第2話
悪戦苦闘している彼女、クラスメイトの東雲茜(しののめあかね)を見掛けたのは単なる偶然だ。
入学直後であるにも関わらず校内どころか日本屈指の美少女と評判の彼女ではあるが、俺はストーカーをしていた訳じゃない。
ホントだよ?
バイク通学だからというのもあるけど、学園の敷地内に理事長自慢の楽しいコースがあるのだからと朝早くから登校していたところ、通学ルート上に彼女の自宅と思われる一軒家があって、早朝から悪戦苦闘している彼女を見つけてしまっただけであって、邪な要素は何一つ無い。
トップアイドル顔負けの美少女である事もそうだが、それと同時にソルト東雲というよろしくない悪名も持っている程、彼女は男子生徒に対して付け入る隙を全く与えない塩対応ぶりでも有名だからねぇ……普通に近寄りたいとは思わないよね。
それに、入学から僅か1ヶ月であるにもかかわらず彼女に告白して撃沈した勇者も20人に迫ると言われていて、数字的なことを言うならほぼ毎日告白されている事になるという恋愛強者なのだ。
我が校は女子校から共学に切り替わって間もないこともあって男子の数は少く、成り立ちそのものが特殊なのもあって恋愛に積極的な肉食系っぽい男子なんていう一般的な存在はほぼ皆無って感じなんだけど、噂を聞きつけた馬鹿な野郎どもが他校からわざわざ出張告白に来ているのだとか。
で、そんな奴らからの告白を断る際に「ろくに面識もない私の事を好きとか言われても意味が分かりませんし、身体目的としか思えません。逆に私のことを知ってると言うのであればストーカーでしかないので通報案件な訳ですが、あなたはどちらですか?」なんて逆襲をくらうのだから、趣味とやってる事が少しばかりマイナージャンルなだけの一般的な高校生だと自己評価している自分が積極的に彼女と関わり合いになりたいかと言えば、答えはもちろんノーだ。
艶やかな髪を腰まで伸ばした清楚系黒髪ロングに、高校生らしい幼さを若干残しつつも日本人離れした鼻梁と相まった人形の様な美人顔であるという美少女要素に加えて、更に世の男どもの視線を釘付けにして離さない美女と呼ぶにふさわしいダイナマイトボティとくるあり得なさ。
胸囲に関しては若干大きめながらも一般的と思える数値に収まっているとは思うんだけど、ボディがとにかく細い……結果としてトップとアンダーの差が異常になる訳で、それこそアニメから出てきたのではと疑ってしまうレベルのトランジスタ具合。
漫画の様なやり過ぎ感を現実世界で体現する、究極のリアル美少女が彼女なのだ。
別の表現をするなら、ミニ不二子ちゃんだろうか。
ここまで非現実的だと、遠くからありがたや~と拝む位でちょうどいいと思っている。
いや「いた」が正解か。
そんな関わり合う気皆無な自分の考えが変わったのは、彼女が悪戦苦闘する姿を見掛けたからだ。
何に悪戦苦闘しているのかと言えば、単にバイクのエンジンを掛けられないでいたってだけの話なんだけどね。
掛からないからには何か理由がある。
それはバイクの故障かもしれないけど、彼女本人の問題かもしれない。
あり得なくもない問題の可能性として、彼女の体格が挙げられる。
彼女自身はミニマムとかちんまいとか言われるほどではなく、まぁ平均的な身長ではないかと思う。
おそらくは156~158cmといったところだろうか。
そして悪戦苦闘対象であるバイクはカワサキのKSR110で、こいつはセルモーターの無いキック始動なのだ。
つまりキックペダルを蹴り下ろすことでエンジンを掛ける人力始動であり、これが女性にはなかなか曲者なのだ。
男性であればなんて事無い重さのキックペダルも、女性にとっては無視出来ない重さとなる為だ。
確かに110ccという小排気量なKSR110のキックペダルは軽い部類ではあるから女性でも掛けやすいのは確かだけど、それでも調子のよろしくない個体であれば苦労するのは避けられない。
条件次第ではあるけど、女性であれば全力とは言わないまでもそれに近いレベルでの蹴り下ろしを何度もしなければならないのだから、分からない話ではない。
それを毎朝通学前に汗だくになりながらやっているのだ。
同じバイク乗りとして気にならない方がおかしいだろう。
いや、やましい気持ちなんて無いよ?
だってさ……頑張ってるだけならまだしも、今週に入ってから美少女な彼女が今にも泣きそうな顔になってたんだもん、そりゃ無視出来ないでしょ。
しかも彼女もこっちに気付いてるんだよ?
偶然ではあるけど、俺が通学に使っているのもKSR110だったりする。
で、彼女が悪戦苦闘てしいるのと同じKSR110が何事もなくトコトコと目の前を走っていくんだから、そりゃ気にもなるだろうさ。
俺も別に嫌味で目の前通ってる訳じゃないんだけど、羨ましそうにこっちを見てくるもんだから、無視するのもなにかと思ってちょっとだけ頭を下げて挨拶する……それだけの実質的にほぼ面識無しに等しいナノメートル単位な極細関係ではあったれども、泣きそうな顔を見ても尚無視するのはちょっと無理だった。
だって、あの弱味を一切見せないと評判のソルト東雲が泣きそうって、相当だよ?
そんな顔をこちらに見せたのもおそらくは無意識なんだろう……けど、気持ちは分からなくもない。
誰もいない&携帯の電波も届かない山奥でバイクが壊れて糞重いバイクを何十kmも押して歩く……そんな絶望感に近いのではなかろうか。
彼女の場合はそれ以上に追い詰められている気もするけど。
しかも今日はGW初日。
連休を使ってどこかに遊びに行くでもなく、彼女は必死にエンジンを掛けようとしていた。
あれだけ綺麗な娘が、バイクの為だけに動きやすさを重視したであろう学校指定のジャージを着て、汗だくになっている……これを無視出来るか?
だから自分は声を掛けた。
掛けてしまった。
「掛からないのか?」と。
ソルト東雲の悪名に違わずしょっぱい対応をされるかなとドキドキしたけど、やっぱり声を掛けて正解だった。
何故なら彼女の眼には涙が浮かんでいて。
「……はい……」と力無く答えたからだ。
美少女の涙なんて嬉し涙以外は見たくないし、そもそもバイクが動かないなんてのはバイク好きとしては許せる事ではない。
今となってはマイナー趣味人だの自殺志願者だの言われるバイク好きは、仲間意識が強いのだ。
ただの互助会じゃね~かという話もあるけど、兎にも角にも頑張ってみよう。
そう強く思った。
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