大分県9.

 ギャギャギャッ! バァァッンッ! ガガガガガッ! ガーーーッ!!!


 そんなけたたましい音を立て、ワンボックスカーは10メートルも進まないうちに派手に横転した。


 運転席を下にしたまま惰性で3メートル程地面を滑った後、停止した弾みで更に回転してひっくり返る。


 その裏返しになった車体の助手席側のタイヤの付け根には、俺が仕込んだロープが巻きついていた。


 まぁ、前輪駆動の車の車輪のどちらかが停止してしまえば逆側に横転するのは当たり前で、運転手を傷付けるトラップとして基本中の基本だ。


 あまりにも上手くいきすぎて思わずほくそ笑んでしまう。


「やるじゃん!」


 背中からのそんな言葉に、口元のニマニマが止まらないではないか。


 バァァッンッ! ガァァッッッ!!!


 突然助手席側の扉が蹴り開けられ、その後ろのスライドドアが一気に開いた瞬間に、転がるように隊長Aと眼鏡Cが飛び出す。


 そして小銃を構えて『骸の兵士』に目掛けて連射し始めた。


 ババババババババッ!!! バババッ!!! バババババッ!!!


 ふむ……


 流石は訓練を受け受けた自衛官だと感心してしまう。


 確実に古参ゾンビ達の頭部を、正確に撃ち抜くとは見事なりという言葉以外は出て来ない。


 ただ、思った通り運転席の長身Bと、その後ろに座ったであろう辻博士とやらはワンボックスカーから出てこなかった。


 まぁ、あれだけ派手に横転し、長身Bと辻博士側を火花を散らしながら惰性で進めば無事で済む訳がないのは容易に分かると言うものだ。


 それに、『骸の兵士』によって破壊された日常の中で、シートベルトをする習慣が残っていたかどうかは定かではない。


 少なくとも、あの2人は頭部に何らかのダメージを受けて車から脱出できないでいるようだ。



 割れたガラスの隙間から古参ゾンビが何体もワンボックスカーの中に入り込むが、悲鳴一つ上がらなかった。


 その様子を悔しがりながら隊長Aと眼鏡Cが一瞬視線を向けるも、迫り来るゾンビに連射し続け、弾切れとともに隊長Aが腰から手榴弾、レモンを取り出しピンを外して転がす。


 そのレモンが古参ゾンビの群れの中に消えていった瞬間に、隊長Aと眼鏡Cが勢いよく伏せると……


 バァァァァァンッッッッッ!!!


 大きな音と共に古参ゾンビが何体も、胴体から頭部や手足を撒き散らしながら四方に弾けていった。


 ほんの数時間前にも見た光景だ。


「隊長っ! そのままでっ!」


 そう眼鏡Cが叫ぶと、伏せたまま腰からレモンを抜き取ってピンを奥歯で噛み、レモンを引っ張って左側面からくるゾンビ達に転がす。



 ダァァァンッッッッッ!!!



 再びゾンビの群れがバラバラに飛び散った。


 一瞬の爆風が、伏せている隊長Aと眼鏡Cの上空を通り越した瞬間に立ち上がり、マガジンを交換したMP7を持ち上げて再び連射を始める。


 バババババッ!!! バババババッ!!! バババッ!!! バババババッ!!!


 正確に頭部に弾丸を食らう古参ゾンビ達は次々に倒れていった。


 隊長Aと眼鏡Cは、交互にマガジンを装填し直し連射を続ける。


 やがて、その連射音が鳴り止む頃に満月の明かりが薄く陰り、『骸の兵士』の動きが鈍くなった。


 それを見計らった2人はレモンを腰から外して、隊長Aは後方と右側面、眼鏡Cは左側面に転がして伏せる。


 バァァッンッ!!! ババッン!!! ダァァァンッ!!!



 けたたましい爆音の収まった駅前は、ゾンビだった物体の破片が隊長Aと眼鏡Cの左右側面と後方に散乱している。


 転倒したワンボックスカーの中では、車内にひしめきあうように古参ゾンビ共が長身Bと博士の血肉を求めるように蠢いていた。


 周りの様子を伏せたまま伺っていた2人がゆっくりと立ち上がり、そしてゆっくりと……


 ゆっくりと俺の方に全身を向けて小銃を構え、左右に展開していった。



 つくづく基本通りな優等生共だ。



「隊長、こいつ変っスよ。他のゾンビとは明らかにおかしいっス」


 失礼な事を眼鏡Cが言ってくる。


「あぁ……確かに変だ。今までこんなイカれたゾンビは見た事がねぇ」


 イカれたとは言ってくれるじゃないか。


 しかしまぁ、アイツらのあの反応は分からないでは無いなと思うほど、今の俺は直立して左手を腰に当て、ニヤケ面で佇んでいる。



 ゾンビとしては落第点だろう。


 コンプライアンス違反もいいとこだ。



「高橋、本部に連絡出来るか?」


 ジリジリと横に移動する隊長Aが声を出すと、眼鏡Cはそのままの体制で答えた。


「さっきの横転でスマホを車内に落としてしまったっス。まぁ、アイツ等やっちまえば何とかなるでしょう」


「よしっ!」っと、強めに返事をした隊長Aが小銃を構え直したその時だ、俺の後ろに控えていたマリアが俯いたままスっと俺の真横に移動してくる。


「なっ……何っ!」


 マリアの登場にギョッと目を丸くした隊長Aが動きを止めたタイミングで、世界が再び月明かりの元に晒された。


 そして、これが最終決戦の幕開けを告げる照明となって、ゆふいん駅前を阿鼻叫喚の舞台として照らしあげるのだった。



 ウォォォォォッッッ!!!

 ガァァァァァァァァァァッッッ!!!

 グォォォォォォォッッッ!!!

 ゴッオォォォォォォォォォッッッ!!!



 再びゾンビの唸り声が世界を埋め尽くす中、目の前2人は身をかがめて辺りを警戒するが、聞こえてくる唸り声に対してゾンビの数は圧倒的に少ない。


「ちっ! なんだっ! どうなってやがる!」

「意味わかんねぇっス、隊長! どうしますか?」



 混乱を露わにする2人。


 その様子を黙って見守る2体。



 そして、満月に照らされた駅前に怒号の様に響き渡るゾンビの雄叫び。



 舞台は整った。


 後は開幕の紐を引くのみ。


 この左手に握られたロープを引くのみだ。


 そして、その瞬間は直ぐに訪れた。



「せめてそいつらを殺って逃げるっ! 山崎と辻博士の弔いだっ! 確実にしとめるぞっ!」


 カチャッと、小銃を鳴らして構える2人に対して、反応したのはマリアだった。



「させないし!」



 バッと顔を上げて、マリアは目の前の眼鏡C、そして俺の目の前の隊長Aを見やり、ニャァと不敵な笑顔を作ってそう言った。


 耳を疑うように驚愕し始めた2人だが、その一瞬の停滞が命取りだと教わらなかったのかと言いたくもある。



 まぁ、無理も無いかもしれないな。



 まさか、ゾンビが不敵に笑って言葉を発するとは思わなかっただろうからな。


 せっかく長い間ゾンビ殲滅の研究をしていたようだが、元々のゾンビの性質が、ただただ徘徊して人を襲うという固定概念を払拭出来なかった事が命取り。


 もっとゾンビの研究に勤しむべきだったのではと思いつつ、やはり俺たちの様な自我に目覚めたゾンビは居なかったんだなと結論付ける。



 そしてマリアが動いた。



 右手を持ち上げたマリアは、まさにレモンを齧るように手榴弾のピンをガッと咥える。


 そして、勢いよく右手を動かしてピンを引き抜き、左右に展開した2人の間にレモンを転がすように放る。


「なっ! レモンっ! ……馬鹿なっ!」っと隊長A。

「あのゾンビ……8番のっ!」っと、こちらは眼鏡C。


 各々が各々の反応を見せた後に、条件反射の如く地面に伏せる2人に対し、自衛官の悲しい性を嘆きたくもある。


 戦地であればその素早さ、俺が上官なら確実に及第点を与えただろう。


 相手が自我に目覚めたゾンビで無ければの話しだが。



 パンッ!!!



 2人の真ん中に転がったレモンは軽快な音を鳴らし、2度ほど軽く跳ね上がってから大量の白い煙が黙々と立ち上がる。


 そして俺は心の中で呟いた……


「爆発確認!」っと。


 それと同時に、俺は左手に握っているロープを引っ張ると、駅の奥でバタンバタンッと音が鳴る。


 すると、辺りには一層大きくゾンビの唸り声が鳴り響いた。


 ガァァァァァァァッッッ!!!

 グゥアァァァァァァッッッ!!!

 ゴォォォォッッッ!!!

 ギャァァァァアァッッッ!!!



 真打ちのお出ましだ。



「訓練用だと……馬鹿なっ! 何でそんなものをゾンビが……なっ!!!」


 何ででしょうねぇ?


 そう思いつつも、最初に異変に気付いたのは隊長Aで、素早く上体を起こしてMP7の引き金を引いた。

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