博多駅4.
ズバァァァァァァァンッッッ!!!
けたたましい音を立てて扉を開き、俺は最大限にゾンビらしい歩き方で新幹線内に侵入した。
「「きゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」」
ゾンビからすれば、背筋がブルっと震えるほど高揚してしまいそうな母娘の悲鳴だ。
「くそっ! 何でゾンビが扉をあけられるんだっ!」
っと、大声を上げる父親に、何ででしょうねぇ? とは言わない。
すると、高校生くらいの息子が俺に背中を向けて声を出す。
「お父さんっ! 後ろからも来たっ! それも2人もっ!」
『2
4人の親子は俺とマリア達の中間でかたまり、父親と俺が対峙し、息子はマリア達に警戒する。
その間で母親と娘が抱き合って、涙を流しながら震えていた。
俺とマリアと晴也はゆっくりと、おどろおどろしく、如何にも人肉を求めるゾンビの如く……
…………?
人肉を求める残虐なゾンビが両腕を伸ばして動き始める。
いかんいかん、どうも自分がゾンビである事を忘れてしまう時があるようで、言い回しが第三者的になってしまった。
「くそっ! やられてたまるかっ!!! うぉぉぉぉぉっ!!!」
そう叫んで動き出した父親が、突然鉄パイプを振り上げて俺に襲いかかってきた。
どこでそんな物を手に入れたかは知らないが、よく見れば息子の方も同じものを持っている。
恐らく、その鉄パイプでノーマルゾンビを退けながらここまで生き延びて来たのだろう。
だがしかし、相手は今までのゾンビとはひと味違う俺たちである事を、この親子は早々に知ることになるのだった。
今までその2本の鉄パイプで生き延びてきた自負と、ゾンビの動きがノロマだという固定概念が命取りだった事を後悔するといい。
いよいよ俺に迫り来る父親が鉄パイプを振り下ろしたまさにその時、ゾンビになってより研ぎ澄まされた俺の視力が鉄パイプの軌道を読む。
そして俺は、最小限に且つ、素早く身体をずらして鉄パイプを避けた。
ゴツッッッ!!!
鈍い音をたてて鉄パイプが新幹線の通路にぶち当たり、「なっ!!!」っと、驚愕の声を漏らして父親は俺の横を前のめりで通過した。
「そんなっ……バカなっ!?」
そう漏らした父親は、体勢を戻して俺に向き直り、鉄パイプを握り直した瞬間、顔を歪めて声を上げた。
「いっでぇっ!!!」
その父親の右足首辺りを、シートの隙間に隠れていた詩織がカプリと齧り付いている。
灯台もと暗しである。
「あなたっ!!!」
「お父さんっ!!!」
母と娘がそう叫ぶと、マリア達の方を向いていた息子がこちらに向き直り、当然ながらマリア達に背を向ける。
息子もまた親父同様、ゾンビがノロマという固定概念を捨てきれなかった事を後悔する事になるのだった。
母と娘と息子が親父の方に気を取られ、マリアと晴也に背を向けた瞬間だった。
それまでゾンビらしく、おどろおどろしく移動していたマリアと晴也だったが、親子が背中を向けると真顔になってスタスタと歩く。
そしてマリアが息子の首元をカプリと齧り、晴也が母親の肩にカプリといった。
「うあぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「きゃぁぁぁぁぁっっっ!!!」
いきなり悲鳴を上げる、母親と長男に娘が視線を向ける。
そうなれば俺に背中を向けるという事で、俺は普通に歩いて娘に近づき、頭頂部を髪の毛ごとカプリといく。
「いたぁぁぁぁぁいっ!!!」
これで俺たち全員、華麗なる人齧り完了だ。
「皆んなっ! こっちだっ!!!」
倒れながらも詩織を引き剥がし、お尻を床に擦りながら後ずさる父親の元に、齧られた家族が集まって抱き合った。
実に心温まる光景だし、お涙頂戴のシーンなのだが、あいにく眺めているのは俺たちゾンビなだけに、まんま血も涙もないのは許して欲しいところだ。
その親子は怯えながら、床を摺るようにキツく抱き合って後ずさる。
すると、何を思ったか俺たちに一番近い息子がポケットからスマホを取り出した。
人間、パニックになると想像もつかない事をしてしまうと言うが、その息子はスマホを横にして裏面を俺たちに、震えながら突き出した。
写真を撮る気だろう。
この局面でSNSにでもあげるつもりなのかは知らないが、せっかく撮って貰うなら最高の1枚にしてもらおうと思った俺たちは、息子がスマホをタップするタイミングで行動した。
ウオォォォォっっっ!!!
ァァアァァァッッッ!!!
ガァァァァァァァッッッ!!!
ギャアッ!ギャァァァ!!!
そう唸り声をあげてひとかたまりになり、俺たちは家族に迫って行く。
パシャッと音が鳴った後に息子はスマホを手放し、そして家族は自らの落とした荷物を拾い上げずに素早く立ち上がって新幹線から出ていった。
仲良く手を取って逃げる親子に俺たちは、新幹線の中から手を振って見送るのだけど、次に会った時に親子全員で手を取り合って徘徊しているかは定かでは無い。
兎にも角にも俺たちの作戦は大成功を収め、同時に『骸の兵士』としての使命も無事遂行されたのであった。
その後、新幹線内でシートを対面にし、俺たちは逃げていった息子が落としたスマホを見ながら談笑している。
「震えていたくせに、割と綺麗に撮れてるじゃん」
全員に見えやすいようにスマホを持つマリアがそう言うと、詩織も楽しげに言った。
「ホント凄いっ! ちゃんと写ってるね。晴也君のキーホルダーもハッキリ見えるし」
スマホ画面には先程撮られた写真の画像となっていた。
恐らく、撮影した息子が慌てた時にスマホ画面に触れてしまって画像が表示されたのだろう。
その画面には、禍々しく口を開けて迫る俺たち4体のゾンビが映し出されていた。
俺のネクタイやマリアの右手のリング、それに晴也が腰のベルトに付けたキーホルダーもはっきりと確認できる。
ローアングルから撮影された為に、詩織のふくらはぎに付けたシュシュすら確認出来るほどだ。
人間のままでいれたなら、カメラマンとしてやっていけるのではないかと思うほどの腕前で、惜しいことをしてしまったのかもしれないと思う次第である。
ただ残念なことに、そのスマホは5分程で画像が消え、俺たちの誰がタップしても反応する事は無かった。
昔、雑誌で見たことがあるのだが、スマホの画面は微弱な静電気に反応するとか何とか。
残念ながらゾンビには静電気など発生しないものだから、俺たちは二度と先程の画像を見る事は出来なくなってしまったのだ。
その後、マリアはスマホを別のシートに放り投げ、それから俺たちは3時間ほどサボってデッドリーラインの圧迫感を感じる前に博多駅を出る。
それからノーマルゾンビと共に進軍を始めるのだけど、ふと、俺はマリアの右手を眺めて声を出した。
「マリア、そのリング……似合ってるな!」
マリアは右手を持ち上げ、リングを眺めながら言ってくる。
「でっしょぉ! お気に入りなんだ」
そんなご満悦な表情のマリアに、俺はニヤケながら声を出す。
「彼氏からかぁ?」
すると、マリアは不思議そうな表情になってから答えた。
「う〜〜〜ん……覚えてないんだよねぇ。でも、多分そうかもね。きっと大好きだった人かも」
へいへいと返事をする俺に、今度はマリアがいやらしい表情で言ってくる。
「そう言う颯太だってそのネクタイ、お気に入りなんじゃね?」
そう言われ、俺は胸元を見ると、光沢のある黒にシルバーのラインが入ったネクタイがぶら下がっているのに気付き、暫く考えてから答えた。
「まぁそうだな、ゾンビになってもこれを締めてるって事は、何かしら思い入れがあるんだろうな。覚えてねぇけど」
その言葉を聞いて、マリアがさらにニヤニヤしながら顔を近づけ言った。
「やっぱ彼女に貰ったんじゃないのぉ? それか婚約者ぁ?」
そんな事を言われても全く記憶にないんだが、ただ何となく……何となく言葉を出した。
「多分……いや、きっと俺の大切な人に貰ったんだろうぜ。だからゾンビになっても大事にしてんだろうし、これから脳ミソが腐り続けてもこれだけは大事にするような気がするよ」
「はいはい、ご馳走様!」っと言ってマリアは体勢を元に戻し、そして俺たち『骸の兵士』は、破壊された街並みを進んで行くのだった。
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