第6話

仕事があるからと天川くんはあっさりと帰っていきましたが、私の心臓はもう破裂寸前です。

あの子が直る……そう考えただけで、もう嬉しくてたまらないのです。

大変な作業が待っているのは分かってますが、それでもです。

絶対直るから……そう言ってもらった時の喜びは、もう言葉には表せません。

彼は私にとってまさに救世主でした。

彼が現れた時、普段なら軽くあしらってお帰り願うところでしたが、私も相当追い込まれていたのでしょうか、アッサリと受け入れてしまいました。

この子と同じオートバイに乗っていた、毎朝軽く挨拶をしていた方がクラスメイトの彼だとは思いもしませんでしたが、そこに一切の下心を感じなかったのもあるのかもしれません。

いつもネットリと纏わりついてくる男性からのいやらしい視線に辟易していた私にとって、これは異例中の異例です。

でも実際彼を目の前にしてもまったく不快感を感じませんでした。

お母さん曰く「あんたは不二子ちゃんスタイルだからねぇ」との事で、端的に言うと私のスタイルはトランジスタグラマーなのだそうです。

怪盗さんのアニメに出てくる美女さんみたいと言われれば喜ぶべき事なのかもしれませんが、ちょっと前まで中学生だった私が子供っぽさ皆無の美女と同じスタイルとか、むしろ異形の怪物ではないかと思ってしまうのです。

そして、いつも男性は例外無く私の胸を見てくるのです。

なんでも「むしゃぶりつきたくなる程イイ身体」なんだとか……寒気がします。

何故こんなことを言われていると知っているのかと言えば、それはネット上に書いてあったからです。

どこのどなたかは知りませんが、その方が私の画像をネット上へアップロードしたらしく、それがかなり話題になったらしいのです。

「ロリ顔の豊満ボディーたまらん」とか「セックス漬けにして性奴隷にしたい」とかも書かれていましたね。

これが小学生の時の話なのですから、たまったものではありません。

気持ち悪いです。

台所に現れるGと一緒です。

消えてほしいです。

そのせいでネットは一切見なくなりました。

お母さんには「ネット無しとか私なら死ぬわ」なんて言われたりしますが、私は生きてますよ?

ネットで拡散されてからというもの、芸能プロダクションやら雑誌社の人間が何人も来ましたので全てお断りしましたけど、そもそも何故他人のオカズに喜んでなると思うのか不思議でなりません。

お母さんからしっかりと性教育を受けていますのでオナニーというものだって知っています。

「若い衝動に負けて安い糞男とヤるくらいなら、覚えたての猿みたいなオナニー三昧の方が100万倍マシよっ!」というのがお母さんの教育方針なのですが、困った事にオナニーではイッた事がないのです。

理想の男に抱かれる想像をすりゃ良いのよとはお母さんの弁ですが、そもそも理想の男性像が無いですし、男性はほぼ例外無く嫌悪の対象でしかないので無理な話なのではと思うのです。

例外はお父さんですが、不道徳な感情は持ち合わせていませんし、お母さんとのラブラブを見せられてもご馳走さまとしか思いませんでしたので、お父さんはお父さんなのでしょう。

優しい……とても優しいお父さんが大好きだったのは否定しませんが。

そしてお父さんと同じく、天川くんにも不快感を持ちませんでした。

この理由の1つはハッキリと分かっています。

何故なら彼はただの一度も私の胸を見てこなかったからです。

異性からの好奇の眼に晒され続けてきた私が、そんな視線に気付かない訳がありません。

でも彼は性欲まみれの視線を私に向けること無く、真剣にあの子を診ていました。

でも、確認の為に話しかけられた時の表情が時々そわそわとしていたので、もしかしたら他人と会話するのが少々不得手な方なのかもしれません。

男性からの不快な視線だけではなく、実際に迷惑な行動を起こされる場合もある為、私はクラスどころか全校生徒の顔と名前を覚えています。

生徒だけではなく教師と用務員さんも。

そして私は常に周囲を気にしているのですが、そんな私が確認していた限り天川くんがクラスでいじめられてるような雰囲気はありませんでした。

そして友達と騒いでるという印象もありませんので、人と話すのが不得手なのかなと思ってしまいましたが、真実は分かりませんしどうでも良いことです。

彼がどんな魔法で悪いところを見つけたのかさっぱり分かりませんが、話し方から理詰めで考える方なのは分かります。

そしてそこから導き出された確信から来る言葉も。

彼の助力とはそういうモノです。

まだ直った訳ではありませんが、もう私に不安はありません。

だって彼が言ってくれたんですもの。

絶対直るって。

この胸の高まりをどう表現してイイのか分かりません。

ホントに何と言えば……こう、胸の辺りがポワポワと同時にバクバクするのです。

表現力の貧困さに絶望しそうです。

正直なところ、今の私に何かを覚える事が出来るのか微妙なところですが、そんな事は言っていられません。

だって、明日も彼が来てくれるのです。

あの子の修理の為に。

それまでに彼が置いていってくれたサービスマニュアルという整備書に眼を通しておかなければならないのですから、先程までみたいに物思いに耽っている訳にはいきません。

明日はあの子を直すのです。

彼が来てくれるのです。

とても……とても楽しみです。

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