第4話

さて、言ったからには有言実行だ。

これよりトラブルシューティングを始めますっ!

失敗しないのでとかは言わないよ?

なんか外科医が手術を開始しそうなノリで脳内が活発化してるけど、美少女の笑顔に落とされたチョロい奴とか、そんなことはない。

ないったらない。

で、兎にも角にもトラブルシューティング。

エンジンを掛ける手順なんて大袈裟な事は何も無い。


1:フューエルコックをONにする

2:イグニッションキーをONにする

3:キックペダルを軽く踏んでピストンを上死点付近へ持ってくる

4:チョークレバーを引く

5:キックペダルを思い切り蹴り下げる


たったこれだけだ。

手順2と3を逆にする人もいるけど、どちらでも問題はない。

逆にしなきゃいけない場合は、フルチューンで超高回転狙って鬼進角させてる場合くらいだ。

その場合でもそうそう問題にはならんけどさ。

で、東雲さんは手順1を省略してはいたけど、メモにはしっかりと書いてあったし、フューエルコックはしっかりとONになっていたからとりあえず放置で。

手順4は冷間時の場合に必要だという手順でしかなく、エンジンが暖まっていれば必要の無い手順であり、仮に冷えていたとしても今日くらい暖かい日……夏日越えの28℃であれば始動性の良いKSR110ならやらなくたって普通に掛かるから、あくまで冷間時で掛かりにくい場合に作動させるべき機能でしかないんだけど、余計なことは今は言わないでおく。

後で説明すればいい話だからね。

これらの手順の他に、東雲さんのKSR110には後付けの手順が1つ加わっていた。

社外のカットオフスイッチがそれね。

バイクの長期保管の際はバッテリー上がりを避ける為にバッテリー配線を外しておくのが基本なんだけど、このKSR110はその手間を省く為にバッテリー配線上に配線のON・OFFが出来る様にしてあった。

バッテリー配線を外すなんて大した手間ではないけど、慣れない人には面倒な作業であることも確かだし、これもお父さんグッジョブかな。

シート下にあるから防水性に問題は無いし、キー1つでアクセス出来ることもあってON・OFFは容易だから、これはアリだ。

そしてニュートラルランプが点灯していたのは確認しているから通電確認も取れている訳で、カットオフスイッチが今のところ問題になっていないのはハッキリしている。

で、ここからがトラブルシューティング。

まぁ今までの確認も既にトラブルシューティングなんだけどね。

どこから点検するかは人それぞれだろうけど、まずは彼女が触れる部分からにする。

「それじゃまずはキルスイッチから確認しようか。キルスイッチって分かる?」

「いえ、分かりません……」

知らないことを恥じたのか、俯いてしまって声までフェードアウトしてしまう。

フォロー大事。

これ重要。

「あ~、知らなくても全然問題無いから。使わない人も多くて、知らない人も結構いるからね?」

「そ、そうなんですか?」

ちゃんと話を聞いてくれたのか、表情がちょっと回復する。

良かった良かった。

なので、とりあえず説明を再開する。

「そうそう。ハンドルの右側にある赤いのがそれなんだけど、これはまぁ簡単に言えばエンジンを止める為のスイッチなんだ。どうしてそんなスイッチがあるのかはこの際置いておくとして、キルスイッチと同じ事はイグニッションキーでも出来る。だからエンジンを切るのは大抵の場合イグニッションキーでする人が多くて、キルスイッチを使う人は結構少ないんだ」

大した説明じゃないんだけど、東雲さんはふんふんと真面目に聞いてくれている。

美少女で真面目さんとか、最高かよ。

まぁ場違いな感動は置いておくとして、説明を続けよう。

「で、ふとした拍子にキルスイッチに触っちゃってOFFになってる事に気付かないまま蹴り続けて、汗だくになるまで蹴ったあとに気が付いてガックリ……なんてのは、バイク乗りにとってはあるあるネタなんだよ」

「なるほど……」

難しい話は何もしてないけど、専門用語が出ただけで拒絶反応をしてしまう女性も少なくないから、しっかり理解しようとしている姿勢は好感が持てる。

「その可能性があるという事ですか……」

そう言いながら、東雲さんはキルスイッチをまじまじと見つめ、1つの結論を導き出した。

「このスイッチは……ONになっている気がするのですが、違いますか?」

不安そうに聞いてくる東雲さん、マジ可愛い。

うちの姉妹とタメ張るわ。

ああ、いかんいかん。

集中しなきゃ失礼だよね。

「いや、合ってるよ。ちゃんとONになってる」

「じゃ、じゃあここが壊れてるんですか?」

期待の眼差しで見つめられるとチョロい俺はドキドキしちゃうので勘弁してください。

そして、この後の言葉も言いにくい。

でも言わないとね……。

「いや、まだ断定は出来ないよ」

「そうですか……」

ああっ!

自分は何も悪くないのに、この罪悪感は何っ!?

「あ~、落ち込まないでいいからね。1つづつ調べていこうって話だから」

「はい……」

ホントに追い込まれてたんだなぁ……嫌な言い方になるけど、良いタイミングで現れたんだな、俺。

俺、グッジョブ!

「キルスイッチは確かにONになってる。って事は接触不良を起こしている可能性があるわけ」

「接触不良ですか……なるほど……」

どうやら理解してくれたみたいだ。

「そう、接触不良。で、見る限りこのKSRはずっと車庫に置いたままだった感じがするんだけど、違う?」

「はい、確かにこの子は車庫にずっと置いてました」

予想通りだったけど、それよりも「この子」か……イイね。

バイクを擬人化して呼んじゃうとか、俺がやったら「キモッ!」とか言われちゃいそうだけど、美少女が言うとほっこりするね。

ってか、擬人化しちゃう程愛着持って何が悪いっ!?

いかんいかん、脇道に逸れた。

「長期保管してると、スイッチの接点が腐食なんかで接触不良を起こすケースが少なくないんだよ。だからまずはここを対策する」

「対策するって……この子に触るんですか……?」

ああ、やっぱり。

東雲さんは「他人に触ってほしくない」人だった。

悔しそうな表情がそれを物語っている。

でも、それは想定内なんだよ、東雲さん。

「いや、触らないよ」

「え?」

戸惑う東雲さんも、マジ可愛い。

でも俺にSっ気は無いから、懇切丁寧に説明する。

「あくまで作業は東雲さんがやる。俺は横からアドバイスするだけ」

「でも私……機械とか詳しくないですよ?」

不安そうに聞いてくるが、そんなのも想定内。

逆に美少女が「やっぱりレンチはSnap◯nよりスタビレ○だよね(はぁと)」とか言い出したらちょっと怖い……いや、それはそれでアリか?

むしろ萌える?

そんな邪な考えはひとまず放置して、説明を続ける事にする。

「分かってるよ。でも点検とか応急的な対策なんてのは特に難しいことはないんだよ。場所によっては工具も必要無い。必要なのはむしろ根気かな」

「根気?」

まぁ根気なんて言われてもよく分からないよね。

「そ、根気。別の言い方をするならトライ&エラーかな。可能性のある部分を一つ一つ確認しながら潰していく。だから根気がいるんだ」

「トライ&エラーですか……それなら分かります」

理解というよりは納得の方が正しいだろうか、彼女の眼に力強さが浮かんできた。

「それでは、まず何をすれば良いのでしょうか?」

「じゃあまずはキルスイッチをガチャガチャしてみようか」

「ガチャガチャ……ですか?」

まぁ分からないよね。

「ガチャガチャってのは、ON・OFF・ON・OFFって感じで繰り返しスイッチを動かす事で接触不良を解消しようっていう簡単な作業の事ね。簡単なことなんだけどこれが馬鹿に出来なくて、たったこれだけで問題が解決するケースって少なくないんだよ」

100%それで解消する訳ではもちろんないけど、今は簡単な確認を優先してるから言う必要はない。

雨ざらしの放置車両なら話は別だけど、保管状態からしてキルスイッチだとしたら高確率で直る程度の軽い接触不良だろうからね。

でも、キルスイッチの接触不良って車庫保管の車両に起きるトラブルケースとしては少ないんだけどね……でもこれは意地悪じゃなくて、あくまで簡単な方法から潰していくトラブルシューティングだからねっ!?

「なるほど……ガチャガチャ……こうですか?」

理解が進んだからか、彼女はキルスイッチのON・OFFを繰り返し始めた。

おっかなびっくりな感じは否めないけど、動作自体は申し分ない。

「そうそう、そんな感じ。それでもう一回エンジン掛けるの試してみようか」

「なるほど……これがトライ&エラー……分かりました、やってみますっ!」

いままで考えもつかなかったアプローチに希望を持ったのか、眼には確かな力強さが戻ってきた。

良い傾向だ。

まぁでも大抵は……。

「やっぱり掛かりません……」

こんな感じで返り討ちに遭うんだけどね。

普段なら「こんなもんだよね」とか「さ、次いこーかっ!」って感じでスルーしちゃうだけだけど、美少女が相手となると心が痛い……。

俺もこの程度で妙なダメージ食らってちゃいけないな。

しっかりと作業を進めないとね。

「大丈夫、大丈夫。キルスイッチは問題無いって事が判明しただけで、むしろ一歩前進したんだから喜ぶべき一歩だよ」

実際にはテスター当てて導通確認を取った訳じゃないから「問題が無い可能性が高くなっただけ」が正解なんだけどね。

いつもならチェックも同時にするけど、今回は触れないから導通チェックは一通りの確認が終わってからだ。

「そうですよね……じゃあ次はどうすれば良いですか?」

今まで一人で頑張ってきて心が折れる寸前までいっていたからだろうか、感情の起伏が激しいと言うか振り返しの落ち込み具合がちょっと怖い。

これは冗談抜きで早めに解決してあげないとヤバいかも。

何がヤバいのか分からないけど。

だからここで聞きづらいことを聞いてしまうことにした。

「うん、じゃあ確認なんだけど……ガソリン入ってる?」

そんなの当たり前だろうと思うのが普通だけど、これがそうとも言えなかったりする。

それはガソリンタンク内のガソリン残量がかなり減っている場合だ。

ここで手順1に戻る。

フューエルコックだけど、いくらONになっていてもガソリンが減ってしまってキャブレーターにガソリンが来ない事で、いくら蹴ってもエンジンが掛からないというケースは無くもない……と言うか、ずっと動かしてなかったバイクの場合はたまにあったりする。

フューエルキャップを開けてもガソリンは見えないけど、バイクを揺らしたらちゃぽんちゃぽんと音がするから大丈夫だと思ってた……なんてケースがね。

特に起こりやすいのが、ツーリングで家に帰りついた際のガソリン残量がギリギリだったにも関わらず、普通に帰れてしまったものだから残量の減り具合に気付かず、保管中にキャブからガソリンが気化して消えてしまった分と合わせてガソリン残量不足になってしまい、フューエルコックONではキャブレーターにガソリンが来ないというパターンだ。

まぁその時はフューエルコックをリザーブ側にするだけで解決するんだけどね。

そもそもオドメーターが52kmなんだからそんなことは起こり得ないんだけど、長期保管の際のお約束としての満タン保管の他に完全に空にした状態で乾燥剤吊るして突っ込んで保管する人もたまにいるからね。

さっきオイル窓を確認してオーバーフローしてないのは確認してあるし。

酷い場合はクランクケース内がエンジンオイルじゃなくてガソリンで満たされたりしてるからね。

元々タンクが空だったら話は別だけどさ。

まぁ今はとにかくガソリン残量だ。

あまりにも当たり前な事過ぎるから、人によっては失礼極まりないと憤慨する人もいたりする質問なんだけど、東雲さんはそういう人ではなかったらしい。

「は、入ってます……たぶんほぼ満タンじゃないかと……」

まぁ素直に答えてくれたのは助かるけど、自己申告はトラブルシューティングにならないので、しっかりと確認させてもらう。

「確認してもいい?」

「はい」

そう答えると、彼女はイグニッションキーをキーシリンダーから抜き取り、フューエルキャップの鍵穴へ挿し込んだ。

そしてフューエルキャップを開けた先には。

「うん、確かに入ってるね」

とりあえずこのKSRは満タン保管だったみたいだね。

面までの満タンではないけど、目視で普通に油面が見えているのだから、ガソリン残量による問題ではない事が判明した。

錆も見当たらない。

だけど。

「でも、このガソリンちょっと腐ってるかな」

「えっ、腐ってるっ!?」

考えたことも無かっただろうから驚くのも分かるけど、トラブルシューティングの場合は悪いところを見つけたら喜ぶべきなのよ?

「腐ってるってのは表現が悪いか……ガソリンが酸化して酢酸とかに変質しちゃうと臭いが変わるんだよ。で、それを腐るって言っちゃうだけの話ね」

「酸化ですか……では、その酸化したガソリンが問題なんでしょうか?」

まぁ腐ってるガソリンを正常なガソリンに入れ替えれば解決する……そう思うよね?

「残念ながら今回は違うかな。入れ替える必要はあるけど、エンジンが掛からないと言うほど劣化している訳じゃないから、調子良く回りはしないけど、これでもエンジンは掛かる筈だよ」

「そうですか……」

悪い部分が見つかって希望が見えたあとだからこその落ち込みは分かるんだけど、むしろ逆だよ?

「落ち込む必要なんてないよ。むしろたぶんトラブル原因が分かったから」

「ええっ!?」

まぁそうだよね。

ガソリン見て「ダメだけど、これじゃない」って言われた後に、何もしてないのに原因判明とか言われたら、そりゃそんな反応になるよね。

でもね……バイクだけじゃなくて状況から推察出来る事もあるんだよ?

例えばね。

「ここだけどさ……東雲さん、これ動かしたことある?」

そう言って俺が指さしたのは、手順1のフューエルコックだ。

それに対する彼女の答えは。

「いいえ、動かしたことはありません。お父さんにはレバーを下にすると教えられましたし、以前から下になったままでしたので、ずっとそのままです」

はい、ビンゴ。

トラブル箇所が1つとは限らないけど、まぁこれで問題はほぼ解決したと思っていいだろう。

「じゃあひとまずトラブルシューティングは終わりかな。直すべき所は判明したしね」

「ほ、ホントですかっ!?」

ああ、この笑顔だけでも来た甲斐があったね……。

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