第15話

「それでは改めて……いただきます!」

「「いただきます」」


お姉さんの音頭(?)でやっと昼食となった訳だけど。


「美味っ! なにこれ、美味っ!」


これでもかと主張する海老の旨味……アメリケーヌシチュー最高かよ。

大きくカットされたジャガイモが形崩れする事なくごろっと入っているのもそうだけど、大きな人参も……これ、一度別で煮込んでるのか……いや、どっちかと言うとダッジオーブンとか似た感じの何かで火を入れた様とでも言えばいいのかな、すげー甘くて美味い。

それにこのパン。

ハード系なんだけど、そっちに馴染みの無い日本人向けアレンジなのか、少し柔らかめでシチューに良く合う。

フランスで食べたのより10倍美味いわ。

おっ、東雲さんが下向いて震えてる……早く食べないとせっかくのシチューが冷めちゃうぞ?

ってか、それよりも。


「あの〜……とても美味しいんですが……」

「え? なに、琢斗くん。何か問題あった?」


まぁ、問題と言えば問題かなぁ……。


「失礼なの承知でお聞きしますが……これ、野口さん何人分ですかね?」


ここまで凝ったの作ったことないから分からないけど、大きめの海老もたっぷり入ってるし小洒落たレストランで一皿野口さん3人位は余裕で飛びそうな料理なんだけど……フランスでも普通に30ユーロは飛んでくかな。

あっちは物価高いしね。

これを個人で作るとなると、少量購入の家庭料理じゃ食材費だけで近い値段になるんじゃないかな。

少なくともハイ◯ツ辺りの缶詰ソース使用なんて時短料理じゃないね、間違いなく。

いや、俺にしてみれば缶詰ソースも充分過ぎるくらい美味しいんだけどさ。

ハ○ンツ最高!

まぁその辺はともかく、コンビニ弁当のつもりがフレンチにグレードアップとか、バイクの整備を横から見てるだけの人間にはちと贅沢過ぎるわ。


「あ、その辺は気にしないで。うち、食材だけはケチらないようにしてるだけだし、人件費掛かってないんだから大したことないし。キッチンもそこらのレストランに負けないレベルでお金掛けてるから、出来ない料理はまず無いと思うわよ?」

「そりゃまた……料理人目指してるとか?」


それともグルメ王目指してるとか?


「いやいや目指してないから。この子と私で外食とか……分かるでしょ?」

「あ〜、ナルホド……」


二人とも美人さんだし、父親の事故に至る経緯まで考えたら食事が超自炊派になってしまうのも仕方がないか。

我が家にも美人と美少女いるけど、俺も含めて料理はそんなに得意じゃないから外食は結構するもんで、そっちの感覚に引きずられてたかな。

まぁ我が家の場合は俺っていうボディガードがいるからかもしれんけど。


「まぁ、そんな事はいいのよ。それよりも……さっきは無言で誤魔化してたけど、茜と一緒に北海道に行ってくれるって事でいいのかしら?」


あー、それね……ちょっと横に視線を移動させると、なんか東雲さんがスゲー真剣な顔でこっち見てるし……。

まぁ必死に頑張る理由がここまで分かってて「じゃあ行ってらっしゃ〜い」なんてのも……知り合って間もないとはいえ心配にはなるって……。

それに、そもそも楽しむ為のツーリングじゃないってのもお父さんの考え方に反してる気がするし、悲しい出来事があった末の目的だとしても、出来る事なら楽しんで欲しいと思うし、それはお父さんも同じだと思うんだよなぁ……。

そうであるなら、俺の結論は1つしかない訳で。


「……元々北海道には行く予定でしたし、一応そのつもりでは考えてましたよ。俺の日程次第って問題はありますけど。もちろん東雲さんが嫌じゃなければですが」

「嫌がるわけないじゃな〜い。ねぇ、茜?」


ないんだ……でも、何故嬉しそうなんだ?

あ、家族の心配事が減ったからか。

んでもって当の本人に目を向けてみると……スゲー勢いで首肯してた。

そんなに不安だったのか……そりゃ当たり前か。

東雲さんの塩っぷりの先入観が強過ぎて結構強心臓なのかとも思ってたけど実際話してみると普通だし、北海道ツーリングなんて普通のバイク乗りでも気合入れるイベントなんだから、免許取りたてで北海道目指すなら不安にもなるよな。

ってか、学校での東雲さんと自宅での東雲さんが違い過ぎる……自宅の東雲さんが素で、うちの姉妹と同じで男嫌いって感じかな?

ま、それはいいか。


「とりあえず本人もOKみたいですのでそのつもりで計画を立てようかなと思いますけど、夏休みに入ってすぐとかで予定組まれてたら無理ですよ?」


夏休みに入ってすぐの方がお盆と重ならなくていいのは分かってるけど。


「元々お盆時期で考えてた筈だから大丈夫だと思うけど……茜、どうなのよ?」


当の本人はと言うと。


「……夏休み中に行くとしか決めてませんので、大丈夫です……」


予想通りの返答。

だよね……お父さんの計画通りなら、行くのはお盆時期の筈だもんね。

社会人がそこ以外で大型連休なんてそうそう取れる訳がないし。


「だってさ。で、夏休みに入ってすぐは無理って、何か予定入ってるの? 彼女とデートとか?」


何故そんな読みになるんだ?

GWの最中にクラスメイトのバイク直すのに時間使ってる様な奴に彼女なんている訳ないでしょ。

いたらデートするなりそっちに時間使ってるって。

でも東雲さんが男嫌いになってると仮定したら、この質問も分からなくはないか。

でも、それだと彼女がいるのに他の女の子とツーリングに行く不誠実な男という問題を注視しているのか、彼女がいるなら他の女の子に手は出さないだろうという誠実さに期待しているのか、微妙に判断に困るなぁ。

でもまぁ『彼女くらいいるし?』なんて馬鹿を晒す様な無駄なプライドは持ち合わせていない訳で。


「余程予定が狂ったりしない限り既に入ってるんですよ。個人的には優先度高いものなんで。あと彼女は……公にはいることになってますけど、彼女なんていませんし、単に個人的な用事があるだけですよ」

「……何なの、その『お、俺にだって彼女くらい居るしぃ?』な感じの痛々しい答えに恥ずかしくなって正直に白状しましたみたいな答えは……」


男子高校生の心を抉るなぁ……嘘は言ってないんだけどさ。

ってか、東雲さんの目が怖い……瞳孔開いてナイスボートしそうな雰囲気出てるし。

男嫌いが発症したのかな?


「痛々しくないっつーの。さっきも言ったけどうちの姉妹ですよ。これがまた身贔屓無しで美女と美少女なんですよ。で、東雲さん程じゃないとは思うんですが、悪い虫が沢山寄ってくるんで、俺が彼氏って事になってるんです。まぁ血が繋がってないんで問題無かろうと。さっき言った『刺された』ってのも妹絡みですしね。ついでに同レベルな美女の姉もいるもんで……姉絡みで刺されたりってのは無いですけど、こっちも彼氏って事になってるんで世間的には美女と美少女二人を相手に二股掛けてる最低男ってのが俺の世間的な評価じゃないかと……」


言ってて泣けてくるわ……身内を守る為だから仕方がないけど。


「何、そのギャルゲー設定」

「ギャルゲー言うな! あと設定ちゃうわっ!」


事実を言ったのに、ひでーわ!


「じゃあエロゲー?」

「エロゲーちゃうわ! ってか、二次元から離れろっつーの! 事実だっての!」


失礼しちゃうわ、プンプン!

あ、なんか脳がオーバーヒートしてる……我が校の理事長みたいな変な思考してるわ。


「とりあえず琢斗くんの痛い設定は置いておいて、茜のライバルも置いておくとして」

「設定じゃないし、痛いとか言うな!」


あと東雲さんのライバルってなんだ?

あ、うちの姉妹か。

確かに美女・美少女ぶりを競うライバルだわ。

料理が出来る時点で我が家の姉妹より東雲さんの方が人間力高いけと思うけど。


「痛い設定は置いておいて」

「2度も言った! 重要なことじゃねーよ、チクショウ!」

「優先度が高い用事って何?」


そこ、そんなに気になるもん?

まぁ隠すような話じゃないし、いい加減な理由じゃないって意味で優先度が高いって言っただけなんだけど。


「いや、レースがあるんですよ、7月末に」

「レースって?」

「バイクのレースですよ。鈴鹿でやる8時間耐久ロードレースってヤツです。鈴鹿8耐って日本じゃ最大規模のレースなんですけど、知りません?」

「……ちょっと待ってね……」


あ、スマホで検索始めた……やっぱり世間の認識なんてこんなもんだよなぁ……。


「ふむふむ……ナルホド……琢斗くんはこれを観に行くから夏休みに入った直後は無理って事なのね」

「いえ、違いますよ」


まぁそう考えるのが普通だと思うけどさ。


「違うって、何が? 鈴鹿8耐が理由なんでしょ?」

「そうですよ」

「じゃあ何が違うの?」

「見に行くんじゃないって事です」

「へ?」


確かに現地で観戦するのもバイク好きの醍醐味ではあるけどさ。


「だから出るんですよ」

「……出るって?」


何で思考停止してるんだ、この人?

そんなにおかしな話じゃないだろうに。


「だからレースに出るんですって」

「……誰が?」

「俺が」

「鈴鹿8耐に?」

「鈴鹿8耐に」

「………」

「………………」

「………………………………えぇ〜〜〜〜〜〜っ!?」


いや、驚き過ぎだから。



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「美味っ! なにこれ、美味っ!」


神に料理を褒められました。

美味しいと言ってもらえました!

どうしましょう……嬉し過ぎで死にそうです!

どうしても外食に忌避感があるので、「それなら自宅で美味しいものを作ればいいのよっ!」というお母さんの一言から料理に拘る様になった我が家ではありますが、何だかとても報われた気がします。

今にも昇天しそうです。

そして。


「元々お盆時期で考えてた筈だから大丈夫だと思うけどど……茜、どうなのよ?」


それは勿論。


「……夏休みで行くとしか決めてませんので、大丈夫です……」


お父さんと行く訳ではないのですから、夏休みであればいつでも構いません。

行く事が重要なんであって、日程は目的じゃないのですから。

ただ、日程が自由な夏休みを利用する訳ですから、お父さんと計画していた通りのお盆にしようかなとは思っていましたが。

とにかく今年の夏に行くことがお父さんとの約束でしたから……。

ただフェリーのチケットが取れるのかという問題がありますので、多少前倒しになるのではないかと考えてはいましたが。

そんな事を考えていたら、神が凄い事を言い出しました。


「だからレースに出るんですって」

「……誰が?」

「俺が」

「鈴鹿8耐に?」

「鈴鹿8耐に」

「………」

「………………」

「………………………………えぇ〜〜〜〜〜〜っ!?」


もう世界が違い過ぎて、神が何を言っているのか理解出来ません……。

そして全く話に入っていけません。

大事なところで自分のコミュニケーション能力の貧弱さを思い知らされるとは思いませんでした……。

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