第18話

騒がしい昼食を済ませ、俺たちはガレージにてKSRの作業に戻った。

とは言っても、作業自体は逆の手順なだけだから簡単なもんだ。

外すより戻す方が大変……と言うか重要なのは確かなんだけどね。

バラしたはいいけど、元に戻せないとか素人DIYだと普通にあるしね。

あ、勿論キャブは慎重に組むよ?


「エアブローはそんなもんで大丈夫だよ」

「はい」


ドブ漬けしてたキャブは僅かに残った汚れを除去して、先程水洗いして洗浄液を落としてもらってきたから、エアブローで水分を飛ばしてもらったところ。

某輸入工具屋で売ってるオイルレスコンプレッサーがあったから、それを使わせてもらった。

このガレージ、それなりに揃ってるんだよなぁ……使った形跡が殆ど無いけど。

最初はガレージライフに憧れて揃えただけかと思ったけど、走行距離考えるとヤバめな予想が立っちまうんだよなぁ……。

まぁ、それは今考えなくていいや。

とにかくKSRの復活が最優先だ。

元々全然走ってない新古車だから問題だった内部の汚れを落としてしまえばキャブレーター自体は再使用に問題は無いし、ドブ漬け前に詰まっていた部分は確認しているからトラブルシューティングが正しかった事も分かっている。

スロージェット廻りが特に酷かったからね。

だって完全に詰まってるんだもん……こりゃガソリン出もてこんわと。

ジェット類はガッツリ詰まってたから、新品に交換だ。

再利用は一応可能だけど、そっちはあくまで予備として取っとくだけ。

今回は新車時の状態に戻す事を最優先にする感じかな。

あと、眠ってた際の状況を考慮して念の為フロートバルブの交換をするくらいだね。

Oリングなんかは単品供給なかったから、この辺は代用品だ。

交換したジェットなんかは俺のストックからの持ち出し。

ビッグキャブになったから使う予定無くなったしね……いちいち細かい部品をオークションなんかで売り捌く時間が勿体ないから、無駄にストックしておくくらいなら……と言ったら納得してくれた。

もっとも、このKSRもビッグキャブ化が控えてるから、無駄に新品投入してるようなもんだけど、まずは直さない事には話が進まないからね。

オリジナルの状態を体感してからボアアップした方が変化を実感出来て楽しいしね。

で、もちろんキャブ廻りの作業に関しては分解の最中に説明済みだから。


「次はこれらを組み込めば良いのでしょうか?」

「そうそう。さっき緩めたのと同じ位……よりチョイ緩めで締め付ければいいからね。緩めるときはどうしても固着分で固くなってるから、その差分を考えてね。さっきも言ったようにジェット類は素材自体が柔らかめだから一応ネジ山潰れちまうのに気をつけて」

「はい」


まぁドブ漬けの空き時間で俺のKSRの元キャブ使って練習させたから余裕だとは思ったけど、覚えが良いのか不安なく作業終了。

ちなみに俺のKSRから外したキャブレーターをポン付けしなかったのは、このKSRに他のバイクという異物を入れるのを避けたから。

再使用不可なら話は変わってくるけど、洗浄で済むならそっちの方がいいからね。

とは言ってもジェット類は既に交換したし、細かい事言い出すと部品一つ交換出来ないじゃんって話にもなっちゃうから、この辺はバイクにもう少し詳しくなって部品交換は当たり前という認識をしっかり持ってもらいたいところだ。

あと直した実績ってのは自信に繋がるし、長く乗るならその自信はあった方がいいしね。

一応この辺も全部説明済みだ。


「これでよろしいでしょうか?」

「うん、大丈夫。フロートレベルの確認もしようか」

「はい」


さっきノギスの使い方も教えておいたから、こちらも問題ない。

まぁフロートに関しては調整出来ない仕様だから確認だけなんだけどさ。

精度の低いイタリアンな旧ウェーバーでもあるまいし、国産はほぼポン付けでいけるしね。

だからこれも勿論問題無し。


「問題無いね。じゃあ残りを組んでいこうか。」

「はい」


あとはホントに元に戻すだけの作業だけだ。

真剣味が違うからってのもあるとは思うけど、整備が初めてなのに迷う事なく元に戻すとかなかなかだよ?

世の中のDIYなおっさんライダー達のかなりな割合が“バラしたけど戻せない”という事態を経験してるからね。


「お、終わりました!」


おー、充実感と言うかやりきった感が言葉に現れてるね。


「うん、お疲れさま。あとはエンジンを掛けるだけなんだけど……もう1つだけチェックしとこうか」


簡単なチェックだし、おろそかにしちゃいけない。

装着前にキャブ単体でチェックしておいた方が良い作業なんだけど、大丈夫なのほぼ分かってるから作業進めさせちゃったんだけどさ。

車体に装着状態で確認するのがベストなのは確かだしね。


「えっと……そのホースをどうするのでしょうか?」


取り出したのはクリアピンクの耐油ホース。

ホームセンターで普通に手に入るやつだ。


「まずはこれをキャブのここに繋げて」

「はい……これでいいでしょうか?」

「そうそう。じゃあ、このホースの反対側をU字を描く様に上に向けてから、キャブをしっかり押えてここのブローをプラスドライバーで緩めて。それからフューエルコックをONにして」

「はい……これでいいでしょうか?」

「うん、OK」

「……あ、ホースに何か流れてきました。これは……ガソリンですよね?」

「うん、正解」


意外とこの作業をしない人多いみたいなんだよね。

マニュアルにも書いてあるのに……キャブ単体でも出来るのにね。


「この作業の意味するところは、さっき新品に交換したニードルバルブの作動チェックとフロートレベルの再確認だよ。稀に引っ掛かってバルブが閉じられずオーバーフローする事があるからね。で、キャブの中は見れないけど、油面……ガソリンが満杯になった時の高さが分かるんだ。物理でパスカルさんのお世話になったからこの辺は分かるでしょ?」

「はい、分かります。さっきの“ふろーとばるぶ”が正確に組み付けられていないと、ガソリンが溢れ出すという事ですよね?」


お、トラブルにまで理屈を繋げられるとか、素晴らしい。


「そういう事。組み付け時には限らないけど、キャブに関しては定番みたいなトラブルだよ。で……ほら、ガソリンが」

「はい、止まりましたね。この高さで維持されているという事は……問題無いと判断してもいいですよね?」


自分で結論に至るのも重要だ。

聞いてきてるのがあくまで確認だというのがまた素晴らしい。

原理を理解してないと出てこない言葉だからね。


「うん、問題無しだ。あとはフューエルコックはそのままで、ブローを締めてホースを外せばOKだ」

「ホースに残ったガソリンはどうすれば?」

「ちょっとだけだし、すぐ揮発するからウエスに吸わせちゃってイイよ」


何しろ今日は夏日だ。

直射日光に晒されてなくてもあっという間に気化しちまうし、密閉空間じゃないから充満して危険なんてこともないし、燃えるような火種は無いしね。


「はい、じゃあこれで……」

「作業終了だ。バラす前に点火確認もしてるんだから、あとはもうエンジンを掛けるだけだね」

「……はいっ!」


おお、気合入ってる……ってか緊張してるのか。

あれだけ頑張って蹴り続けてたんだから、緊張もするわな。

だからもう少しだけアドバイスしとこうか。


「掛け方は今まで通りでいいけど、掛からなかった期間を考えたら10回位は蹴らなきゃいけないと思うから、その辺は頭に入れといてね」

「……わ、分かりましたっ!」


うーん、緊張してるねぇ……跨る動きがカチコチだし、よく見ると身体が震えてるし……もう少しだから頑張れっ!




----------------------------------------


作業は自分でも驚くほどアッサリと終わってしまいました。

彼が大した作業ではないと言っていた意味がよく分かります……が、それは彼の教え方によるところが大きいという事も理解しています。

でなければ、私みたいな素人がこんなに簡単に作業を終わらせる事なんて出来なかったでしょう。

あとはエンジンを掛けるだけですが……緊張してしまいます。

彼を信用しない訳ではもちろんないのですが、どうしても不安になってしまいます。

そんな私に、彼はアドバイスしてくれました。


「掛け方は今まで通りでいいけど、掛からなかった期間を考えたら10回位は蹴らなきゃいけないと思うから、その辺は頭に入れといてね」


ここまでお膳立てしてもらって駄目だったら……今までの私だったら1回目が駄目なだけで心が折れてたかもしれません……アドバイスありがとうございます!


「……わ、分かりましたっ!」


私は気合を入れ直します。

緊張で身体が震えてしまってますが、この際無視です。

お願い……ケイちゃん掛かって!


「じゃあ……いきますっ!」


慎重に上死点出しをして、それから思い切り踏み込みます……が掛かりませんでした……。

でもまだです!

彼は10回位蹴らなければならないと言っていたのですから、私は最低でも100回は頑張るつもりです!

いつもやってたのと変わりませんしっ!

もう一度上死点を出して……踏み込むっ!

ですが、まだ掛かりません……。

でも、まだたったの2回です。

絶対に諦めませんっ!

もう一度上死点を出して……踏み込むっ!

また駄目でした……が、もう一度ですっ!

ここまでは全て彼がお膳立てしてくれたんです。

途方に暮れていた私に進むべき道を示してくれたんです。

であれば、私がするべき事は正しい手順で粛々とキックペダルを踏み込むだけです。

慎重に上死点を出して……1度深呼吸をして……踏み込むっ!

あっ!

今、少し反応がありましたっ!

僅かではありますが、ポンポンとエンジンに反応がありましたっ!

これはもしや……いえいえ、慌ててはいけません。

基本に忠実に。

彼は言っていました。

バイクというのは正しい整備をして正しい手順を踏めば必ず動くと。

であれば、私は基本を守るだけです。

慎重に上死点を出して……1度深呼吸をして……お願いっ!

すると……来ました!

ついにっ!

背後のマフラーから今までの眠りが嘘の様な軽やかな音と共に、ケイちゃんが息を吹き返しましたっ!


「か、掛かりましたっ!」


これです、このポロロンという可愛らしい音がケイちゃんの音でした。

そして微かに漂う排気ガス臭……これです、これがお父さんとの思い出なんです。

エンジンを掛けた時のお父さんの嬉しそうな顔を思い出してしまって、涙が止まりません……。


「おめでとう」


そう彼が言ってくれたのですが。


「……はい……ありがとう……ございます……」


嬉しすぎて、私はそれ以上感謝の気持を言葉にする事が出来ませんでした。

本当にありがとうございます……。

お父さん……今年の夏、私は宗谷岬に行きますっ!



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


と、茜は言っていますが、自分の書くペースですと北に向かうのはまだまだ先になります……完結まで大筋は出来てるんですが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る