天満宮で阿鼻叫喚

大宰府1.

 さてさて、どのくらい歩いただろうか……


 等はたいして気にはならないが、周りのゾンビの数を見る限り、俺たちはまだ『骸の兵士』の、楕円形の中心部辺にいるようだ。


 現在、『骸の兵士』が進軍する地域は夕暮れのオレンジがすっかり無くなり、すでに辺りは真っ暗な夜となっていた。


 夜と言えばだ、闇に生を受けたものが活発に活動する時間帯とされていて、有名どころで言えば吸血鬼や幽霊、もちろんゾンビも含まれる。


 そんな訳で、徘徊する『骸の兵士』も夜の影響を受けて、動きが昼間よりも3割増しである。


 とは言え、せっかく移動するスピードが早くなったと言いうのにだ、探索力も上がるものだから、昼間なら通りすがる様な場所をうろついたりする。


 結果、群れの進行は逆に鈍るのだ。


 それ故にノーマルゾンビの齧り率も上がり、言わば『骸の兵士』の真骨頂な時間帯とも言ってもいい。


 今も周辺ではノーマルゾンビが広大な駐車場に群れをなし、公衆便所や売店辺りをうろついていて、時折遠くで人間の悲鳴も聞こえてくる。



 今現在、俺たちのいる場所は何処ぞの観光地なのだろうか。


 駐車場の周りにはボロボロになったノボリや看板が多く見られ、通りの方はシャッターで閉められた店舗が道を挟んで奥の方まで並んでいた。


 所々シャターが壊された所はあるが、比較的綺麗な通りで、重火器で破壊されていないところを見れば自衛隊や警官隊がこの近くに居ないという事が分かるというものだ。


「しかし、それにしてはノーマルゾンビが多くないか?」


 俺がそう言うと、晴也の左側にしがみつく詩織が言ってきた。


「この辺りに人の気配がそこそこあるみたいだからかなぁ。でも、ノマゾン達はそんな事を分かんないと思うんだけど」


 ノマゾンかぁ……


 今どきの短縮文だが、元のイメージは損なわず、それでいてゾンビの耳にも心地いい。


 それに、どことなくフレンドーなその呼び方に、詩織のセンスの良さに頗る感心してしまう。


 そんな詩織をリスペクトしつつ、これからは俺もそう呼ばさせてもらおうと思った。


「いつも背負ってくれてるから許可します」


 詩織が快諾してくれたから早速使うが、確かに周りのノマゾンは俺の様に視力が良いわけでも無ければ詩織の様に聴力が優れているわけでもない。


 ちなみにマリアはゾンビになる前は味覚に自信があったらしく、晴也は嗅覚が異常に良かったみたいだ。


 しかし、ゾンビとなってしまった今では味覚も嗅覚も崩壊しているので無用の長物となってしまっている。


 まぁ、ゾンビになってしまえば本来なら五感は死滅してしまうものだが。



 話しは戻るが、それでも今、俺たちの居るこの駐車場周辺のノマゾンの多さは少し異常に感じる。


「何となくだけど……僕、この辺りに来たことある様な気がする。あの辺なんか見覚えある様な……」


 通りの奥の方を見ながら晴也がそう言った後、俺の横を歩くマリアも周りを眺めながら同調するように言った。


「私もさぁ、昔この辺を歩いた様な気がするんだよねぇ……でもいつだったかなぁ……ねぇ?」


 等と言って俺に同意を求めてくるのだが、「ねぇ?」と言われても俺にはさっぱり分からないし、とりあえず俺もマリアを真似て詩織に言ってみた。


「俺は全くだけど詩織なら……なぁ?」



 大人気のない丸投げである。



 当然、大人びた詩織ならここでピシャリと突っ込んで来るのだろうし、きっとキレのある突っ込みなのだろうと内心ワクワクしていた。


 しかし、詩織の可愛らしい土気色の口から発せられた言葉は俺の想像の斜め上をいく、まさに王道中の王道な、普通のコメントが放たれたのだった。


「ノマゾンに着いて行ったら分かるんじゃない?」


 真っ当なご意見、有難うございます。



 詩織が言う様に、この辺りの大半のノマゾンはある一方向に移動しており、その進軍に紛れて俺たちも歩いていく。


 広大な駐車場から通りに出て、光を失っている信号のある小さな交差点に差し掛かった時、右側のとある施設を見た瞬間に俺たち4体は納得した声を漏らした。


「「「「あぁ……」」」」


 その施設の上部には、此処が何処なのかがひと目で分かる大きな文字が配列されていた。


【太宰府駅】


 っと、言うことはだ、つまり此処は太宰府天満宮辺りなのだろう。


 すると突然、マリアと晴也が「「あっ!!!」」と、何かを思い出した様に同時に声をあげる。


 そして2体して勢いよく首だけで駐車場の方に、勢いよく向き直った瞬間だった。



 ゴキゴキッ!!!



 聞くだけで痛みが走りそうだ。


 痛覚は既に無いのだが。


 しかも、ゾンビとなってそこそこ長くなった為に、痛みと言うものも思い出せなくなってきている。


 とりあえず俺が晴也の、詩織がマリアの顔を掴んで正常に戻す。


 すると、今度は身体ごと駐車場の方に向き直ったマリアと晴也が、ちょっとズレたタイミングで同じ単語を言った。


「あの駐車場っ!」

  「あの駐車場っ!」


 お手本のような双子芸が見たくなった。


 聞けばマリア高校の修学旅行で、晴也は高校受験の合格祈願で太宰府天満宮に来たことがあるとの事。


 その際に、あの駐車場で観光バスや自家用車の乗り降りを行ったために、薄らと記憶にあったのだとか。


 考えてみたら、あの駐車場にたどり着いた時から話していたのは俺と詩織だけで、マリアと晴也は周りをキョロキョロと見ているだけだったしな。


 どうやらノマゾンの動向を見ていたのではなく、見覚えのあったあの場所の事を思い出そうとしていたのかもしれない。


 どの道、腐りゆく脳ミソなのだから考えるより行動、案ずるより産むが易しである。


 この比喩があっているかどうかは分からないが。


「いいんじゃない!」


 詩織からの暖かいお言葉、頂きました。


 元よりおツムの方はそれ程でも無かった俺だけに、今現在はゾンビの身である事を鑑みて、その程度の知能しかないという事を理解して欲しいと願うばかりだ。


「颯太の知能は置いといて、とりあえず行こっ!」


 っと言って、踵を返すマリアと同時に進行方向を見定める晴也と詩織。


 置いとくのはいいけど、置いていかないで欲しい。


 とりあえずは詩織を背負い、俺たちは移動を始めた。



 太宰府駅を右にノマゾンにまぎれて通路を移動するのだが、この辺りは『骸の兵士』の中心部分なだけに、そこまで広くない通路にはゾンビが溢れかえっていた。


 その中には向こうから戻ってくるノマゾンもいるもんだから、非常に歩きにくい。


「何だか懐かしいな。僕が今の高校に入試する前に、家族で来た事を思い出しますよ。あの時もこんな感じで歩きにくかったなぁ」


 その頃を懐かしむ晴也の表情は、絶対にゾンビがやってはいけないだろう、フワリとした笑みを浮かべていた。


 まぁ、この混雑の中で誰が見ている訳でもないので目を瞑って置くとしよう。


 ちなみに、詩織は俺の背中でクッタリとしている。


「あぅぅぅ……ゾンビ酔いしそう……」



 人酔いみたいなものだろうか。



「私は高校の修学旅行で来たんだよねぇ。梅ヶ枝餅が美味しかったし、牛の置物が謎だったのを覚えてるなぁ」


 等と言いながら、両手を後頭部に押し当てて懐かしむマリア。


 牛の置物? そんなもんが太宰府天満宮にあんのか?


 それは確かに謎すぎる。


 すると、俺の疑問に晴也が答えてきた。


「それは『御神牛』って言って、太宰府天満宮の至る所にあるんですよ。確か11体位だったかな?」



 ごしんぎゅう?



 何とも有難みのありそうな名前だけど、そんなに沢山存在しては逆に有難みが無くなりそうなんだが。


 すると、マリアが楽しげに笑顔を俺に向けて、ニカッと黄ばんだ歯を見せながら言ってくる。


「それがさ、その牛って結構人気があるみたいで撫でられまくっててさ。特に頭とかお尻んとことかが禿げちゃってて超ウケるの」


 俺は想像する……


 短毛のホルスタインの頭とお尻が撫でられすぎて、そこだけツルッツルに禿げている構図……



 哀れだ。



 そんな俺を、不憫ふびんな面持ちで晴也が声を漏らした。


「颯太さん……御神牛って銅像ですから…」

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