大分県11.
「あっはははっ!!! それで何?私が元に戻らないって思ったわけぇ? ウケるぅ!」
等と大笑いしながら……
と言うか、マリアはずっと楽しげに喋りながら俺の右腕に絡みついて、俺たちは線路の上を横並びで歩いていた。
「そりゃあれだ、あれだけアイツの顔面をズタボロにして雄たけびを上げてりゃ、俺じゃなくてもそう思っただろうぜ」
そう言ってため息を吐く俺を、マリア楽しげに見つめながら言ってくる。
「なんかこう、許せなかったんだよねぇ。なんかまだ足りないくらいだったし」
実はあの時、異常なほどの雄たけびをを上げていたマリアは単に満月の呪いで高揚していただけに過ぎず、月明かりが弱まると普段のマリアに戻ったと言う訳だ。
それは、あの場にいた全ゾンビにも言えることで、月明かりが陰った瞬間に動きを止め、そしてゆっくりと立ち上がって駅の方に移動していった。
残されたのは人間だった残骸が2つと、裏返しになったワンボックスカーの中の人間だった者のご遺体が2人分。
そして、俺とマリアだけだった。
まぁ、駅前の戦場に間に合わず、遠くに見えていた最古参ゾンビ達はノーカウントだ。
その時のマリアは自らが眼鏡Cに噛み付いた事に気付いていなかった。
右手に持った、あ眼鏡Cの生首を見つめ続けてようやく思い出したようで、それ以降興奮して話しながら俺たちも移動し始め、今に至るである。
「全くそこまで心配するなんて、ホント颯太って私の事好き過ぎだし!」
ハイハイそうですそんなんですよマリアさん俺はあなたが大好きなんです好き過ぎなんです正気に戻って良かったです嬉しいです。
棒読みだが、本音だ。
「あっはははっ! ウッケる!」
そんな棒読みにもマリアは俺の腕にキツく絡みつき、全体重を預けながら大きく笑っていた。
そんな笑顔が嬉しくて、こんな空気がすこぶる楽しいくて。
あの時は本当に正気に戻らないんじゃないかと心底心配しただけに、今この時間が、この雰囲気が、有難くって仕方ない。
だから、俺もこの時間が無くなってしまわないように会話を楽しんだ。
ちなみに駅前で俺が、『齧ってしまえ』っと強く思って雄たけびを上げ、それに共鳴したゾンビ達がご遺体に群がった時の事だが。
よくよく考えてみれば、『骸の兵士』の使命は人間を傷付けることだし、何も『齧ってしまえ』と念じなくても齧りにいくものだ。
つまり……
結果的に言えばだ、やはり俺の思った通りに行かずに終わったという事で、つくづく特別な力があるのではないかと思った自分がすこぶる恥ずかしい。
「ウケる!」
そんな言い回しも心地よく、思わずニマニマとしてしまうのだが、ちょっと照れ臭いのでマリアに見えないように上空を見上げて誤魔化した。
「でもさ、まさか私が人間を齧れる日が来るなんてね。記念日確定だし」
まぁ、満月の呪いで興奮していたせいで下手くそに噛みちぎってしまったが、それでも初齧りには違わないだろう。
「まっ、一夜限りの『カプカキ』の復活が、まさかの『カプリコン』結成になっちまうとは。世の中何が起きるかわかんねぇな」
「ホントねぇ……」
っと呟いた後、一拍置いてマリアは言った。
「これでようやく颯太の横に並べたって感じ? ちょっと嬉しいかも」
そう言って、一層俺に身体を預けてくるマリア。
そんなマリアに、俺は左手で後頭部を掻きながら言葉を出した。
「んなこたぁねぇよ。マリアの華麗なる引っ掻き技はとても俺なんかじゃ真似できねぇ代物だったからな。実は密かに憧れてた……なんてな」
俺たちは互いに視線を合わせ、クスクスと笑いあった。
薄曇りの貼った満月の柔らかい月明かりに、俺たちの笑い声が広がる中、その笑い声は永遠に続くものだと思っていた。
しかしだ……
やっぱり世の中そんなに甘くはなく、むしろ歪で残酷な結末を俺たちに叩きつけてくる。
「さてと……そろそろかな」
そう言ってマリアが足を止めるもんだから、横並びの俺も当然停止する事になった。
「どうしたんだ?」
っと聞くと、マリアはしがみついていた俺の右腕を解放し、こんな事を言ってきた。
「颯太、ちょっと前に立ってくんない?」
なんのこっちゃと思いながらも、言う通りに俺は2歩ほど前に進んでクルリと踵を返し、マリアの真正面に立つ。
「これでいいのか? んで、これから何をおっぱじめようってんだ?」
すると、マリアは俺の顔から下へ視線を下げ、そしてつま先から上へ視線を持ち上げ、最後に俺に視線を合わせて言ってくる。
「颯太ってさ、案外いい男だったりするんだね。人間時代に会ってたら彼氏候補にしてたかも」
突然何を言い出すのかと思えばそんな事を……
ただまぁ、彼氏候補にすると言っただけで、彼氏にするなどと言ってもないのに嬉しくって照れてしまいそうな俺は、単純過ぎてチョロ過ぎだ。
「でもさ……」
そう言って微笑んだまま俯いたマリアは、腰に巻き付けてある俺の汚れたネクタイの蝶蝶結びの端を両手で摘んで、ビッと引っ張る。
バサバサバサッ!!! ザザーーーッ!!!
パーカーの裾から黒炭の様な塊が落ち、ガサガサに乾燥した真っ黒な粒が音を立てて大量に落ちていった。
「私はここで終わりだからさ」
そう言って微笑むマリアの足元にあるのは、恐らく腐り固まった複数の臓器と、乾燥が進みすぎて粉々になった小腸や大腸だ。
「いつから……こんな……」
俺が最初にマリアの内蔵を見たのは、ほんの数時間前にマリアが意識を無くして古参ゾンビと共に移動していた時だ。
その時もかなり乾燥はしていたが、辛うじて原型は留めていたと思ったのだが。
「迷彩服の男の生首を何度も突き上げてた時かな。興奮し過ぎちゃってさ、正気に戻って歩き出そうと足を動かした時に、お腹の中で外れた感覚がしちゃってね。今はこんな感じかな」
そう言って、ネクタイを持ったまま器用に両手でパーカーの裾をチョンと摘んで引っ張り上げるマリア。
その顕になった腹部は空っぽで、見えるのは黒くくすんだ背骨と背中の皮だけで、内蔵や臓器はガッポリと抜け落ちていた。
恐らくは、肺すらも無いのだろうと推測出来るほどだ。
「だから俺にしがみついていたのか……」
「まぁね」と言って、摘んでいた指を外して微笑むマリア。
恐らく、支えになっているのが背骨だけだから、俺に身体を預けて足を動かしていたという事なのだろう。
だから何度も俺の腕にキツく絡みつき、しがみついていたという事か。
「それにね、分かるんだ……もう背骨も持たないってね。だからここでおしまい」
そう明るく振る舞うマリアだが、何もそこまで深刻に考える必要は無いだろうと思った。
自分で歩けないのなら今みたいに俺の腕にしがみついていればいいし、それが
そうだ、車椅子を見つけるのもいいんじゃないか?
何処かの病院や福祉施設なんかで探せば、必ず見つけ出せるだろうからな。
移動の方法ならいくらでもあるんだから、ここで終わりと決めつけるのはまだ早すぎる。
それに、たかがそれくらいの事で俺がマリアを置いていけるわけが無いじゃないか。
どれくらい前に出会ったかは忘れたが、同じ自我に目覚めたもの同士で結成した特殊部隊『カプカキ』として共に戦場を渡り歩いたマリアを……
市街地や川沿い、海岸線や獣道や道無き道を一生に越えてきた相棒を……
怒られもしたが、それ以上に笑顔を俺に向けて楽しく喋ってくれた彼女を……
もっとその笑顔が見たくて、話しかけて貰いたくて、まだまだ一緒に笑い合いたい。
そんなマリアを俺が置いていけるわけが無いだろう。
そう言う俺に対し、マリアは微笑みなながらこんな事を言ってきた。
「それにね、私もう颯太しか見れなくなっちゃった」
そんなひと言で、全ての時間が止まった気がした。
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