ちょこっと聖地巡礼

佐賀県1.

「おぉ……こっ……これは……凄い……本当にあるんだ……」


 等と、地面を凝視しながらマリアが驚愕しっぱなしとなり、そして必然的に俺たちもマリアと同じ場所を見ながら苦笑い。


 何とも言いにくくて恐縮してしまうのだが、そこにあるのはひとつのマンホールの蓋だ。


 そしてここは佐賀県の中心地、佐賀駅がそこそこ近くにある、割と有名な場所らしい。


 マリアによれば、此処は656と書いてムツゴロウと読み、そのまんま『656《ムツゴロウ》広場』と言うらしい。


 朝から晩まで人間を求めて彷徨い続け、『骸の兵士』がやってきたのが佐賀県だったと言うわけだ。



 日頃から群れの中心辺りを歩く俺たちは、先頭ゾンビがどの様なルートを通るのかなどサッパリ分からない。


 ただただ流れに乗って移動するものだから、何処にたどり着くのか検討もつかない。


 着の身着のままと言ってしまえば鯔背いなせな感じをかもし出すのだが、先頭のノマゾンに着いて行っているだけなのだから『紐』と言っても差し支えないのかもしれないが。


 自分たちでは舵も切れない、烏合の中心地点ゾンビである。



「いいじゃない、私は一度佐賀県に来てみたかったんだし」


 っと言って、ようやく地面から視線を持ち上げたマリアが微笑みながら辺りを見回す。


 実は、先程からマリアが視線を落として興奮していたマンホールの蓋には、萌え系アニメか何かのデフォルメされた美少女が描かれていた。


 どちら様のなに子さんなのかなと晴也と詩織に聞くも、首を左右に降って知らないと言う。


「6号ちゃんよ」っと言いながら、マリアは656広場に入り込んだ。


 ノマゾンが破壊した中でも比較的被害を免れていたベンチに腰を落とし、ボロボロのステージの方に視線を向けるマリア。


「ここでライブやったんだぁ……実物はこんななんだぁ……」


 等と呟くマリアの傍に移動した俺たちは、ステージの手前でひっくり返ったベンチを起こしてから詩織を降ろして座らせる。


 すると、すかさずその横に晴也が腰掛けた。


 ゾンビらしく振る舞う時の詩織は晴也にしがみついて移動しており、それ以外の時は俺に背負われているのを晴也が羨ましがっているのは知っている。


 一度、晴也に背負われてもいいのではと言ったことがあるのだが、俺の方が背中が広いからと言って晴也に背負われようとはしなかった。


 晴也としては詩織を独り占めしたいのだろうけど、残念ながら乙女心は未だ掴めないでいるようだ。


 それにだ、今さら背中を広くしようと筋トレをしてもだ、ゾンビなだけに日に日に削げ落ちる筋肉が鍛われる事は全く無い。


 晴也としては、人間時代に鍛えていなかった事にすこぶる後悔しているようだった。


「私はまだまだ、1人の為の私にはなってあげないんだからねっ!」


 等と言って、ツンと鼻を上げる詩織。



 萌えるぢゃないか。



 俺はそんな晴也と詩織を見てホッコリしていると、マリアが自らの座るベンチをポンポンと叩きながら言ってくる。


「ほら! 颯太も何時までも突っ立ってないで座ったら」


 そう言われた俺は、促されるままマリアの横に腰を降ろし、足を組んでマリアの眺める荒れ果てたステージに視線をやった。


 そして俺は、ゆっくりと声を出す。


「それで、此処は一体なんなんだ?随分と思い入れが有りそうだし、そろそろ教えて貰ってもいい頃合いだと思うんだが」


 するとマリアは軽く微笑むと、ステージに視線を固定したまま話し始めた。


「私がゾンビになる前は引きこもりだったってのは前に言った事あったよね? ……あれ? 私って颯太にそんな話したっけ?」


 ん?


 そうだったかなぁ……


 いや、そんな記憶は無いんだか……


 そう言ったマリアだったが、何となく混乱してるみたいだ。


 2体して腐りゆく脳ミソをフル回転させていたその時。


 ガラガラッ! バッダァァンッッッ!!!


 突然、後方から鳴り響いたけたたましい音に、俺とマリアは壮絶に驚いた。


「うわぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「きゃぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 そう叫んだ瞬間だった。


 俺が自我に目覚めて2・3日経った頃だった。


 広島県から山口県との県境の漁港の近くのコンビニ裏で、バッタリとマリアと出会った時の事がフラッシュバックの如く蘇ってきた。


 それはマリアも同じだったらしく、俺たちは暫く見つめ合っていると、目の前の詩織が俺たちの後方を見ながら声を出す。


「あのノマゾンって、目ん玉2つともぶら下がってるから前が見えなかったみたいだね。だからペットボトルのゴミ箱に激突して派手にコケたけど……まぁ大丈夫だよね、ゾンビだから」


「だよね」っと、同意する晴也の声も聞きつつ、俺たちは軽く笑い合う。


 そして俺は立ち上がって移動し、ゴミ箱に戯れるように倒れているノマゾンの目玉を元の位置にはめ込んでやった。


 記憶を蘇らせてくれたお礼だ。


 感謝の証として直ぐに飛び出さないように少し奥の方に押し込んだやると、そのノマゾンは立ち上がって俺の臭いを嗅いだ後、ゆっくりと徘徊を再開する。


『徘徊』と『再開』……我ながら上手いことを言ったなと思うのだが。



 今日も平和だ。



 再びマリアの横に腰を押し付けて足を組み、そして懐かしむように俺は声をだした。


「あぁ、確かそんな事を初めて会った時に聞いたぜ。あの時のマリアは止まらないんじゃないかと思うくらい色んな事を話してたよな」


 するとマリアは、フフッと笑いながら天井を仰ぎみて言った。


「そりゃぁさ、いきなり自我に目覚めてゾンビになった経緯も思い出してさ。それに周りは皆んなゾンビだし、家に帰っても滅茶苦茶になっててリビングとか階段とか血だらけになってたからね。私ってもうひとりぼっちなんだって思ってフラフラしてた時に颯太に会って、颯太も自我に目覚めてるんだって分かったら言葉が止まんなくなってたかな」


 いやまぁ確かに、自我に目覚めて自分がゾンビだって分かった時は俺も軽くショックだった。


 それに、周りは物言わぬゾンビしか居なかったから寂しくて不安に感じるのはよく分かる。


 ただ、あそこまで興奮して弾丸のように情報を撃ち込むものなのかねぇと言うと、目の前の晴也が呆れた感じで声を出した。


「颯太さんってクールって言うか、何処か冷めたとこありますもんね」



 まぁゾンビだけに体温は冷めているのは確かだが。



 まくし立てる様に言葉を出し続けるマリアが少し落ち着きを取り戻した時に、自分は引きこもりだと言っていたことを思い出す。


「あれ? でもあの時はニートだと言ってなかったか? なんだかまた記憶あやふやになってきたような……」


 すると、マリアは視線を天井から俺に持ってきて言った。


「あの時はちょっと混乱してただけで、本当はちゃんと自分で稼いでたの。FXが上手くハマってね。引きこもりしてたから市場に貼り付けてたのが良かったみたい」


 なるほど……


 株ってヤツは常に乱高下するみたいだから、本気でやるならほぼパソコン画面に張り付いて無ければならないと聞いた事がある。


 マリアもそれで成功したの口なのだろう。


 ただ、そこで俺は不躾ぶしつけな事を聞いてみたくなった。


「それで、如何程いかほどお稼ぎになられたのですか?」


 出来るだけ答えやすいように下手に出てみる。


「「最低ぇ」」


 晴也と詩織にさげすまれてしまった。


 未成年の分際ですこぶる生意気なゾンビだ。

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