大分県10.

 ギォヤァァァァァッッッ!!!

 ゴォォォッ!

 ゴッオォォォォッッッ!!!

 グッオォォォォォォッッッ!!!

 ガァァァァァァァァァァッッッ!!!


 バババババッ! バババババッ! バババババッッッ!!!


 俺とマリアの後方、ゆふいん駅の中から大量の『骸の兵士』が現れ、満月の光を浴びた途端に吠え上げる。


 そして、何時もの3割増の移動速度で隊長Aと眼鏡Cに向かってなだれ込んでいく中、自衛官2人は小銃の連射で頭部を射抜くが多勢に無勢。


 あっという間に囲まれそうになったその時、2人が同時に小銃の連射を止めた瞬間に俺とマリアはゾンビに紛れ……



 ゾンビがゾンビに紛れるとはこれ如何に。



 等と思いながら俺は隊長Aに、マリアは眼鏡Cに向かって素早く移動を始めた。


 自衛官2人の右手が腰からレモン引き抜いたその時、マリアは前を行く古参ゾンビの背中を思いっきり蹴り飛ばして眼鏡Cに急接近させる。


 俺は背中に隠していたロープの束を、上空高く放り投げた。


 眼鏡Cは、加速してくる古参ゾンビに対して小銃を連射させ、頭部を吹き飛ばすものの、胴体の進行は防げずに激突を許した。


 隊長Aは放り投げたロープに目を奪われ、その一瞬の隙を着いて俺が体勢低く前を行くゾンビの間を割ってタックルに出る。


「グアッ!」と、小さく悲鳴を上げた隊長Aが地面に仰向けに倒れた。


 俺は素早く隊長Aに飛び乗り、マウントポジションとなって隊長Aの上腕を抑えて言った。


「チェックメイトだぜ、隊長。まぁ初めましてで最後になるが、ひとこと言わせてもらおう……またな」


 そう言ってニヤリと笑う俺に、目を見開いて驚愕の隊長Aが言葉を発せずにいるが、構いやしない。


 俺は一気に大口を開け、もうどれだけの人間を葬り去ったか分からない程のゾンビ最大の武器。


 今ではもうぐらつき始めた歯を剥き出して喉元に……


 喰らいつき!


 引きちぎり!


 食いちぎった喉仏を吐き捨て!


 そしてまた喰らいついて引きちぎる。


「ゴバッ!!! ガッ!!! ……ハヒャッ……」


 隊長Aは口から血を吐き出し、白目を剥き、そして最後は空気が漏れる音を残して口を大きく開き、目を見開いたまま絶命していった。


 しかしだ、俺は構わず齧り付き、首の筋肉や筋、太い血管や食道や脊髄、そして首の骨を喰いちぎって胴体から頭部を切り離して立ち上がった。



 ズババババババッッッ!!!



 胴体から勢いよく鮮血が前方に吹き出して広がり、切り離した頭部からも大量の鮮血がバッと吹き出して地面に飛び散る。


 隊長Aの、口から、鼻から、目から、耳から、ドロリと粘液にまみれた鮮血が滲み出た。


 やがて、俺の足元の隊長Aの胴体からの鮮血の噴出が収まり始めた頃、ビクビクと痙攣していた全身から動きが無くなる。


 命の終わり告げるように力なく地面に沈んでいったその全身は、筋肉質だった隊長Aの身体の厚みの3分の1が失われた様に感じる。


 完全に生命の失われた隊長Aの身体を眺めつつ、食いちぎった頭部を地面に転がし、顔面を踏み潰して呟いた。


「悪ぃな、テメェが俺たちの後輩となって徘徊すんのは虫唾が走っちまうからよ。勘弁しろや」


 とか何とか言いながら、俺は隊長Aがマリアにやった事の3割増してグリグリと踏みつけてやった。


 胴体から頭部を喰いちぎるなんざ『骸の兵士』としての使命も、特殊部隊『カプカキ』の華麗さからも逸脱した愚行かもしれない。


 しかし、特殊部隊『カプカキ』も無くなり『骸の兵士』からもそろそろ弾かれそうな古参ゾンビとなってしまった俺たちだ。


 今までの功績を考えればこれくらいの事は、許されて然るべきだろう。


 そうさせるのも

 隊長Aが俺の逆鱗に触れた事もあるのだが、やっぱり今宵の満月の呪いの高揚感が気持ちを高ぶらせた影響が一番大きいかも知れない。


 それに、脳裏に浮かぶアビドバス・ガロン・ウィルガラン国王の姿が『骸の兵士』の士気を高め、凶悪さを増幅させたのも否めない。


 つまり悪いのは俺じゃなく隊長Aであって、そしてアビなのは間違いない事なのだ。



 俺はふと、眼鏡Cに襲いかかったマリアを見る。


 喜ばしいと言うべきか、心躍る光景が俺の視界に飛び込んできた。


 ズタズタに引き裂かれ、顔面の皮膚も肉も滅茶苦茶になって血みどろになった眼鏡Cの頭部を高々と掲げ、マリアは口からペッと肉片を吐き捨てて頭部を睨みつけていた。



 マリアさん……すっげぇ男前っス。



 ちなみに、『驚くことに』じゃなく『喜ばしいことに』と言ってしまうのも、満月の呪いの高揚感の影響に他ならないだろう。


 マリアの目つきは完全にいっちまってて、目尻は吊り上げ眉間にシワを強く刻んでいる。


 鼻の穴を膨らませ、牙を向くように大きく口を開いて、掲げた眼鏡Cの頭部を喉を鳴らしながら睨みつけている。



 ガルルルルルルッッッ……



 俺たちの周りでは、目をギラつかせ、倒れた自衛官の身体を眺めるノマゾンや古参ゾンビ達がヨダレを垂らしていた。


 今にも飛び出そうと喉をグルグルと鳴らしながら構えている。



 まるで俺の合図を待っているかの様に。



 俺は顎を突き上げ、満月を見つめながら脳裏に浮かぶアビの顔に敬意を評し、今度は間違わない様に雄叫びを高らかに上げた。


 こいつらを齧ってしまえ! と、思いながら。



 グォォォォォォォォォォォォォォォォアァァァッッッ!!!


 ギャァァァァァァァアァァァッッッ!!!



 俺の雄叫びのすぐ後にマリアも絶叫をあげ、そして俺とマリアの周りで控えていたノマゾンや古参ゾンビ、最古参ゾンビが共鳴する様に顎を突き上げて叫び始めた。



 グォォォォォォォッッッ!!!

 ガァァァァァァァァァァッッッ

 ゥオォォォォオォォオッッッ!!!

 ゴァァァァァァァッッッ!!!

 グアッ!!! グアッ!!! グァァッ!!!



『骸の兵士』の雄叫びが共鳴を起こし、世界がゾンビの絶叫に包まれる。


 そして、控えていたゾンビ達は一気に横たわる自衛官の遺体に飛びついた。


 あっという間に、汚れ、くすみ、ボロボロの着衣を纏うゾンビという名の餓鬼に埋め尽くされて見えなくなる自衛官の遺体。


 グッガァァァァァァァァァッッッ!!!


 もう既に自衛官の遺体はゾンビで埋め尽くされ、地面すら見えなくなった。


 その様子を眺め、良くぞここまでの数のゾンビが引っ掛かってくれたものだと、俺は苦笑いが止まらない。


 実は、俺とマリアはあの食堂の路地に潜む前に、駅構内で線路を移動するゾンビ達の姿を見て思考した。


 ゥアァァァァァァァッッッ!!!


 何故にゾンビが線路を歩いているのかと考えるが、結論は直ぐに出る。


 恐らく、先頭ゾンビや中間地点のノマゾンが通って行ったのがこの線路の上だと言う結論に至った瞬間、俺とマリアは行動に出る。


 俺が隊用車両から持ってきたロープを、対面で脱線していた列車の車両に結ぶ。


 本能だけで移動するゾンビの腰あたりにロープが当たるように張って、駅のホームに誘導するように伸ばして行った。


 オォォォォォオォォォッッッ!!!


 幸い、線路の端の金網が倒れていた為に、ホームに登りやすいように細工をし、駅の入口に集まるように施した。


 そして、駅のホームから広場に出る扉を閉め、作業用に束ねていた鉄パイプで扉が開かないように支える。


 そこにロープを結んで、その端を俺が握っていたのだ。


 後は先程やった通り、ロープを引っ張れば駅の裏でひしめき合っていたゾンビが通りになだれ込んでくるという寸法だ。


 ただ、予想以上のゾンビの数には驚かされた。


 しかしまぁ今宵は満月なだけに、古参ゾンビや最古参ゾンビの動きも3割増しなので、俺の思っていた以上に誘導出来たと言う事だろう。



 嬉しい誤算みたいなもんだな。



 ギィアァァァァァァッッッ!!!


 先程より俺の解説を邪魔するように雄叫びを上げているマリアだが、その異様な叫び声に少々心配になってそちらに視線を送る。


 当のマリアは何度も眼鏡Cの生首を上空に掲げ、まるでアビにその首を捧げる様に満月に吠え続けていた。


 その表情は、俺やマリアの前で自衛官二人の胴体を貪り付くゾンビの様で。


 その光景に俺は焦りを覚え、隊長Aの頭部から足を退け、マリアの元に向かう。


 ギャァァァァァァァァッッッ!!!


 マリアの正面に回り込み、絶叫を続けるマリアの肩を掴んで大きく揺らしながら声を出した。


「マリアっ! マリアっ!!! おいっ! マリアっ!!!」


 大声を出して名前を呼び続けても、大きく揺らしても、マリアは一向に目覚める気配を感じさせずに満月に向かって吠え続ける。


 ガァァァァァァァァァァッッッ!!!


「マリア……頼む……正気に戻ってくれ……頼むよ……マリア……マリアっ!!!」


 このままマリアが元に戻らないようで……


 俺の元に帰って来なくなるようで……


 もう二度と会話する事が出来なくなるようで……


 そんなの……



 冗談じゃないっ!



「マリアっ! しっかりしろマリアっ! 目を覚ませ……覚ませったらっ! マリアァーーーッ!!!」


 グォォォォォォォッッッ!!!


 それでも、何をやっても叫んでも、揺さぶっても、マリアは元には戻らない。


 畜生……


 マリア……


 どうすれば……



 クッソォォォッッッ!!!



 項垂れ、


 視線を落とし、


 地面を睨みつけ……


 悔しくて悔しくて、アスファルトに悪態をぶつけた俺は月明かりが弱まる中で、今一度強く目を瞑って思いっきり顔を上げる。


 そして目を見開き、カラカラに乾燥した喉仏を震わせながら叫んだ。



「マリアーーーーーーーーッ!!!」



「うるさいっ!」


 と、普通に言われて普通に殴られた。


 グハッ!!!


 どうやら、満月の呪いで気持ちが昂っていただけの様だった。

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