第36話
「察しが悪いですね、本当に……」
酷いっ!
だって本当に分からないんだもん!
何で旦那が馬鹿にされなきゃならないのよ!
私はともかく、あの人は身内なのよ!?
あと、なんで私が香月伸々だって知ってるのよ!
「血は水よりも濃し……だったら良かったんでしょうけど、実際は水より薄いと感じるケースの方が多いですし、そもそもあなたも薄々は感じてたのではないですか?」
「そ、それは……」
確かに親戚は多いって言ってたけど、年末年始だろうと全く会う気配が無かったのはおかしい気はしてたのよね……私がインドア派の上に人見知りと言うか他人と関わりたいと思わない人間だったから気を遣ってくれてたのかと思ってたんだけど……それだけじゃなかったのね。
そっかぁ、あの親戚連中かぁ……葬儀の時散々罵倒してくれちゃってたけど……殺意が沸いてきたわ……。
「で、そんな水より薄い奴らが、負い目を感じてるあなたに対してハイエナの如くタカらない様に、関係を断ってたんですよ。まぁ昔からそういう方面の苦労をされてきたんでしょうね、あの二人は。だからこそ分かってたんでしょうね。金に意地汚い奴らにとっては、お義父さんとお義母さんもあなたの弱みになるって事を」
「……お、お義父さん……お義母さん……」
そんな事考えてくれてたのね……でも、それよりも私は側に居て欲しかったわよ……。
「さて……で、何を悲劇のヒロインみたいに浸ってるんですか?」
「……な、なんですって!?」
なんでそんな事言われないといけないのよ!?
「まだ分からないんですか? そもそもこの事態は全てあなたが招いたことでしょう?」
「た、確かにそうかもしれないけど……そもそも、何であなたがお義父さんとお義母さんの事知ってるのよ!」
おかしいでしょ!?
私だって知らなかったのに!
「全部あなたが放置したからでしょうが!」
「ひっ!」
お、怒った!
激怒しちゃってます!
た、琢斗くん、助けて!
「……気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着け」
「……分かりましたよ……」
ありがとう、琢斗くん!
でも分かっちゃうの!?
私が悪いの!?
「そもそもですね……勝手に恨まれてると思い込んで、旦那が馬鹿にされるという分かりやすい状況から目を背け、仕事に逃げて自宅に引きこもる……最早罪ですよ、これは」
「いや、分かるんだけどよ……みんながみんな、お前みたいな強メンタルじゃないんだっての」
「愛した男の為なら気合いくらい入れなさいよ……」
「ほら、真由美さん……こう言ってますよ?」
「そうは言ってもぉ……」
仕事に逃げたって……確かにそれは事実なんだけど、旦那が馬鹿にされてるのはホントに知らなかったの!
分からなかったの!
想像もつかなかったの!
だって、私は琢斗くん達みたいに頭良くないんだもん!
中卒だもん!
中卒でも頭いい人はいっぱいいるから、これは差別用語ですよね、分かってます!
ただの逃げです、ごめんなさい!
「で、何であなたのお義父さんとお義母さんを知ってるのかでしたか? それはさっきから言ってますが、あなたが彼の名誉毀損を放置したままだったからですよ。それなら私が動くしかないじゃないですか。あなた方がいつ動き出してもいい様に準備してたからに決まっているでしょう」
「……き、決まってるの?」
た、琢斗くん、そうなの?
「……まぁ決まってるか決まってないかなら、確かに決まってるんですが……大事な前提条件が1つ抜けてる……と言うか、理解されてないからからおかしくなってるんですよ」
「ぜ、前提条件?」
さっぱり分からないわよ……何なのよ、いったい……。
「お前が動いた理由が分からないのは、真由美さんの旦那さんとお前の関係性が分からないからだよ」
「そう、それっ!」
そうなの!
何で殆ど関係無いとしか思えない麗人さんに怒られるの!?
「さっきも言ったでしょうに……そんなの、友人だったからに決まってるでしょう?」
「え? 友人?」
「何でそんな不思議そうな顔してるんですか……別におかしくないでしょう?」
「いや、おかしいでしょ!?」
さっきも確かに言ってたけど、おかしいでしょ!?
だって、あの人が亡くなった時って42歳よ?
その頃、少なくともあなたは中学生でしょ?
それが中年と友達とか、意味が分からないわよ!
「バイク好きに年齢なんて関係無いですよ。それに彼とは一緒にツーリングに行く約束もしてましたしね。能登半島まで日帰りでキャノンボールツーリングしようって、なかなかに馬鹿な計画立ててましたしねぇ……あのバイク馬鹿っぷりはなかなかのモノでしたよ。茜さんを北海道に連れていくから、現地で合流しようなんて話しもしてましたしね。真由美さんのバイクも探して『娘がバイクに乗り始めて僕と一緒に走るようになったら絶対寂しがるから、その時が嫁にバイクを勧めるチャンスだ』とか言って計画立ててましたからね……そのバイクは結局彼に渡る事はありませんでしたけどね」
そうだったんだ……そんな話してたのね……でも、そっかぁ……友達かぁ……年齢関係無いのかぁ……いいわね、そういうの。
私には友達なんて居ないし……。
「それで、あなたは……覚悟は決まったんですか?」
「え? 覚悟?」
何の覚悟!?
全然分からないんですけど!?
もう、ホントに天才の考えることって分からない!!
「ですから、彼を馬鹿にした連中を見返してやる覚悟ですよ」
そんな当たり前でしょって顔で言われても!
でもね!
「見返してやるに決まってるでしょ!」
旦那を馬鹿にするとか、ふざけんな!
絶対に許すもんか!
「そうですか……では、こちらにサインを」
「だから、何でサインなのよ!」
「……まだ説明が要るんですか?」
「要るわよ! た、琢斗くんっ!」
ここはあなたの出番よ!
「……はぁ……分かりましたよ、もう……。こいつが言ってるのはですね、まず顔と身分を世間に公表しろって事です。で、馬鹿にしてた奴らの鼻を明かしてやれと。何しろ世間的には大先生ですから……そうですよね、香月伸々先生?」
そうよ!
こんな引きこもり女だけど、世間的には大先生さまよ、私は!
顔出したくないから、世間様は私の旦那を大先生だと認識してるけどね!
「で、顔を出すなら今回の件を全てドラマにして世間に知らしめろと。騙し騙された結婚ではなく、愛し合った末の結婚だったと知らしめろと。そのあと意気揚々と群がってきた奴らを鼻で笑ってやれと。そして、その為に俺達の作ってる番組を利用しろと……そういう事だろ?」
成る程ね……やっと話が理解出来たわ!
そうね……ここまで来たら、やってやろうじゃないの!
でもね?
「ええ、勿論。むしろ何故そんな説明が必要なんです?」
何でそんな疑問が湧くのよ!?
そっちの方がおかしいんだからね、絶対!
「お前はもう少し他人を気遣う努力をしろ……」
琢斗くん、よく言った!
あとでおっぱい揉ませてあげるわ!
「気を遣いまくったから、この契約書がここにあるんですが? もう監督もキャストも確保してますから、年末前にはドラマパートの撮影に入れますよ? 彼が命を懸けたクリスマスのシーンは外せませんしね。勿論夏の北海道での撮影分は必要になりますから、そちらは6月末から2ヶ月スケジュールを取っています。当然ですが脚本は大体出来上がってますので、真由美さんと茜さんに監修をお願いする予定です。あとはあなた達の宗谷岬チャレンジの結果次第ですね。まぁ琢斗が一緒なら何の問題も無いでしょうし」
「準備し過ぎだ、阿呆……」
ホントに!
準備し過ぎよ!?
監督にキャスト!?
幕末剣心の映画化だって、年単位で準備してたのよ?
ほ、ホントにサインして大丈夫なのかしら!?
た、琢斗くん!?
「あー、ハイハイ。そんな顔しなくても、説明しますって。まず愛車SOSはジャパンテレビ系のCS向け番組だったんですけど、幸いな事に人気が出まして今では不定期ながら地上波で放送されています」
うんうん、それは分かるわ。
でも、愛車SOSはドラマ番組じゃないわよね?
「で、プロデューサーがバイク好きって事で愛車SOSをやってるだけで、現役でドラマも担当してるんですよ。で、こいつはそのプロデューサーに話を持って行って既にOKを貰ったばかりか、話をガンガン進めて撮影時期まで決めてしまってたと……まぁプロデューサーもプロですから、イケると思ったんでしょうね。どうせスポンサーまで確保してるとか、そんなとんでも状態なんだろ?」
す、凄すぎて言葉にならないんだけど……い、イケるの?
私達の話が?
なんかピンと来ないんだけど……。
「ええ、絶対イケると豪語してました。むしろ映画化まで持っていくと気合い入れてましたよ。号泣しながらね。スポンサーも任しとけだそうです。ちなみに茜さん役は、売り出し始めの娘ではありますが、アイドル捕まえて既に自動車学校に通わせてます」
「あー、あの人涙もろいからなぁ……あ、ちなみにめちゃくちゃ売れたドラマの敏腕プロデューサーですからね、その人。あの人の猛プッシュで地上波に進出出来たのは確かですし……ってかアイドル!?」
絶対イケるの!?
しかも映画化!?
有名なプロデューサーが!?
話がどんどん大きくなってないかしら!?
それとアイドル確保済み!?
琢斗くんだって驚いてるわよ!?
「流れとしては、まず愛車SOSでTT-Rの再生をして、その際に宗谷岬チャレンジの達成報告をするところからが本当のスタートってところですかね」
ほ、ホントに綿密に計画立ててるのね!
あの人、どうしてこんな凄い子と友達になんてなれたの!?
私に対してぶちギレるくらい仲良かったみたいだけど!?
で、でもね……ドラマ化とかはもう覚悟したからいいんだけど、ひとつだけ気になる事があるのよ。
「あ、あのね、琢斗くん……私はもう覚悟は決まってるんだけど、茜ちゃんがね……」
どこまでの話をドラマ化するって言ってるのか分からないけど、愛車SOSが絡む以上は茜ちゃん本人が出るのは避けられないでしょ?
じゃないとバイクが絡まないし。
どう考えても私は脇役だし。
それでまたストーカーが現れたらって思っちゃうとね……。
「あ、その辺はこいつが何とかしますよ。そうだよな?」
「ええ、ボディーガードはきっちり用意させて貰いますよ。うちの子は優秀ですからね」
ぼ、ボディーガード!?
そんな映画みたいな存在がうちの子!?
「誰にする気?」
「争奪戦になりましたが、シェリーちゃんが勝ちました」
「シェリーちゃんかぁ……過剰なレベルだけど、安心なのは確かだな。それにしても、争奪戦とか気合い入ってるなぁ……お前、あの娘達に何言ったんだ?」
「私の友人の娘さんと奥さんの護衛ですと伝えただけですが?」
「そりゃ気合いも入るわ……」
は、話が読めない……シェリーちゃんとかあの娘達……って事は女の子なのかしら?
でも、女の子がボディーガードなんて出来るの?
「あー、すみません、話分かりませんよね。さっき親父から話を聞いたと思うんですが、うちらそこそこ資金力があるもんで、社会貢献の意味もあるんですが、こいつがですね……身寄りの無い子を保護する施設を運営してるんですよ。で、そこの子達がまぁ色々事情があった子ばかりなもので……助けてくれた事への感謝が天元突破してまして、有り余ったエネルギーがこいつを護るという方向で発揮されちゃって、独自の護衛組織にまで成長しちゃってまして……そこらのチンピラなんて瞬殺なレベルなんですよ。だから身の回りは安心していただいていいですよ」
「え、ええ、分かったわ……」
なんか!
おっかない組織に聞こえるんですけど!?
でも、琢斗くんが言うんだから信用するわよ!?
あとは。
「じゃあサインするけど……いいわよね、茜?」
あなたが全国に顔を晒すことになるけど。
「はい、お願いします」
覚悟は決まってるみたいね。
でも、どうせ深く考えてないでしょ、あなたも。
お父さんが馬鹿にされたって事に怒ってるだけでしょ……私と同じで。
あ、あと琢斗くんとの繋がりが増えるって事に喜んでそうではあるわね。
あとね……全部、ぜーんぶ私に丸投げして聞きに徹してたわね……あとで謝罪の1品を要求するわよ!
デザート増やしてよね!
大変だったんだから!
ホントに!
本当に!!
すっごい怒られちゃったしっ!!
でも、それなら迷う事は無いわよね。
ってな訳で。
「はい、これでいいかしら?」
「詳細読まずにサインされましたが、いいんですか?」
今更あなたがそれを言う!?
「いいのよ……琢斗くんの相棒なんでしょう?」
「ええ、勿論」
それならもうね。
「なら信用するわよ」
「そうですか……これで私も友人との約束が果たせます。では、状況を開始しますか。ですが……何やら言いたい人がいるみたいですね」
「は? 誰?」
旦那との約束を果たしてくれるのは嬉しいんだけど……ここで?
誰が?
「茜ちゃん! 私も協力するわ! 糞野郎共をギャフンと言わせるわよ!」
「……茜……私も協力する……ゴキブリどもは抹殺よ……」
なんかライバルな美少女達が茜に抱きついてるわ!
どうなってるの!?
でも、これはこれでいいのかしら……百合ん百合んな感じで和むわぁ……。
で、琢斗くん、説明プリーズ。
「あー、こいつら、裏で悪口言う奴とか大嫌いなんで……あと、元々同姓として東雲さんのサポートはお願いする予定だったんで、一応予定通りかなと。それに……レベルがおかしい美人さんの共通の悩みなんじゃないかと思うんですが……同類の友達を作る機会は必要じゃないかと思いましてね」
「あ、ナルホドね」
確かに茜ちゃんは友達皆無なんだけど、この美人姉妹もそうなのね……。
でも、そっかぁ……イジメの過去を考えたらこうなるわよね……だけどホント和むわぁ……美少女最高……。
でも……旦那を馬鹿にした奴ら、見てろよ!
絶対後悔させてやるわよ!
バイクで北海道に行くってだけの話が、何故か壮大な話になっちゃってるけどね!
何でここまで大きくなっちゃったのかしら!?
不思議ね!
「で、やっと話も終わりましたし……」
「終わりましたし?」
何かあるの、琢斗くん?
「サインください、香月先生!」
あ、覚えてたのね。
あと、さっきまで用意してる素振り無かったけど、そのサイン色紙どこから出したの!?
女子高生、北を目指す 超七 @rangerange
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