第31話

何だかお母さんに振り回された気がしなくもありませんが、兎にも角にも琢斗くんのお店にやってきました。


「とりあえずお店の駐車場には着いたけど……」


どうしましょう……引き籠もりの私達にとって、道のお店に足を踏み入れるというのは物凄くハードルが高いのです。


「茜、琢斗くんどこにいるか分かる?」

「いえ……お店に来れば分かるとしか言われてませんでしたので……」


琢斗くんがその辺の配慮を欠くとは思えませんが……と思っていたところで琢斗くんがTT−R君を押しながら現れました。

やっぱり外で待っててくれたんですね。


「あ、琢斗くんいたわよ。行きましょ」

「はいっ!」


ただでさえお母さんのおふざけで時間を浪費してしまっているのですから、これ以上お待たせする訳にはいきません。

でも駆け寄ったりはしませんよ?

だって転びそうな気がしますので……。


「お、お待たせしました!」

「琢斗くん、お待たせ〜。今は何をしてたのかしら?」


時間を無駄にするような方ではないでしょうから、きっと何かをされていたと思いますが……あ、TT−R君がしっとりと濡れてますね。


「ちょうどTT−Rを洗い終わったところです。これから工房に入れちゃいますんで、中で待っててもらえますか?」


やっぱり洗車だったんですね。

普段から綺麗にしていたつもりではいましたが、手が入らないところもありましたし、整備に入る前の洗車は必須なんでしょう。

でも、中で待ってるということは……お店拝見ですね!

ど、ドキドキします!

だって、琢斗くんのお店なんですよ、琢斗くんのっ!


「それじゃ店内を適当にプラプラ見てるわね」

「それでもいいですし、カフェスペースもありますから、そっちで待っててもらってもいいですし、その辺は自由にのんびりしててください。自分もすぐにそっち行きますので」


カフェ……私達親子の憧れ空間ではないですか!

知ってますかっ!?

私達親子は自宅で時々喫茶店ごっこをして、その後虚しさに襲われて落ち込むんですよ!?

恥ずかしいので言いませんけど!

なんて馬鹿な思考をしていたら、車椅子に乗ったおじさまが現れました!


「ようこそいらっしゃいました。東雲さんと、そのお母様で合ってましたか?」

「は、はい、そうですが……」


え?

な、何で知ってるんでしょう……?


「こっちから声を掛けるなって何度言ったら分かるんだよ、馬鹿オヤジ。あと東雲さんの事はアンタにゃ話してない筈だけど?」

「お、オヤジ!?」

「お父様ですか!?」


お、おとっ、おとーしゃまでした!

琢斗くんのおとーしゃまです!

ど、どどっど、どうしましょう!?

どう挨拶したらいいのでしょうか!?

対人スキルが皆無なので分かりませんっ!

お、おかーさーんっ!

へーるぷみーっ!


「そーです、お父様です! いやー、琢斗が綺麗どころ引っ掛けてくるって聞いたもんだから、いてもたってもいられなくて……」

「だれがナンパ師か! 親父は単にネタに飢えてただけだろうが!」

「そうとも言う!」

「開き直ってんじゃねーよ……」


あ、最初の印象と違って、気さくな方の様です……良かった。

これなら何とか挨拶できると思います。

でも……車椅子の事には触れた方がいいのでしょうか……それとも触れない方がいいのでしょうか?

どうしたらいいのか分かりません……でも思い返してみると、我が家で琢斗くんに私達の事を話してほしいとお願いした事は、今の私と同じ悩みを持ってる方に強要したようなものでしたよね……琢斗くん、ごめんなさい。


「それに、ほら……琢斗の“おかしさ”とか、説明した方がいいでしょ? 私が“こんな”なのとも一応とはいえ無関係な話じゃないですしね」


おかしいとは思っていませんよ!?

凄いと思ってるだけです!

あ、でも説明いただけると嬉しいです……けど。


「えっと……その辺の話をお伺いしてもよろしいのでしょうか?」


はい、そもそも聞いていい話なのか……そこが問題です。

似た問題を抱えているからこそ、話を聞くことにも躊躇があるわけで……。


「別に隠す様な話は無いですし、好きに聞いちゃってください」


あ、いいんだそうです。

でも、聞くのではなく聞かせていただけると助かります……だって、お話する自信が無いんですもん!

対人スキルが皆無なので!


「んじゃ、東雲さん達は私と一緒に」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「……よ、よろしくお願いしましゅ……」


き、緊張し過ぎて噛んでしまいました……は、恥ずかしい……。

でもゴメンナサイ……お話する自信がまったく無いので、全てお母さんに丸投げします!


「あ、忘れてた」

「え? 何を忘れてたの、琢斗くん?」


ここで、まだ何かあるのでしょうか……お父様の登場でも頭がいっぱいなんですが……。


「モト・アトリエへようこそ」


大事な事ですよね……さすがは店長さんです。

でも“アトリエ”って画家さんとか陶芸家みたいな芸術家の工房というイメージがあるのですが、どうして“アトリエ”という店名なのでしょう?



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


次回から琢斗のおかしさが少しづつ分かります。

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