためならず」がモットーのバイク愛好互助会会員(自称)としては手間とすら感じない。

そもそも素人でも簡単にイジれちゃうのがミニモト系の魅力だし、昨日渡してたサービスマニュアル読んでりゃ俺がいなくても出来ただろうし。

「それでもよ。茜のめんどくさい拘りに付き合ってくれてるんだもの」

「めんどくさい?」

はて?

何かあったかな?

横からぼーっとアドバイスしてるだけだし、めんどくさい事とか思い付かないけど。

「バイクに触るなって言われたんじゃないの?」

「言われてませんよ?」

なるほど、そこか。

「言われてなくても気付いたんでしょ?」

そりゃあれだけ分かりやすけりゃねぇ。

「確かにそうですけど……そういう人は珍しくありませんし、東雲さんの場合は特におかしな話ではないですし」

「……どうして『特に』そう思ったのかしら?」

え?

そこ聞いちゃうの?

チラッと東雲さんを確認すると……物凄く真剣な顔しててこっちを見つめてました。

なにこれ、ちょっと怖い。

真剣な顔してるだけで怖いとか、美人さんが怒ったらどれだけおっかないんだろ?

「茜の事は気にしなくていいわよ~。さぁさぁ言っちゃって~」

お姉さんは軽いノリで言ってるけど、いいのかなぁ……。

もう一度東雲さんを見てみると、更に真剣みの増した顔で合図していた。

右手の親指と人差し指で丸を作ってるから、たぶんOKって事なんだろうけど……なんか常時丁寧語の東雲さんのイメージと違って、ちょっとノリがお姉さんと似てるね。

まぁそれはそれで天上人が下界に降りてきた感じで好感持てるけど、それはともかく。

「じゃあ言いますけど……東雲さんのバイクって……」

デリケートな話だと思うんだけど、OK出てることだし素直に言ってしまおう。

「お父さんの形見ですよね?」

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